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『申し訳ないんだけど、テスト期間クラスの子と勉強することになったので終わるまで登下校できそうにないです。』

名前からのメールにはそう書かれていた。
あれから、さりげなくあの日の事を聞いてみているが名前に上手い事誤魔化されていた。
誤魔化している、と言うよりは言いたくないと言う感じではあるが、俺はそれでも聞き出したかった。
しつこいと言われたり、喧嘩になったとしても俺は聞かなくちゃいけない気さえしていた。
それで友達を辞めると言われたら大分困るが、名前の性格からしてそこまでのことは流石にしないだろう。
ほんの少しでも、名前の事を知りたかった。
今まで助けられてきた分、名前に恩返しがしたかった。

再度メールに目を落とし、ため息を吐く。
少しだけ嬉しく思った気持ちが一気に萎んでいた。
そのメールに分かった、としか返せず再び気持ちが沈んでいく。
どうしてこう上手い返しが思いつかないのか。
己の人付き合いのなさを恨んだ。



テスト期間はあっという間に終わり、夏休みに入ろうとしていた。
夏休み間近で浮かれている奴が多いが、俺は週末にお母さんのお見舞いに名前と供に足を運んでいた。
名前はあの日の事を聞かない限りはいつも通りで、普通は気まずくなるものではないのかと思ったがそれも名前のいい所なんだと新しい一面を見れたことに喜悦した。
名前は今日会った時から緊張しているようで、いつもより空気と表情が固かった。

「お母さん、連れてきた。」

「あら、いらっしゃい。」

見慣れた病室を開けると、優しい表情を浮かべたお母さんが迎えてくれた。

「初めまして…えっと、名前ちゃん、でいいのかしら?」

「え、あ!は、初めまして!苗字名前と言います!」

「ふふ、そんな緊張しないで、初めまして、焦凍の母の冷と言います。
ごめんなさいねぇここまで来てもらって。」

「い、いえ!気にしないでください!私もお会いしたかったです!」

いつもの名前からは考えられないくらい緊張しているのが伝わってくる。
それに思わず笑うが、名前は気づいていないみたいだった。

「焦凍、悪いけどそこの花瓶の水交換してきてくれる?」

「………分かった。」

お母さんが名前と話したいんだと、顔がそう語りかけてきたので大人しくそれに従う。
花瓶を持ち、指定された水道で水を入れ替える。
流石にすぐに終わってしまい、ここにいてもしょうがないと、病室の前で少し待機することにした。
どのタイミングで病室へ入ろうかと悩んでいると少し小さいが名前とお母さんが話す声が聞こえてきた。

「ち、違います!!
あれは私が勝手に巻き込まれただけで、焦凍君は何も悪くなくて…!
自業自得なんです!」

「それでもよ。
女の子に怪我をさせてしまったことは事実だもの。」

話の内容から、名前に怪我をさせてしまった時のことだと察した。

「でも、誰が悪いとかじゃないんだと思います。
ただその日はそういう日で、たまたま私の運が悪かっただけなんです。
それに、謝罪なら焦凍君に沢山してもらいました。」

「沢山…?」

部屋の中でどんどん進んでいく会話に、これはもしかしたら聞いてはいけない内容なのかもしれないと思い始めていた。
あの日の事は自分ではまだ納得出来ていないが、名前はどう思っているのだろうと考えた事は多々あった。
こんな形で聞いてもいいものだろうかと思うが、多分名前はきっと、

「はい、沢山謝りにきてくれてました。
私の家も知らないのに、寒い中で少しの可能性を信じて公園でずっと待っててくれました。
それだけでもう、十分なんです。」

「…そう、名前ちゃんありがとう。」

そう…名前は、こう言う人間だ。
こう言う人間だから、俺は友達になりたいと思ったし、親父に対して復讐をすると誓っていたあの頃も名前の傍にいたかった。
このさりげない優しさに、何度助けられたか名前は知らないんだろうな。

「……焦凍は、私に似てるかしら?」

そんな事を考えていると、部屋の中は話題が変わったようだった。
お母さんと俺が似ていると言う正直あまり触れて欲しくない話題だ。

「笑った顔とか、雰囲気とかそっくりだと思いますよ。」

「そう…、」

「あ、でも一番似ているのは目だと思います。」

「っ…!」

そう言った名前の一言に思わず俺も息を呑み込む。

「焦凍君、最近色々吹っ切れたようで、とても優しく笑うんです。
あんなに凍ったような目をしていたのに、今は氷を溶かした春の日差しみたいな目をするんですよ。
今の目が冷さんそっくりで…病室に入って一番最初にそう思いました。」

名前の声はとても穏やかで優しかった。
その声の音色で少しだけ泣きそうになってしまう。
嫌いだったこの目も、他人…名前から見たらちゃんと親子だったんだな。
春の日差し、か。
名前が言うんだから、きっとそうなんだろうな。

「っそう、なのね…貴女から見たら、ちゃんと、親子なのね…!」

途切れ途切れに混じる泣き声にお母さんも同じ事を考えていたようで、ああ親子なんだと改めて思う。
嫌いだと言われた、嫌いだと思っていたこの目も、少しだけ好きになれたような気がした。

「えっ!冷さん!?」

名前の慌てたような声が聞こえてくる。
今日は本当に色んな表情が見れるなとまた少しだけ笑いながら病室へと入室した。

「焦凍君!?
ご、ごめんなさいお母さんになんか変な事言っちゃったみたいで…!!」

「俺も聞いてたけど変じゃねぇから大丈夫だ。」

「ヘぁ!?聞いてた!?待って待って!?」

自分のせいだと謝る名前に、安心させるようにそう言ったが名前はどう言うわけか更に慌ててしまった。

「名前、落ち着け。」

その姿にまた口角をあげる。
なんかむず痒いような、嬉しいような、そんな感情が込み上げてきていた。

「いや無理でしょ!?」

止めとばかりに少し声を出した名前に、俺はついに声を出して笑ってしまった。






「名前ちゃんごめんなさい、いきなり泣き出して…慌てなくても大丈夫よ、貴女のせいじゃないわ。」

「そ、れならよかったです…。」

暫くすると、落ち着いたお母さんは名前にそう述べていた。
俺は花瓶を置いて、名前の隣に座る。
お母さんと名前のやり取りを嬉々としながら見ていると、不意に名前と目が合った。

「っ!」

ぱっ、と名前はすぐに視線を逸らしてしまう。
その反応にまた珍しいなと思いつつ、嬉しい気持ちとそわそわと落ち着かない気持ちが込み上げてきた。

「名前、ありがとう…ああいう風に思っていてくれたんだな。」

「うっ…」

「いつも名前に助けられている分、今度は俺が助けるから。」

「うぅ…」

名前は何故かずっと下を見ていて、呻き声をあげている。
このそわそわとした気持ちはよく分からないが、俺は先ほど聞いた名前の言葉にお礼を伝えた。
今までずっと名前の当たり前に助けられていた分、今度は俺がどういたしましてと言いたかった。

「ふふ…名前ちゃん、これからも焦凍をよろしくね。」

ほら、お母さんもこう言っているんだ。
だからこれから先も、名前にはずっと俺の傍にいて欲しい。