君と未来を歩む | ナノ




雪が降る



朝目覚めるとまず、急激に体温が低くなっていることに気づく。反射的に体を丸めて足を手の温度で暖める。寝相のせいで布団からはみ出ていた足先はとてつもなく冷えきって、

待て、その前に寒すぎないか?

異常な冷気に思わず飛び起きると、ベランダに続く窓が開きっぱなしになっていた。
そしてあろうことか分厚いダウンジャケットと色を合わせたニット帽、スキーの時に着用するようなグローブを身に付け準備万端といわんばかりに、よく知る人物がベッドの横に座り陣取っていたのだ。
そいつは人をバカにするときの見下す態度をとりながらこう言った。
「やあ幸彦、今日の目覚めはどうだい」
『すげぇー最悪だ』





『雪かきならそうと言ってくれれば良いのによッ!わざわざあんな風に起こさなくてもいいじゃあねえか』
「仕方ないだろ、きみいつも寝汚いし」
『フツーに揺するとか耳元で叫ぶとかあんだろおーがッ!!』
力の限り叫ぶと、冷たく乾燥した空気が喉と鼻の奥にある粘膜を乾かしてひりひりした。終わったら熱い茶を淹れようと決意し、雪かきに集中するふりをする我が悪友の隣を鼻をすすりながら作業する。
周りには同じように駆り出され、くたびれた様子の父子達が黙々と、その中でも幼い子供は他の子供ときゃらきゃら笑いあって遊んでいる。


冬になるとどうも体がかじかんでいけない。寒さと暑さは人間の弱点だ。重労働と雪で音を吸われた異常な静けさと、暇と疲れも弱点だ。弱点を突かれるということは体も精神も脆くなるということで、現におれの脳内では過去の様々な事件が軒並み、嫌でもビデオで早送り再生されていく。まるで走馬灯のようだ。
………………………………
「オイ、なぁ〜にしょぼくれた顔してるのさ。運気が逃げちまうぜ」
『おめー風水とか信じるタチ?女かよ』
「絶交するか」
『わああーっゴメン!これ終わったら熱い紅茶いれるから許してーッ!』
プラスチックのでかいシャベルを投げ打ち露伴の腕にしがみつく、とテカテカのダウンでもダサい模様のマフラーでも隠されていないそいつの頬がいっそう赤くなる。この前知ったのだがこいつ、他人に触れられるのがどうにも苦手のようだ……もっと言うと対象はおれだけ、あからさまに強く振り払うのにもきちんとした理由がある、みたいだ。

「放せよスカタン」
思った通りのタイミングで、ジャケットのきつく擦れる音をたてて腕が振り払われる。寒さなのかそれ以外の理由なのか露伴は火照った顔を隠さず、こちらを睨めつけた。
「もう僕たちの持ち場は終わったんだ、茶を淹れろよ」
言うなり自分のシャベルをこちらに寄越し、作業のお陰で黒々とした表面の露出したアスファルトを先に行ってしまった。俺も勿論二人分の投げ捨てられたシャベルを抱えて持っていく。


最初に腕を払われた時、あの絵を見た事を知って避けているのかと最初は思ったのだが、ならわざわざ展示用として持ってこなければいい。
なにより、彼は嫌ならもっとおれを拒絶する。言葉、態度、目線、その奥に宿る感情全てでもっておれを拒絶するだろう。
少なくともおれを嫌がって腕を払ったのではないことには気づいているので、一人の寒さが心の内までおれを凍りつかせることは無かった。







「ン、淹れ方変えた?前より香りが濃いぜ」
玄関で雪を落とし、ヒーターの電源を付けたリビングでぬくぬくと暖まる。
鮮やかな紅色の液体に口を近づけ、前にせがまれて淹れたものとの違いに気づいたようだ。
『そりゃショウガ入れたら香りもきつくなんだろォ〜、さみーし暖まるべ』
返答した途端何故か露伴の顔が苦々しいものになる。
「きみってやつは……要するにジンジャーティーなんだろう、これは」
『どう言い方を変えようとショウガ茶だぜそれは』
更に顔面を険しくさせ、目と目の間だけで割り箸が折れそうな程深くシワを刻んだそいつは、しかし紅茶の味は気に入ったのか黙々と次の一口を運ぶ。

カップから露伴が口を離したと同時に、電子レンジから加熱終了の合図が響いた。
いそいそと扉を開ければこの前作って残ってしまっていたクッキーが、熱々の湯気を立てて皿に積まれていた。耐熱性のなんだったか、手袋をとって友人の待つリビングへと運ぶ。
「何を温めたんだ」
『クッキー』
「そいつは常温でも食えるじゃあないか、なんでわざわざレンジに入れたんだよ」
『冷蔵庫に入れてたヤツなんだぜ、固くて食えねえーよ』
今度は肩をすくめて呆れたそいつは、だったら最初から戸棚に置いておけよと愚痴をこぼしてひとつ頬張る。口の中で噛み砕いて飲み込むこと無言の数秒ののち、「うまい」と一言呟くと次の一口を摘まんで食んだ。


そもそもこの男の性格というのが、気位が高く簡単には人を寄せ付けないタイプだ。猫っているだろう?あれに持つイメージと同じだ(もっとも本人は猫を嫌いだと主張してはいるが、同族嫌悪というやつだ)気難しく、自分本意で動くような傲慢な男だ……までが、周りからよく聞く岸辺露伴の評価。間違ってはいない、しむしろよくそこまで分析できるほどに付き合えたなと感心する。こいつの傍にいるのは博愛の精神を持つスーパーマンでも難しいことだ。
だけどもう少し深く付き合ってみると、第一印象で付き合いを決めるように見えて存外人柄をよく見ていることに気づく。人の歴史、技術、年齢、積み重なったそれらを重んじる露伴という男はなかなかどうして軽率な男だと決めつけることができない。

だからこそあの絵に。ひいては「この男に」惹かれたのか。
そう考えるしか。


「きみは食べないのか?さっきから手が止まっているぜ」
『おお、悪い』
実はこのクッキー、客人のお茶請けが切れたときのためにという口実で自ら作ってみたものなのだが、男の癖に菓子を手作りなんてハードボイルドがやることではないので秘密にして食わせている。見た目も市販のものと何ら遜色がないのだが、だから露伴はおれの手作り菓子を今口に入れているということになるのだが、ちょっと、その、なんだ、そういうことを考えるのは気持ち悪いな。
「それにしても最近また料理の腕が上達したんじゃあないか?きみの目指す男らしさとは随分かけ離れているがな」
『うるせえぜ露伴!うちは両方働いてるんだからしょーがねーだろッ!』
いい感じに気を散らされ、怒りで少し体温の上がった体を冷ますために紅茶を口に運ぶ。熱い。そう言えば淹れてからまだそこまで時間が経っていなかった。

「だけどまさかお茶請けまで自作するとはなあ


           美味いぜ、このクッキー」

                        『な、』

呆ける自分の目の前で、まだ13のその少年はにんまりと自分の事のように嬉しそうに笑う。気づかれていたのか。
手に持ったマーブルの小さな焼き菓子がその少年の口に放り込まれ、サクサクと音を立てて細かく噛み割られていく。その破片はいつか彼の胃袋に到達して溶かされるのだろう。

咀嚼し喉仏が上下してそれを飲み込んだ我が親友は、その相手が真っ赤になって使い物にならなくなっている様を見て、今度はせせら笑ったのだった。



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気になる相手が自分をよく知る人物だと、やること為すこと見透かされて大変恥ずかしいと言う話。



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