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手を繋ごうかって言われる回数が増えた。あと人の顔をじーっと見つめて目が合うと優しい顔をしてニコってされるようになったし、岩ちゃんに張り合うみたいにして私の荷物を持ちたがるようになった。
最近、徹ちゃんが変だ。
「見過ぎ!」
すごく、ものすごく至近距離に徹ちゃんの顔がある。どれ位近いかと言うと、徹ちゃんの白目が青みがかっててキレイなのがわかる位には近い。
「だって夢子かわいいんだもん」
自分よりはるかに大きな男の人に、もん、と言われて、かわいいと思えるあたりが及川徹の魅力なのかもしれない。
大きな手は私の手を許可無くすくって、いいでしょって顔をする。どうせ断っても繋がれるのでそのままにしておくと、冷たいと文句を言われた。
「一応これでもドキドキしてるんだよ?」
彼からの言葉と思えず、思わず数10pの距離を見上げる。
「私なのに?」
「夢子だからだよ」
いつもと違う徹ちゃんの視線から目を離せずにいると、数10pの距離が5p、3p、一気に縮まる距離に堪えきれず顔をそむけるけど、もう遅い。顔はすでに熱を持っていた。
「あともうちょいでキス出来そうだったのに」
一瞬前までの真剣な表情は消えて、残念だなぁと肩をすくめる彼はいつも通りだ。けど、ふざけてこんな事をする人じゃないって事はよく知ってる。
「なんかあったんでしょ?おかしいよ最近」
徹ちゃんだけじゃない。岩ちゃんも少し様子がおかしくて、今まで通りだよ、心配しないでよって顔に書いてるもんだから、聞いてもはぐらかされるだろうと、あえて聞かずにいた。
「なんもないよって言ったら信じる?」
「信じない」
だよね、と彼はため息まじりに苦い笑いを零す。辛そうで、苦しそうに見えるのは見間違いじゃないはず。こんな顔をした徹ちゃん、バレーの時以外に見た事が無い。
「夢子の頭なでてもいい?」
頭なら勝手に触るくせに、許可を取るなんて調子が狂う。無言でいるのを肯定ととったのか、ありがとう、小さな声が聞こえた。
乗せられた手の重みが伝わってきて、トントンとリズムを刻むたびに頭が少しだけ上下する。その手はするりと頬を通り抜け、顎先で止まり、くいっと少しだけ持ち上げられる。
あのままキスしちゃえば良かったって言う徹ちゃんを、バカ、と睨み付けた。
「徹ちゃんね、今焦ってるんだ」
「…うん?」
「岩ちゃんに、夢子を取られたくなくて、めちゃくちゃ焦ってる」
優しい目をした徹ちゃんが私を愛しそうに見下ろす。私の心臓はいつもより騒々しく、ドクンドクンと存在を主張し始めた。
彼が何を言おうとしてるかなんて、想像するよりも簡単だ。
「俺、夢子が好きだよ」
「私が徹ちゃんを好きって意味とは違うって事だよね」
自分の気持ちを自覚したのは、この瞬間。
そうだねって笑う徹ちゃんの顔に見覚えがある。
昔、徹ちゃんに失恋して、辛くて毎日泣いて、泣きつかれた頃、私はこんな顔をして過ごしていた気がする。大丈夫って言い聞かせて、無理に笑ってた自分を思い出して胸が痛んだ。
「夢子が岩ちゃんを好きだって言うのと同じ意味で」
好きだと言われてやっとわかるなんて、私は本当に大馬鹿だ。
ごめん、以上の言葉が見つけられなくて、何度も繰り返す唇は徹ちゃんの長い指で挟まれる。
「夢子が悪いわけじゃないから、気に病まないこと。約束できるね?」
最後まで優しい幼馴染に泣いてしまいそうになったけど、手の平に爪を立てて必死に堪えた。私がここで泣くのはずるいから。
私の中で日に日に大きくなっていったのは、もう一人の幼馴染だ。
岩ちゃん、またあなたを好きになりました。