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学園すいっち
…衛藤 快、15歳。
眩しい太陽、澄んだ青空。耳には騒がしい蝉の声…と、若葉生い茂るこの季節に、僕は恐らくこの先絶対有り得ないであろう、人生最大のピンチを迎えていた。
学園スイッチ@
ドンッ
僕は思い切り、渾身の力を込めて目の前の胸板を押し退けた。が、相手には大して効いておらず、それどころか一歩後ずさっただけに留まった。
あぁ、こんな時もっと筋トレなり少林寺なりやっとけばよかったと思う。や、少林寺は無理かな。うん。せめて護身術くらいはスキルとして持っておきたかった。
…今更不可能だとは思うが。
(うぅ…僕って非力…!)
端からみてもわかるように自分の腕力の無さに嘆いていると、目の前の相手が微かに笑った気配がした。
「真っ赤になったり、青くなったり忙しい奴だな」
…そうさせてる当人に言われたくはない。
咄嗟に言い返そうと思ったが、またも距離を縮めてきた相手に気圧され叶わなかった。
僕は濡れた口元を押さえて相手を睨みつける。友人たちから『子兎の威嚇みたい』と笑われた代物だ。この場面で如何程の威力を発揮するかは謎だが、しないよりはマシだろう。
しかし目の前の相手…特進クラス2年の現生徒会副会長、倉林 春は尚もクスクスと笑いながら壁に手をついた。丁度僕の首の両側をホールドする感じで…
(…あれ?もしかしてこの体勢って逃げられない…??)
今更気付いても後の祭。
先程同様、倉林が顔を近づけてきた。
(ひぃぃーーっっ)
声にならない叫びを心の中で盛大に叫んで、僕は慌てふためきながら腕をバタつかせた。が、そこで相手は耐えられないといった感じで吹き出したのだ。
「ぷっ、あはははは。おま、お前本当に面白いよな」
…失礼な…。
腹を抱えて笑い出した相手にむっつりと腹を立てていると、目尻に涙まで浮かべている相手は悪い悪いと軽く手を振った。
…なんか、噂と大分違う人だ。
「そうか?どんな噂か…まぁ大体予想つくけど、衛藤に覚えてて貰えてたとは光栄だな」
…!?
エスパーか、この人!?と両頬に手を宛てて青くなっていると、彼は違う違うと返した。
「さっきから思ってる事が口から出てんだよ」
気付いてなかったのか?と言われ、まさか自分がそんなオマヌケな事を無意識にしてしまっていたのかと思うと羞恥で泣けてくる。いや、寧ろ泣かせて。
えぐえぐと泣き始めた僕を見て、また彼が笑った気配がする。
「まあ、そういうとこも可愛いけど」
え?と思った瞬間、唇に感じた生暖かい感触に一瞬思考が停止した。
…えーと?
何か顔近いし生温かいし…あ、結構睫長いんだ、この人…こんな間近で顔見たの二回目だー……にかいめ……?
思考をぐるぐると巡らせながら呑気に観察してる場合じゃなかった。スルリと歯列を割ってきた舌(…だと思う)に我にかえると、即座に先程同様突き飛ばそうと手を張る…が。
(Σ力強……っ)
さっきは一歩後ずさる程度には威力を発揮した突き飛ばしも全く通用しない。
それどころか突っ撥ね損ねた手を彼の手で捕らえられ、もう片方の手で頭を固定されてしまい、より深く舌が入ってくる。
くちゅくちゅと今まで聞いたこともない恥ずかしい音が耳に届く。
「んん……っ////」
うわ……これ僕の声?ふわふわしてきてよくわかんないけど。なんか……きもちー…
「ん、…衛藤?…っおい!」
彼が叫んだのと同時にくらりと体が傾いた気がした。
僕の意識はそこで途切れたのだ。
…なんか頭の中がふわふわする…目の前も真っ白だし……なんでだろう?
「あぁ、それはお前が白いシーツに包まれてるからだな」
へぇ…そぅなんだ…どうりで真っ白だと…
もぞっと寝返りをうつと、今まで真っ白だった中に鮮やかな茶色がさした。
…はて。
この色は最近、それもごく間近で見た覚えがある。
何の色だっけ?
疑問に思いを馳せていると、ぐいっと背中ごと茶色に引き寄せられた。
…あったかい。
心地よい温度に自ら頬を寄せると、頭上から笑い声が聞こえた。
「随分積極的だな…」
可愛い、とこれまたごく最近聞いた言葉が耳に届く。それに続いて柔らかく髪をすく優しい感触。
その心地よさにうっとりと睡んで再度目を閉じると、快?と気遣う声がした。
そういえば…
「僕は…誰としゃべってるんだろう…?」
そう考えて、あれ?と根本的な疑問が浮かぶ。
そもそも何故会話が成立しているのか?僕は心の中で呟いただけなのに。
そしてこのあったかい物体はなんだ?さっきから微かに震えてる気がするのは気のせいだろうか…?
「……?」
オカシイ。
直感的に思ったが、自分で答を出す前に目の前の『あったかい物体』から声をかけられた。
「おはよう、快?今朝なんだが、昨日の放課後のこと覚えてるか?」
昨日の放課後…?
「…………。…ッッ////??!」
うぉぉぁぁぁぁ/////?!!そそそそぅだ…昨日…きのぅっっ/////
「くくくくく倉林春??!……さんでしたっけ…?」
我ながら…というか、おマヌケにもわかりきっている事を確認しつつ覚醒を余儀なくされた。
正直まだ眠いし、…何故か腰の辺りもズキズキ痛むし、起きたくはないのだが。
「そ。思い出したか?快」
そういって彼は妖艶に微笑んでみせた。思わず同性であるはずの自分がドキリとしてしまうような笑みを間近でみせられて顔が朱くなる。
「ぁ、あの……僕、は…あの後…」
どうなったんでしょう…?という感じのニュアンスで彼を上目使いに見上げれば、彼はさっきより笑みを深めてこう言った。
「あの後?酸欠で倒れたお前を俺の部屋へ招待して…早朝までセックス?」
Σ…ッッッ?!!!
「うぅうううそぉ…ッッ(泣)」
ていうか気絶して無抵抗な人間になんてことしてんの?!
涙目で叫んだ後、はたと自分の状態に気付いた。
…真っ裸だ。
それはもう、潔いまでの素っ裸。
…道理で温もりが直できたわけだ。シルク?のシーツもめちゃくちゃ気持ちよかったし。
がばりとシーツをめくったまま石のように固まった僕に、当の元凶倉林 春はにこやかに告げた。
「というわけだから。既成事実も出来たことだし、今日からお前は俺のモノ、いい?」
いいわけない。いいわけはないが…腰に残る鈍い痛みが現実を知らしめてくる。
衛藤 快、15歳…初夏。
どうやらこの夏、不本意にもお婿に行けない体にされてしまったらしい。
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