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※年齢操作




「別れたんだよね」

何でもない風に松川が言うから、そのまま聞き流しそうになった。
待ってよ。別れたって何。別れたってどういうこと。

私が松川を好きになったのは高1の夏休みだった。その頃から仲の良かった花巻に『どうせ暇なんだから見に来いよ』と誘われて行った練習試合。
凄かったねとか、かっこよく見えたよとか他愛無い話をしている視線の先に、松川と見知らぬ女の子が居た。
松川がだらし無い程に表情を崩していて、一瞬で彼女なんだと気付いた。ふにゃってなった顔とか、愛しそうに彼女の頭に乗せられる大きな手とか、普段は老けて見られる事を気にしているけど、彼女といる時はちゃんと年相応の男の子に見えるところとか。
いいなって思った瞬間から、私の不毛な片思いが始まった。

「…いつ?」

「先週、いや先々週だったかな。振られた」

「なんで言ってくれないの。ていうか振られたって、」

「好きな人が出来たんだと」

ガタン。
木で出来た椅子が、立ち上がると派手な音を立てる。それと同時にグッと手首を掴まれた。

「どこ行くの、花田」

「あんたの彼女んとこ。だって好きな人が出来たって、おかしいじゃん。ちょっと一発殴りに行く」

「待て待て。つーかもうそろそろ花巻達も来るから。な?大人しく座って、ほら」

身長差のせいか、体格差のせいか。私の正面にいるくせに、松川はやすやすと椅子を直してくれて、座るように促す。
素直に座ったのは、松川が向けてくる真っ直ぐな視線に耐えられなかったからで、腹の奥に出来てしまった黒いウズウズはおさまっていない。

「ありがとな」

「何が」

「怒ってくれて。それだけで満足」

松川はニッと笑ってジョッキを掲げる。それに自分のジョッキを合わせるとカチン、と小気味良い音がなった。

「松川はそれでいいの?悔しくないの?」

「んー。悔しいとかは無いけど、ちょっと不思議な感じだよな。この辺が」

そう言って胸の辺りをさする松川を見て、同じ辺りがきゅっと痛くなる。
そりゃそうだ。松川と彼女の付き合いは中学からだ。子供の頃からの付き合いで、仲良さそうで、楽しそうで。
あんなに長く松川と居て、あんなに優しい視線を独り占めにしておいて、あんなに温かい手を受け入れておいて。
私が欲しいものを全部持っていたのに、他に好きな人が出来るなんて。
時間もすれ違い気味だったしなって松川は笑うけど。社会人一年目で確かに忙しいし、時間も合わなかったかもしれないけど、そんな仕打ちあるだろうか。

「なんでお前が泣きそうなの」

俺が泣かせてるみたいじゃんと松川の下がり眉が余計に下がる。

「泣かないよ。怒ってるの。松川も冷静過ぎ」

だってずるいじゃないか。こんなにも簡単に彼を手放してしまえるくらいなら、私に全部くれればよかったのに。

「視野とか世界とか広がるだろ、社会に出ると。ガキの頃のまんまじゃ足りなくなったんだよ、俺もあいつも」

だから泣くなよって笑う松川に、泣いてないってばと不貞腐れたみたいにそっぽを向いた。
じゃあ社会に出て視野とか世界が広がっても松川を好きな私はなんなんだ。
テーブルの上にあった松川のケータイがブブッと振動する。

「よう、もう花田と始めてる。うん、あ、こっち」

松川が私を通り越した方に向かって軽く手を上げる。
その後ろからおうとかお疲れとか聞こえてくるから、三人同時に来たのかもしれない。
だめだ。今この面子で飲んだら潰れるまで飲むか、絡み酒になるかだ。松川に醜態だけは見せたくない。

「ごめん、私帰るわ」

「え?せっかく揃ったのに…って花田泣いてる?まっつんに泣かされたの?」

視界の端に花巻と驚いた顔の岩泉。顔を覗いて来たのは及川。やっぱり三人揃って来たんだ。タイミングがいいのか悪いのか。

「泣いてない。ちょっと体調悪いんだ、今日。これ、松川の失恋記念。足りない分だけみんなで出して」

勘のいい及川にはまともに顔を見られたくなくて、慌てて財布から諭吉を一枚取り出す。給料日前にこの出費は正直痛いけど、仕方無い。
もう一度みんなにごめんと告げて、湧き上がる自己嫌悪に後押しされる様にしてその場を立ち去った。

一生履き慣れないと思っていたヒールは二か月程で平気になった。カッカッとコンクリートを打ち鳴らす音も大分様になってきたはずだ。
私にくれればよかったのに、なんて。なんておこがましい。松川を物みたいに扱って。バカじゃないの、私。せめて失恋の隙につけいるくらいの度胸があれば可愛げもあるのに。

ぐちゃぐちゃになった顔が夜風で冷やされる。もうすぐ暖かくなるはずなのに、まだまだ夜は冷え込む。心無しか吐く息も白く見えて、アルコールで温まった体だけではなく血の昇った頭も冷えていく。

「お前足早いな」

肩をぐいっと引っ張られたことよりも、その先にいたのが松川だったことに驚いた。追いかけるのに走ったのか少しだけ息を切らせた松川は、顔ぐちゃぐちゃすぎと、眉毛を下げて笑ってる。

「なんで、え、みんなは…」

「追いかけろってつつかれた。最初からそのつもりだったけど」

混乱する私の手は松川の大きな手に包まれた。嬉しいのと、恥ずかしいのと、意味がわからないのと、どの感情を優先すればいいのだろう。

「俺のせいなんだよね、あいつが他の奴んとこ行ったの」

不意に語られた言葉は意外で、思わず立ち止まって彼を見上げた。

「視野が広くなるって話さっきしたろ」

「うん」

「働き始めてから、愚痴ばっかりになってさ、あいつ」

「私も愚痴は言うけど…」

「そりゃ俺もだけどさ。お前の場合、ちゃんと次の日から頑張るだろ」

「…まあ」

気心の知れた松川達と飲んだ後はリフレッシュ出来ているのか、仕事に打ち込める。そんな話はよくした。

「そういうの無くてさ。一緒にいてもため息が増えたりとか、俺といても楽しくなくなっちゃたのかなーとか。こんな時花田はとか、花田ならこうなのにって、どうしてもお前と比べちゃうんだよね。んで、あいつが俺といて楽しくなくなったわけじゃなくて、俺がお前といて楽しいんだなって」

気づいちゃったわけよと彼は言う。

「そりゃ他の女と比べられて楽しいわけないよな。気づいたらさっさと男作ってさよならって言われた」

「…待って、どういうこと」

お酒の回った思考回路じゃうまく考えがまとまらない。だってそれじゃあまるで、松川が。

視界いっぱいに松川が見えて、ちゅ、と自分のじゃない体温がくちびるに重なる。

「先に言っておくけど、寂しさをお前で紛らわそうと思って言ってるわけじゃないからな」

抱きしめられると言うよりは包み込まれるの方が表現として正しそうな松川の腕の中に閉じ込められた。

「ごめん、実はずっと前から気持ち知ってた」

「…え!?」

「だからって手頃なところでって思ってる訳でもないからな。ちゃんと好きだから、花田のこと」

整理しなければいけない情報の量と速度が合わなすぎて、自分で確認は出来ないけれど、目は確実に白黒してるだろう。
ハッキリしているのは、この腕の中がすごく心地が良いってことと、それ以上に恥ずかしくて溶けそうってこと。




20150404
title by 魔女
mae ato
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