ストーカーとヤクザ / 01
(なんか、やだな……)
スーツに着られてるとしか言えない僕は少し顔を歪めてポケットに手を突っ込んだ。
(どうしよ……)
さっきからずっと後ろをつけられている気がする。深夜。いくら男の僕だってこんな時間に人通りの少ないところでつけられているって気付いたら怖い。怖いなんて生半可なものじゃない。恐怖。と言うのが正しい気がする。僕はポケットに突っ込んだ手の先にある携帯を出そうかどうしようか悩みながら弄っていた。
僕の職業はラウンジのバーテン。なんて言ったらちょっとかっこいいけどやることは普通にボーイと何も変わらない。ちょっと黒服に憧れてちょっとスーツ姿に魅せられて、でも度胸も勇気もなかった僕はホストクラブの扉は開けられなかった。結局僕の精一杯はラウンジのバーテン。なんか戸惑うことも多いし女の人の裏を見るのも結構怖いけど、それでもなんとかやってる。まだ半年だけど……
そんなことを考えながら恐怖と闘っていると自然と足は早くなるけれど、僕の後からついて来る足音も早くなってる気がする。
(どうしよ…… ほんとに怖いかも……)
だんだん僕は半泣きになってもう一層のこと泣いちゃう? なんて思った時、
「おい、兄ちゃん」
って前から来た人に声かけられた。
助かったって内心思いながら僕はほっと息を吐き、上を見るといかにもヤクザで今度はざあって血の気が引いた。一難去ってまた一難? 今日はひょっとしてついてない? なんだか本当に泣きたくなる。
「な、なんですか?」
心の中で泣きながら顔には作り笑いをベッタリ貼り付けて返事を返す僕に、そのヤクザはふってなんか馬鹿にしたみたいに笑って、
「兄ちゃん、バカ正直やなぁ」
と溜め息混じりに言われた。
うっ。言われてみれば…… それでもそのおかげか後ろから付けてきた人が去って行く気配を感じた。とりあえずよかったぁ。 ……この状況はよくないけど……
一人密かにおろおろしていたら、
「兄ちゃん、よかったなぁ、つけられていたやろ」
とヤクザは笑った。ていうかこの人笑ったら可愛いかも…… まぁ内緒やけどそう思ったことは。
「あ、ありがとうございます」
なんか怖くない雰囲気に僕は素直にお礼が言えた。ヤクザにいい感情は持ってなかったけどこの人はいいかも? なんて思ってみる。
「……兄ちゃん、暇か?」
突然の申し出。 ……やっぱりヤクザはヤクザ? 助けたんやからお礼をしろ、とか?僕の頭の中でぐるぐる悪い方の妄想が広がって
「あの、すみません、早く帰らなあかんので……」
としどろもどろに告げる。
「おぉ警戒しとるしとる」
……そこ、爆笑するとこかよ。僕の気持ちを読んだのかどうかわからないけれど、
「取って喰いはせんからまぁラーメン付き合ってくれ。 たまには違う顔みて食いたいからな」
と自分の後ろを顎でくいっとさした。
うっ。これまた厳ついお兄さん方が……
「毎日同じ顔見て食べとるからなぁ」
呟くように言うその人の言い方に警戒心丸出しで上目遣いに見れば、苦笑して名刺を渡してくれた。
仙醍組組長仙醍稜湧。
……なんて読むのか全然わからんし…… 僕があんまりじぃっと名刺を見てたからか、
「せんだいりょうゆう」
と読み方を教えてくれる。改めて見ると確かに仕立てのいいお洒落なスーツ来ていて高そう。あ、僕ってすごく俗物的…… でも……
「仙醍組?」
この辺にそんな組あったっけ?
「この辺じゃ聞いたことないか? 今日はこっちの組織に招かれてきただけやからな。 うちは博徒系や」
「博徒?」
また解らない言葉が……
「前身が博打打ちや」
なんか聞いたことあるかも……
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