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※教師パロ注意。色々捏造。





家の手伝いなんかしたことがないから、もちろん料理はほとんどしたことがない。調理実習の時は同じ班の料理が得意な子に、こっそりお願いして自分の分も作ってもらったりするこの私が、好きな人のために生まれて初めて手作りのお弁当というやつを作った。

卵焼きは色も形も悪いけれど味見をしたらまあまあだったし、彼の好物でもある菜の花の辛子和えだってレシピ通りだから大丈夫なはずだ。ウインナーは味の保証がされているし、彩りを考えた野菜達が、おいしそうに見える演出をしてくれている。

「赤葦先生、先生のためにお弁当作って来たので食べてください」

ランチクロスはファンシーなキャラクターものが多かったので、急遽持っているハンカチの中から地味な色合いのものを選んでお弁当を包んだ。
先生に会う前には髪も整えたし、ケバく見えない程度に色付きリップも塗った。
カーディガンの袖を少し伸ばした、いわゆる萌え袖にプラスアルファで首を少しだけ傾けたこの角度は、先生に少しでも可愛く見てもらいたいという研究結果に基づくものだ。

「いりません」

文字通りバッサリ切られた。
そんな予感がしなかった訳ではないけれど、迷う素振りも一切無しで、むしろ食い気味に断られるとは思いもしなかった。

「なんでですか」

「だって花田さん、調味料以外に変なもの入れてそうで怖いです」

「愛情ならたっぷり入ってます」

「俺が言ってるのは怨念の方なんですけど」

先生は鼻先に下がった眼鏡を左手の中指で押し上げて、それから短く息を吐いていい加減諦めろやと言わんばかりの視線を寄越す。
以前は社会科準備室の独特な匂いが苦手だったけれど、赤葦先生を好きになってからは少し平気になった。日本のこともよくわからない私が、先生の教えてくれる世界史だけ成績があがったのだから、恋のチカラってスゴイし、そこら辺を少しくらい認めてくれてもいいのにな。

「私のこと、好きになりますようにって願掛けしましたけど、怨念はこめてません」

昨日の夜から準備して、いつもより三時間早く起きて作った大作だ。おかずを詰めては出しを繰り返して、どうやったらおいしそうに見えるかバランスを考えて悩み抜いた。
出来上がったお弁当に自ら拍手を送り、その手をしっかり合わせて、先生が私のことを好きになってくれますようにと神様にお願いまでしたのを怨念だなんてひどい。

「食べてくれないなら捨てて帰ります」

回転椅子をギッと鳴らしてこっちを見た先生は、呆れた表情を浮かべながら長い腕を伸ばして私の手からお弁当を奪う。

「食材に罪は無いのに捨てるなんてもったいないですよ」

「…食べてくれるんですか?」

「腹が減ってどうしようもなくなったら食います」

ごちそうさまですと、まだ食べてもいないのにそう言った先生は、資料が並ぶ机の上にそれを置いた。今すぐ食べてくれる気配はないけれど、受け取ってくれたのだから食べてくれる気はあるらしい。
自分の顔が嬉しさで歪んでいるのが鏡を見なくてもわかる。

「赤葦先生、大好きです」

「はいはい」

「流さないでください。本気なのに」

「さっさと戻らないと花田さん、お昼食べ損ねるんじゃないですか?」

いつも流される告白は、やはりいつもの様に流された。
チクタクと秒を進める時計を見ると、昼休み終了の十分前を指していた。今戻ったところで食べている時間はないだろうし、胸がいっぱい過ぎてお腹に入らなそうだ。
でもせっかく先生とお揃いのお弁当を作ったのだし、家に帰ってから食べればいいかと脳内会議を終了させ、かと言って残りの十分をここで過ごすのは、さすがに先生の迷惑だろうと思い至りそろそろ戻りますと告げる。

「最後に一個だけ質問してもいいですか?」

「嫌だと言っても聞くんでしょう?どうぞ」

「先生は先生なのに、なんで生徒に敬語なんですか?」

赤葦先生は授業を進めている間も、寝ている生徒を起こす時もずっと敬語だ。
その丁寧な口調が優しくて好きだと言う生徒も少なくないし、もちろん私もその内の一人でもある。

「距離をとってるんですよ」

「距離?」

先生の切れ長の瞳にじっと見つめられると空気が変わる。いつもは目が合うだけで嬉しいのに、鋭い視線に捕まって心臓が嫌な音を立て始める。

「この学校の中で俺は若い部類の教師ですから、兄や友達のように接してくる生徒も居れば、恋愛対象として見てくる生徒も居る」

教師と生徒である以上、立場が違うのだから距離を取るのが大事なんだと言いながら赤葦先生が立ち上がる。座っていた椅子がくるくると回る。くるくる、くるくる。回転は徐々に緩やかになって、音もなく止まるのが視界の端っこに見えた。
一歩、先生が前に進むとの同じだけ、私は一歩後ろに下がる。それが永遠に続く訳もなく、いつの間にか追い込まれて背中には資料の詰め込まれた棚の冷たい感触。これ以上下がることが出来ないというのに、先生はどんどんと距離を縮めてくるから、たまらず顔を反らした。

「たまにいるんですよ。教師と生徒の線引きをしていても、お構いなしでずけずけと入りこんでくる奴が。例えば花田さんみたいに」

「…先生に恋したらダメってことですか?」

「憧れてもらうのは構わないし、恋をするなとは言いません。それは俺がどうこう言えることじゃない」

ぐっと顔を寄せられた気配がした。顔を上げられないからわからないけれど、先生の吐息がすぐ近くで感じられるので、多分間違ってない。下がることが出来ないと解っていても、資料棚にめり込んでしまいそうな程、背中を押し付けた。

「俺からしたら高校生なんて見た目も中身もまだクソガキなんだけど、でも一丁前に体は大人になりつつあるから厄介この上ないよ」

「どういう意味ですか」

先生とほんの数センチしか離れていないせいで、すれ違う時にかすかに香る清潔な香りが、今はダイレクトに鼻腔に届く。前髪にさっきから触れているのは先生のくちびるかもしれないと思うと、体が固くなって動けなくなった。

「密室で男と二人きりになって自分から迫るってことは、こういう風になるかもしれないって覚悟しておいた方がいいってこと」

耳元で聞こえる先生の声は聞き覚えがある筈なのに、全然違う人みたいで怖い。先生が喋るとその空気の振動のせいで頭まで痺れてしまいそうだ。

「怖い?」

「…怖くありません」

「震えてるくせに」

目頭が熱くなって視界がぼやける。虚勢を張ったのを見破られた涙ではない。
年齢差分の経験値の違いを見せつけられたせいだ。それは一生埋まることのない差だし、憧れを恋と錯覚している内はお子様だと言われたみたいで悔しかった。

「男に迫られて怖いと感じないくらい大人になって、それでもまだ俺が好きならまたおいで」

体のいい振り文句なのかもしれない。でも先生は知らないだろうけど、こう見えて私は負けず嫌いなのだ。
確かに今までは“赤葦先生”に憧れていただけなのかもしれない。生まれて初めて見た“男”に怖気付いたのも事実だ。
でもその男の部分を見せられたことで私の中で何かが変わったのを、先生はまだ知らないだろう。憧れを恋に変えるなんて、とっても簡単なことだということをこれから嫌ってほど知ってもらうしかなさそうだ。



20150527
mae ato
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