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好きじゃないんだよなぁ。
隣に座る愛しの彼氏を盗み見た。
あ、訂正。好きって言葉じゃ足りないんだよなぁ、が正解。
日本語には愛してるなんて言葉もあるけど、それは学生の自分にはまだ重たい気がするし、何より気恥ずかしい。

付けっぱなしにされたテレビからは、バラエティー特有の賑やかさが垂れ流しになっている。
クッションを抱きしめながらなんとなく見ているだけだから、内容なんてちらりとも頭に入ってない。最近よく見かける売り出し中のお笑い芸人が出てきた所で、どうした?と柔らかい声が降ってきた。

「具合でも悪い?」

やる気が無さそうに見えるのはこの人のデフォルトのようで、それでいてスポーツ少年なのだからそのギャップにやられないわけが無い。こう見えて結構熱かったりもするし、素晴らしい観察眼まで持ってて、こんな風に些細な変化でも心配してくれるとか、きゅんとするじゃないか。

「んー。ちょっと考え事?」

「考え事ね。妙な事考えてなきゃいいけど」

付き合い自体すごく長いというわけでもないのに、私というものをよくわかっていらっしゃるようで。
赤葦が読みかけの雑誌にもう一度目を落とすと、はら、はら、と薄い紙が捲れる度に音を立てる。
私から興味が逸れてしまったことが急に寂しくなって、テレビなんかそっちのけで彼を凝視する。よくビームを飛ばすなとか言われるけど、勝手に出てるもんは仕方がないわけで。
伏せられた目とか、そんなに長くはない睫毛とか、ちょっぴり残る日焼けのあととか、そういうのを見てると、なんかこう、やっぱり好きって言葉だけじゃ足りなくて、でもそれ以外の言葉が思いつかなくてもどかしい。

「好き以外思いつかないんだよなぁ…」

この心の声を漏らす癖をやめたい。
私がハッとするのと、赤葦が固まるのとどっちが早かっただろうか。
彼の重そうな瞼が珍しく大きく開いて、ぱちぱちと数回まばたきをする。
表情が乏しいってよく言われる彼だけど、そんなことない。一緒にテレビみて大笑いすることもあるし、こんな風に驚いた顔だってなんのその。
まぁ、今のは完全に私が不意をついたせいだけど。

「赤葦のことが好きなんだけどね?なんていうの?好きって言葉じゃ伝えきれないなー、なんて」

「それをずっと考えてたの?」

「はい、そうです」

花田らしいねと彼は口元を押さえて、くっくっと声を漏らす。
笑った時の目尻がくしゃってなるの、好きだな。

「好き、以外ねぇ。愛してるはちょっと重すぎるよな」

赤葦は口元に手を当てたまま人差し指で鼻の下を擦る。考え事をしてる時の癖。これも結構好き。
考えがリンクして、それもちょっと嬉しくて彼の腕を力いっぱい揺すってしまう。

「そうなの!ちょっと重いというか、恥ずかしいというか!」

わかるでしょ?と同意を求めれば、そうだな、と一層細くなる目はすごく優しい。
この気持ちの行き着く先は、おそらく愛してるという言葉で間違いはないのだろうけど、多用すれば言葉の価値が失われる気もする。
胸の奥にあるグツグツしている気持ちの最上級を的確に伝えるものは何かないだろうか。
うんうんと頭を抱えて唸る私に、赤葦はちょっといい?と体を寄せる。包まれたのは覚えのある彼の香り。

「好きだよ、夢子」

唐突に囁かれたそれは、ついさっきまで、悩んでいたそれで、彼の腕の中に閉じ込められたことにより、破壊力たるや、だ。

「例えばこんな風に言葉に出来ない分は行動で補うとか?」

これなら伝わりやすいんじゃない?と多分、いや絶対わざとに吐息まじりで耳元で喋るもんだから、顔が熱くて溶け出す五秒前だ。ばか。

「今のままでも花田が俺のこと好きなの十分伝わってるけどね」

余裕ですか。そうですか。みなさんうちの彼氏こんな意地悪な顔だって出来るんですよ。憎たらしいけど、大好きだ。



20150327
mae ato
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