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「はぁーー…。」

あれから病院を後にした私と焦凍君は帰路についていた。
なんかどっと疲れが出ている。

「名前悪りぃ、疲れたか?」

「え、いや焦凍君のせいじゃないよ、私の精神の問題だから大丈夫。」

「そうか、」

病室で恥ずかしさに襲われながらも冷さんとお話をさせてもらっていたが、本当に優しい母親というイメージだった。
彼も母親と話をしているときはどことなく優しい空気を出していたので、関係性はとても良好だと感じた。

「そう言えばテスト中ほとんど合わなかったけど、合宿に行くんだって?」

「ああ、なんか夏休み中に林間合宿があるらしい。」

「さすがヒーロー科、やることが全然違うねぇ…。」

「名前は夏休みどうするんだ?」

「私?うーんいつもと変わらないよ。本読んで宿題やってって感じかな。」

そんないつも通りを話しながら電車に揺られ、最寄駅に着く。
季節は夏休みを前にしながらも中々暑く、これから夏本番が来ると思うとやるせ無い。
途中の道までは同じなので、そこまで一緒に歩く。
不意に切れた会話に、私はまた聞かれるなと頭の片隅で思った。

「名前、」

分かれ道、じゃあまたねと言おうとして腕を引っ張られていた。

「どうしたの?」

「…、」

聞かれることは分かっているがあえて知らないふりをする。
どうせ聞いたって同じような答えしか返さないのにどうして彼はここまで頑なに聞き出してくるのだろう。

「………俺は、名前がどんなに聞くに耐えないと思っていても受け入れる自信はある。」

やっぱりか…。

「…どうして、そこまで聞きたがるの?」

「…いつも言葉にしてくれる名前が、何も言わなかったから。」

「…、」

「だからあの日、何も言わなかった名前の言葉を全部聞きたい。
今度は俺が名前を助けたいんだ、だから聞かせてくれ。」

そうして真っ直ぐに私を見る焦凍君はいつも以上に真剣だった。

「そっか、焦凍君の気持ちはすごく嬉しい。」

病室で言った言葉もきっと本気だった。
彼は冗談であんな事を言う人じゃない。
素直に嬉しいと思う。
こんな友人を持てて幸せだと、心の底からそう思う。

「じゃあ、」

それでも、それでもだった。

「でもね、私と焦凍君とじゃ目指すものが違いすぎるの。
だからごめんね、私はもう二度と言わないって誓ったから。」

「っ何で…!」

悲しそうに歪められた目に、そんな顔をさせたかったんじゃないんだと、心の中で弁明を図る。
君がこれから背負うであろうものはきっと重くて辛くて苦しい。
そんな君に私如きの自己満足とも言える言葉を投げつけて何になるのか?

「焦凍君は、ヒーローになれるよ。」

「何言って…」

「君の想像しているヒーローにきっとなれるよ。
だからこそ私は焦凍君に口を出す権利はないんだよ。
ううん、出してはいけないの。」

「そんなことっ…」

ぎゅっ、と強く握られる腕に、そっと手を被せる。

「お願い、分かって。
私と君とじゃ目指すものが違いすぎる。」

「っ…、」

「…ごめんね。
でもありがとう、そんな風に思ってくれて。
…それじゃあ、またね。」

意外にもするりと解けた腕。
彼の右手で握られていた腕は熱く、この時私はもう少しだけ彼の手を握っていればよかったと、後悔することになる。