(7/10) 6、春の末には知り合いどうし 後


 まだ話は続くのかって言われても、赤の他人に彼について話をするのはこれが初めてだから勘弁してくれないか。記憶を辿りながらだとどうにも言葉が纏められなくて……

 彼の周りにはあまりにも不思議な出来事が多すぎるんだ。
 「花京院典明」が信頼する「もう一人」を初めて意識した日も、僕は大いに混乱していた。


 不良に絡まれた次の日、隣の彼がやけにきらきら輝いて見えたその放課後。性懲りもなくヤンキー共が下駄箱の前で待ち伏せしていたところから話すよ。
 その猿山のボスは昨日僕の胸ぐらを掴んできたヤツの親分で、子分が公衆の面前でひ弱な転校生にやられたことにひどく腹をたてているみたいだった。仕返しだ、ってすぐに何発かその場で貰ったよ。

「アニキ」
 下っ端の一人がおずおずと進言した。そいつの片方の手には包帯が巻かれていた。その哀れな不良は曰く、昨日手の肉を抉られた時に僕は凶器を隠し持っていたはずだ、と。
「そいつでその生意気な男を同じメにあわせてやりましょーよ」
「よく言った!おい、そいつの身ぐるみ剥いでカッターでもナイフでもオーシューしとけ」
 僕も抵抗はしたんだがそれも虚しく、しかしハナから刃物なんて持ってきていないから不良共も収穫無しで終わった。そしてその頃には下駄箱の周りにはまたもギャラリーが大勢……あ?確かにズボンも剥かれたけど、パンツぐらいなら他人に見られても平気だろう。

 それは置いといて。不良共がその低俗な頭を煮え切らせている最中、僕は視界の端にまたキラリと光る何かを捕らえた。
 花京院君だった。他の生徒に紛れているはずなのに一目で彼と判断できた。
 

 僕の横を緑色に輝く何かが掠める。その時は野球ボールではなくロープみたいな長細い何かだったような……とにかく反射的に振り向くと、僕に手を伸ばした形で不良共が固まっていた。
 彼らの下半身辺りが制服の黒に包まれていないのに違和感を覚え、そのまま視線を下に、

『………う、「「ギャアアーーーーッッ!!?」」』

 ただただ呆然とした。僕も制服を脱がされて結構みっともない姿だったんだが、不良共は一瞬のうちにそれよりもひどい状態になっていたんだ。
 女子の絹を裂くよりも鮮烈な悲鳴をBGMに、下半身丸出しの彼らは捨て台詞もなく逃げ去っていった。


 


『おい、ちょっと、花京院君』
 下駄箱前はしばらく騒然としていたが、花京院君の姿がどこにもないことに気づいた僕は慌ててズボンを穿いて後を追った。
『花京院君!花京院典明君!』
「どうしたんです、春日井さん」
 たった今気づきました、って風を装って彼が振り向く。もうきらきらした緑色は見えなくなっていた。

 話しかけたはいいが、走って乱れた息を整えるうちに、僕が彼に言わねばならないことと先程までの出来事が常識では繋がらないことに気がついた。僕は直感で彼に感謝の言葉を述べねばならないと思っていたのだが、しかし彼は人の壁に阻まれてこちらに手出しはできなかったはずだ。“一体なぜ花京院君にありがとうって言わなくちゃあならないんだ?”という疑問をどうにかしなければ、僕は素直に知人と話すことさえできなかった。

「……春日井さん?どうかしましたか」
 俯いたままの僕に悩みの種が声をかけた。純粋に心配してくれている声色だった。
『か、花京院君』
 とにかくこのもやもやした気持ちをどうにかしなければ。そして色々と彼に教えてもらわねばならない。転校生に質問攻めされるというのはなんだか不憫な気もするが。でもどう言えばいいのか、ええと、


『………花京院君って、幽霊でも使役してんの?』


 やっちまったなあ!と一瞬で冷えた頭を抱えようとした僕を止めたのは、彼の驚いて紅潮した頬の赤みと、

「き、君にも見えるのか!?」

というこれまた的外れな返答だった。








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