君と未来を歩む | ナノ




秋風の中の芽生え



数日経って露伴はまた新しく絵を完成させ、それが発表会当日に展示された。
露伴のお父さんがいつも通りその前を独占していて母さん達を困らせていた。
その絵は勿論、他の人も見れば唸るほどに素晴らしい出来だ。タイトルは「町」、やけにひょろりとした木の後ろにありえないビビッドな黄色の空が映えて、見慣れた風景を非現実のもののように魅せている。
周りの大人達は素晴らしいだとか気味が悪いだとか色々な批評をしているけれど、おれに限って言えば「あの」絵の方がとても魅力的だった。

案内していた両親が露伴の絵に気をとられている間にそっと抜け出して目的地へと向かうと、途中の道で丁度露伴と鉢合わせたので一緒に行くことにした。




行き先は屋上。“センパイ”達が蹴り壊してバカになったドアノブを開けると、フェンス越しにおれ達の住む町が俯瞰で見えた。
秋も深まってきたせいか肌寒く感じる風の中、二人で貯水タンクの乗っかった塔屋の梯子を登り、そこに腰を下ろした。
『さみいのな』
「そうだな」
『葉っぱ色づいてんな』
「そうだな」

『絵を破られたの、どんぐらいキてる?』
「……この岸辺露伴、そう易々とへこたれないぜ」
そうこぼして掻き上げた髪と一緒に、この前カメユーで露伴に買ってやったヘアバンドが持ち上げられる。ぎざぎざで目立つグリーンのそれは、こいつの微妙に緑がかった髪に良く似合っている。と思う。
前髪に手を突っ込んだまま、膝を抱えた姿勢でぼんやりと景色を見ているのを眺める。数十秒ぐらい無言でいて、暇になったので空を見上げた。曇り空だ。

『あの絵、どのぐらい気に入ってたのヨ』
「……あの絵に限らず、僕の描いた絵にはリアリティを吹き込む。自分で見たこと、聞いたこと、
 匂いやその時聞いた音まで全てひっくるめて。
 そして、それを見た相手と感覚を共有し、作品をもっとよく見て貰う。
 それが僕の“絵への姿勢”で、あり方だ。
 まさかそれを全否定されるとは思わなかった、よ」

それだけじゃあなかったんじゃないか、とは流石に言えなかった。あまりにも歪んだ露伴の顔から涙が染み出てくるのを見るのが辛くて、横目でチラチラと様子をうかがうことしかできなかった。
あれは間違いなく、露伴が描いてきた中で最高傑作に匹敵する絵だった。夏休みの間中ずっと考えて、悩んで、出した結果の“リアル”があれだったのだろう。だけどあんな酷い方法で踏みにじられたんだ。
「先に言っておくが仇を取ろうなんて考えるモノじゃあないぜ」
『そりゃまたどーしてだよ』
「僕の絵を侮辱したんだ。この手で追い詰めて懲らしめないと気が済まない」
ぎりりと爪を皮膚に食い込ませるほどに拳を握った親友の目は、今だ捕まらぬ犯人の行く末を予言しているように思えた。
特に反論らしき反論もなかったので、この件に関しては心残りはあれど露伴にやらせてやることにした。きっと被害の分だけはきっちりお返ししてくることだろう。幼稚園のときもそうだったもんな。

また無言が続く。頬に風が当たって熱を奪っていき、そうしているうちに肌寒くなってきたので、いくぶんか落ち着いてきた露伴に校内に戻ろうと持ちかけた。置いてきた父さん達がまたやらかしていないかも気になる。




『あ、最後に』
梯子を降りきったところでそいつを呼ぶと、半身だけを中に繋がる金属の扉に突っ込んで頭を出した。
『最初に露伴が描いた絵ってよお、結局何を描いたんだ?』
尋ねると、露伴はぱちぱちと瞬きを繰り返した。一瞬だけ瞳が下を見て揺らぎ、次にまぶたが閉じるといつもの光を取り戻した。彼の口が開く。
「……きみには……関係のないことだ」
それだけ言うとこちらの視線から逃げるように校舎へと入って行き、3階に降りるための階段を早足で駆け下りていった。
残された自分はなんだかもやもやとした気持ちだった。
おれに関係が無いなんてのは真っ赤な嘘だ。

なぜかって、あの絵には間違いなく“西之谷幸彦”がいたのだ。

タイトルは「友人」。絵の中の髪を短く刈り込んだ少年は、キャンバスの正面に誰かを見つけて鼻に皺が出来るほどにかりと笑みを向けているのだ。だけれど先程露伴が言ったように、露伴の絵から受け取れた感情……つまり絵の人物に向けた感情は言い様のない薄暗い、思春期に特有の熱さがあって。

『もしかして、考えすぎな………だけなのか?妄想なのかな?』
あの絵を見て、腹の底からなにか恥ずかしくて胸が苦しくなる気持ちが湧いて出た。
まるで幼稚園の時に露伴の笑顔を間近で見たときのような。
だけどおかしいじゃあないか、小さい頃からの友人、それも親友と認め合っているヤツにそんなもの。もしかしたら露伴の持っている親友像がかなりアレなだけかもしれない。自分がヘンな風に受け取ってしまったのかも。

だけれど答えてくれる奴は今この場にいないので、違うとは言い切れない熱さを燻らせるだけに留めるしかなかった。






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