(6/10) 5、春の末には知り合いどうし 中


 ところで君は幽霊の存在を信じるだろうか。いや、正確に言えば“普段は目に見えず物理的にも存在しない”ものはこの世にあると思うかね?それは夢だとか妄想だとかつまらない答え方は望んじゃあいないぜ、何しろそういう奇々怪々の類ってのが噂されるのはちゃんとオリジナルがいるからこそなのだから。



 不良に絡まれた翌日、起きて支度して通学路を歩き学校に着いた時分から話は始まる。
 その日校門を潜ると、なんだかなにかが無数に刺さる感覚が全身を襲った。周りの視線がみなこちらを向いている。顔をそっちに向けると途端に視線は逸れて、かわりにひそひそと小声でなにか「不良」だの「刺した」だのと囁きあっている。気になったけれど無視して教室に向かった。


「そう言えば、昨日は災難だったようですね」
 変わったことはその後も起こった。
『何の話だ?』
「三年生に絡まれたそうじゃあないですか……なにか騒ぎが起きてたのは知っていましたが、クラス中朝からその話ばかりで」
『あ、ああ。君の耳にも届いてしまったのか。全く苛立つ限りだぜ!なんだって不良と言うヤツらはああも……』
 話を続けながらも僕はちょっぴり驚いていた。僕から話題を振ることはあっても(って言ってもこのへんの地理とか天気の話ぐらいなモンだけど)花京院から会話を繋げてくるなんて思いもよらなかった。初めて彼を見たとき直感したように、彼を「人と距離を置くタイプの人間」の枠に嵌めて見ていたからだ。
 
『でもすぐに治まったろ?不良だけで騒ぎ始めたから逃げたんだ』
「ええ、確か三年生の方が手を怪我したんですよね」
『……そこまで噂になってたのか?』
「はい」

 なるほど、今朝から向けられる無遠慮な眼差しどもはそのせいだったのか。合点がいった僕はもう一つ、嫌な想像を思い付いてしまった。先程噂話をしていた生徒、確かに「刺した」……と言っていなかっただろうか?もしや怪我の原因の疑いが僕にかかっているのでは……?

 なんてこったッ!
『い、言っておくが僕は断じてカッターナイフを持ち歩くような危険人物ではないからなッ!』
 勢い良く起立した僕は、掴みかからんばかりに必死の思いで花京院に詰め寄った。ちょっとつばが飛んだかも知れないから後で謝らないと、と頭の冷静な部分では考えていた。
 大声で弁明すると花京院は少しばかり驚いたような顔を見せた。
「何の話です?」
『え?あ……いや、もしかしたら不良が怪我したのは僕が刺したからだ、なんて思っていやしないかとね』
 検討違いなことをしてしまったかと気恥ずかしくて俯く。すると彼は引き結んでいた大きめの口を端っこだけ緩めて、人を安心させるための笑顔を作った。


「大丈夫ですよ。君がそんな人ではないことは僕がよく知っていますから」
 隣の席同士ですし、とほのかに親しみをもって接してくれたクラスメイトが、なぜだか二人にぶれて見えた。
 



 そのうちの一人の制服がやけにきらきらしたエメラルド色をしているように思えて、そう遠くない過去にこの色をどこかで見た気がした。






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