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「えーまだなの!?」

その声が教室に響いてしまって私は目の前にいる友人の口を両手で塞いだ。

「おっきな声出さないでえりちゃん」

顔が熱いので今ので真っ赤になってしまったようだ。えりちゃんは舌をペロと出しごめんと謝って、でもさと続ける。

「あの黒尾はまだ花田ちゃんに手を出してないなんて…私には信じられないんだけど……」

「でもまだ付き合って3か月位だし…」

えりちゃんはなんとも形容しがたい微妙な顔をする。そんなに変なのだろうか。私としてはどれ位でそういう事をするという概念が無いので、遅いのかどうかもわからないし、そもそも黒尾くんが初めての彼氏なので、正解がどれなのかといった感じだ。

「だって黒尾って手が早い事で有名だったじゃん……ごめん」

今のは聞かなかった事にして、と言われたけれどバッチリ聞いてしまっているしそれは無理だろうと笑うと彼女は何よと口を尖らせた。

「気にしてないから平気だよ」

そして休み時間の間に、とトイレに立つ事を彼女に言えば本当にごめんね!とまたしても大きな声で私の背中に声を掛けていた。

女子トイレのドアを開けようとした手が止まる。

「黒尾ってまだ彼女とヤッてないらしいよ」

「うそ!?あの黒尾が?」

甲高い声が外まで漏れている上に自分の話題だったため体が硬直してしまった。

「でもさーあの彼女なら黒尾が誘っても拒みそうじゃない?」

「あ、それわかるー。てかさー黒尾ガマンしてんじゃないの?かわいそー」

「じゃあたまってんじゃない?あんた相手してやんなよー」

「ムリムリ。だって黒尾って際限なさそーだもん」

「たしかにー」

ケタケタと笑う声に具合が悪くなりそうだ。甲高い声も頭に響いてガンガンする。顔にも熱が集まっている気配がするのでまたしても真っ赤になっているだろう。ドアが開き、先程の会話の主たちが現れ『ヤベ、本人じゃん』とだけ言ってパタパタと走り去っていった。

その後の授業は身に入らず、ボーっと下だけを見ていると『具合でも悪いのか』と黒尾くんに心配されたけど、首を横に振るだけで答えると少し考えた間の後、もそもそと寝る体勢を整えたようだった。

放課後になると幾分気持ちも落ち着いて来たので、一日寝れば下がってしまった気持ちも戻ってくれそうだ。部活の黒尾くんに『また明日ね』と手を振って教室を出たのはいいけれど、校門まで来ると忘れ物に気づいた。あれは確か明日提出の課題だったはず。仕方が無いので来た道を戻った。

教室に入ろうとドアに手を掛けるとまた動きが止まる。

「まだ花田とヤッてねえのかよ黒尾」

茶化す様な声が聞こえたからだ。何で今日に限ってこの手の話題に出くわしてしまうのだろうと忘れ物をした自分を恨む。

うるせえな、と少し気怠い黒尾君の声を『だって珍しいじゃん』とクラスメイトの男子の声が追いかける。

「いいんだよ俺らは別に」

焦ってないから、という言葉と同時にドアが開き黒尾くんと目が合った。このまま逃げ出してしまおうかと思ったけれど、私の足と彼の足なら軍配は明らかに彼にあがる。ので諦めた。

「忘れ物しちゃって…」

そう言って机の中の課題をカバンにしまって今度こそまた明日と彼に言うと黙って手を引かれたので素直に従った。空き教室に入ると黒尾君はドラマみたいなタイミングだったなと吹き出したので、そうだねと私も笑った。

私の変な体質のせいで、手を繋げるようになるのもキス出来るようになるのも、相当時間がかかった自覚がある。黒尾君が大丈夫って言って焦らせないでくれたから、ゆっくり慣れていけたのだ。その優しさが伝わっているから、自分に自信の無い私でも彼の横にいる事を引け目に思わないでいられる。だからこそ、だった。私がガマンをさせている、と彼女たちは言っていた。そうなのかもしれない。彼の優しさに甘えて、私は何もしていないのかもしれない、と焦った。

「私、黒尾くんがし、したいならそ、そのそいう…そういうの、拒んだりしません」

「…お前、さっきの以外にもなんか言われたか?」

鋭い目で見られたので怯んでしまい何も言えなくなってしまった。彼はやっぱりな、と言ってため息をついて花田さんと久々に呼ばれた。

「俺の目みて。ほれ、顔あげて」

恥ずかしいのも手伝って私はそれでも顔を上げられずにいた。

「花田さん、ちょっと抱きしめてもよろしいでしょうか?」

答える前にすでに彼の体温と香りに包まれた。ボッと顔が熱くなる。

「俺も健康な男子だからエロい事考えるし、お前の事エロい目で見たりするし、今すぐ保健室でヤッちまってもいいんだけどさ。俺が勝手に時間掛けたいだけだからガマンも俺が勝手にしてるって事はわかるか?」

聞いてはいけないような言葉まで聞こえてしまったけれど素直に頷くしかできない。

「こんな人気の無い教室でこの手の話題をしてたら結構キツイ。主に下半身が。わかる?」

それを聞いて飛びのきそうになったけれど、がっちりとホールドされていて動けなかった。

「花田の気持ち無視したくないから、あんま焦んなよ。じゃないとまじで理性飛びます。わかった?」

小さな声でわかりましたと告げると黒尾君によしよしと頭を撫でられた。

「ごめんなさい部活なのに」

時計を見ると部活はとっくに始まっている時間だった。彼はそんなことよりも、と少し難しい顔をする。

「さっきのもっかい言ってくんない?」

「え?」

「黒尾君がしたいなら拒まないってやつ」

「むむむむむりです!!!」

「花田が言ったんだろ」

「さっさと部活行ってください!!」

ニヤニヤとする黒尾君の大きな背中を押し出すと、相変わらず照れるとどもるなと言われた木曜日の放課後。




20140929



mae ato
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