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呼吸がようやく整って、最後に大きく息を吸うと、ん、と手を差し出された。その手には手袋がはめられていて、私はそれを手袋をしていない手で握り返す。なんだかもこもこしていて温かい。
冬の匂いが一段と強くなって、独特の空気が肌に触れるようになった。隣にいる頭一つ抜けた彼は、冬がよく似合う。
寒いね、が挨拶に使われる様になった今日この頃、私たちは久々にゆったりと2人で時間を過ごせる事になった。のに。
赤葦くんはさっきから無言で、むっすりとしたままだ。まあ、もともとそんなに表情豊かなタイプではないのだけれど。
「…赤葦くん、怒ってるね」
「…別に怒ってないけど」
そんな不機嫌そうな顔で怒っていないとはよく言えたものだと彼を見ると、怒ってない、と重ねて言われた。
大人っぽく見える彼も、やはり同じ高校生なんだなと安心する瞬間でもあり、そういう私しか知らない一面が見えて嬉しく思える瞬間でもある。
「先輩たち良かったの?」
「いいよ別に、あんな人たち」
「でも…」
「花田さんこそ、大丈夫だった?何もされてない?」
校門の前で赤葦くんの部活の先輩たちに声を掛けられた事を言っているのだろうか。
確かにいきなり4、5人の男子に囲まれて焦りはしたけど、にぎやかで楽しかったけどな。
噂の夢子ちゃん、噂の夢子ちゃんと話しかけられて、赤葦待ってるの?一人で大丈夫?一緒に待っててあげようか?次から次に話しかけられて、どれにどう答えたかは覚えてないけど、しきりに噂の夢子ちゃんと私は呼ばれていた。
それからすぐ、先輩たちに囲まれる私を見つけた彼がすごい勢いと形相で走ってきて、アンタ達何やってんですか!って怒鳴ったかと思えば、行くよと手を握られて逃げる様にその場を去って、今に至るわけだけど。
「先輩たち優しかったよ?」
「ならいいけど…」
「あのね、赤葦くん。部活の時、私の話するの?」
彼は一瞬言葉に詰まって、それからたまに、と目をそらして言った。
繋がれたままの手に、ぐっと力が入る。
「あの人たち、ちょっとしつこいから、彼女どんな子だって」
「…それでどんな子って言ってくれてるの?」
「…ナイショ」
目はそらされたまま、全然こちらを見てくれない。
「さっきの先輩がね、赤葦は彼女が可愛すぎて俺たちに全然紹介してくれないんだって言ってたよ」
一番にぎやかな先輩がそう言ってたままだけど、自分で言うのもはばかられるような言葉だ。だけどそれを言えば、赤葦くんがこっちを振り向いてくれるのを私は知ってる。
予想通り振り向いてくれた彼は、傍から見ればわからないかもしれないけど、これでも驚いた表情をしている。
「……あの先輩たち、女の子大好きで」
「うん?」
「一回だけ、花田さんを遠目で見せたら、それから可愛い、会わせろってうるさくて」
繋がれた手とは反対の手が肩に置かれて、少し屈んだ彼は私と同じ目線になる。
目の周りと鼻の頭が赤いのは、きっと寒いだけが理由じゃない気がした。
「ごめん、ヤキモチ」
肩に置いた手から手袋を外して、私のもう片方の手を握る。
冬の乾燥した空気にずっとさらされていた手は、彼の体温に触れて突然に熱を思い出す。
じわりと伝わる体温と、彼の突然のヤキモチ発言のせいで、私はもう融解寸前です。
触れたら溶けると思います20141115
確かに恋だった様よりお題をお借りしました。