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視界に入る全てがオレンジ色に染まる時間。バスの待合室は珍しく俺と彼女の二人だけの空間になっていた。
横に座ってスマホをいじっている彼女は、最近ハマっているゲームに夢中のようだ。ぽってりとしたくちびるが、いつもより艶やかでほんのりと色づいている。
うまそうだな。そのまま齧り付きたい衝動に駆られた。
「そういえばキスの日って何日か前だったよね」
俺を見上げるために首を傾げる仕草をした花田さんが悪い。つまりものすごくキスのしやすい角度になったせいで、吸い込まれるように齧り付いてしまったのだ。
あんなにうまそうに見えたくちびるは思いの外ベトっとしていて、彼女には悪いけれどあまり気持ちの良いものではなかった。そういえば、普段使っているリップを忘れてグロスを塗ったとかなんとか言ってたっけ。
「ど、どうしたの、きゅうに」
彼女から顔を離すと見る間に赤くなって、恥ずかしさからか目をそらされる。ぎゅっと力の入った拳はちょうど俺の胸くらいに置かれていて、多分、一瞬の出来事に抵抗が間に合わなかったんだろうなと思った。
「花田さんのくちびるがうまそうで、食べたくなったから」
ごめんと一言添えたけれど、反省はしていない。それは花田さんにも伝わったのだろう。キッと睨んでくるけれど、それ以上に瞳が潤んでいて俺にとっては逆効果だ。
もう一回したいの?と耳元で聞くと、慌てて離れて拒否された。耳まで赤くして俯く姿はかわいいけれど、こんなにはっきりと拒絶の態度をとられて少なからず傷ついた。
「…誰にも見られない場所ならいいけど、こういうところはびっくりするから、やめてほしい、かな」
「誰にも見られない場所なら、キスだけで止まれる自信ないけど」
それでもいいの?と顔をのぞき込めば花田さんはくちびるを真横に結んだ。それからこくん、と首を縦に振る。
無理をして言わせただろうか。
それでも火傷してしまいそうなほど真っ赤になる彼女にどうしたら理性をきかせることが出来るのだろう。その方法を知っている人がいるのなら、ぜひ今すぐにでも教えてほしい。
あなたという熱源20150525
Title by サンタナインの街角で
キスの日には大分遅刻しました。