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なんでも無い事の様に言われすぎて、危うく聞き流す所だった。

「なんつった、今」

「だから、俺、夢子に振られた」

ニッと歯を出して笑う及川はいつも通りのようで、冗談か?と思いたくなるが、その笑みはどこか不自然で痛々しく、無理をしているのがわかる。

「俺さ、夢子の事で岩ちゃんに負けたくないなって思うけど、岩ちゃんにも俺に負けて欲しくないなって思うんだよね」

「どんだけ上からだよてめぇ」

俺の複雑な男心じゃんと、女子からは整っていると称される顔を崩して笑う。
ただ、その気持ちはわかる。俺も同じだとは死んでも言いたかねえけど。

「ちなみに夢子は熱が出て保健室で休んでいます」

突拍子も無い情報に顔をしかめると、たまたま見かけたんだよ、と目から星を飛ばされて殴りかかりそうになるのをやっと堪らえる。

「行ってやれば?」

素直に頷いていいものか迷って及川を見ると、眉間に皺を寄せて睨まれた上に思いっきり鼻をつままれた。

「岩ちゃんが俺に遠慮とか気持ち悪すぎ。あとついでに夢子も俺に遠慮しそうだからさぁ、そういうの嫌なんだよね」

なんとかしてこいとでも言う様に、顎で合図されたのは気に食わないが、振られたと聞いてどこかで遠慮する気持ちが表面に出たかもしれない。まぁ、そらいい気しねぇわな。
行ってくると身振りで伝えれば、背中をバシンと思いっきり叩かれる。激励のつもりかよ。




保健室のドアを開けると養教のおばさんが俺を見てこれでもかってくらいに顔をしかめる。

「まさかまた怪我じゃないでしょうね?」

「見舞いっすよ」

擦り傷やら切り傷やら打ち身で世話になる事が多いせいか、来る度にまたか?またか?と嫌な顔をされる。つーか、それがは仕事だろ。

二台並ぶベッドの内、一つだけカーテンの締め切られた方を見つめると、養教のおばさんはふーんと、興味無さげな相槌の後、ちょうど良かったと手を叩く。

「ちょっと外すからあの子の様子見てて。でも変な気だけは起こさないでね?」

養護教諭の概念が変わりそうな脅し文句だけ残してさっさと出ていく姿に唖然としながらも、咳払いをして気を取り直す。声を掛けようか迷っていると、カーテンで仕切られた内側から、岩ちゃんと呼ばれた。

「おう、起きてたのか?入るぞ」

「だめ!今寝起きで頭ボサボサなの。ヨダレもついてるかもしれないし」

そんな事気にしねえのに、と言えば及川あたりに、岩ちゃんは女心がわかってないねと言われそうだ。
わかった、とだけ告げて、手近にある椅子に腰掛けた。
窓から差し込む日差しを見ながら、珍しく人来ねぇなとかぼんやりそんな事を思っていた。

「岩ちゃん、実は私、徹ちゃんに」

「あぁ、振ったんだろ?あいつから聞いた」

格好いいなお前と茶化すと、それで悩んでるのにとむくれた声。ボフンっと音がしたのは毛布でも叩いたのかもしれない。

「何を悩むんだよ」

真っ白なカーテンは無言のままで、じれったくて勢いよく音を立てて開けると、中で難しい顔をした夢子がぎっちりと固く結んだ手を見つめている。

ベッド脇まで椅子をずらして、ドカッと腰を下ろして、で?と問う。

「何に悩んでるって?振った事悪いなって?可哀想だなって?」

そんなの思う方が可哀想だろ、言うと、うっと言葉をつまらせる彼女。そうだけど、そうじゃないとか、うにゃうにゃとハッキリしない。そして昨日からあれやこれやと悩んだ末、知恵熱で目を回したそうだ。

「遠慮は気持ち悪いからすんなって」

「え?」

「及川が」

生徒の笑い声やパタパタ走り抜ける足音に、あぁ、昼休みか今、と頭の端に思い出す。

「遠慮はしねえからな」

あいつにそう言われたから、では無い。
前置きだけして夢子の固く結ばれた手に自分のそれを重ねると、少しだけ強ばりが解ける。
比べるとやはり小さな手で、彼女の両手を包む俺の片手の方が大きいなんて。

「あと、1回しか言わないから」

よく聞けよ、と耳打ちする。
伝えたい言葉は一つだけなのに、喉から先に出てこないのは、心臓が煩くて集中出来ないからか。
彼女の瞳が潤んで揺れた。それを見て、俺と同じ気持ちならいいのに、と密かに願う。


END
20141127

mae ato
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