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「はぁーー…。」

病院からの帰り道の事だった。
名前が深い深いため息を吐いたので、俺は思った以上に疲れてしまったのかと心配していた。

「名前悪りぃ、疲れたか?」

「え、いや焦凍君のせいじゃないよ、私の精神の問題だから大丈夫。」

「そうか、」

そう言う名前に俺は何も言えなくなってしまう。
やはり友達の親と言うのはそこまで緊張するものなのだろうか?
あれから病室では、とてもいい時間を過ごせた気がする。
お母さんはいつもより声が弾んでいたし、俺もすげぇ楽しかった。
また誘ったら来てくれるだろうか?
きっと来てくれるんだろうなと、そう思えるくらい名前と仲良くなっている事を実感していた。

「そう言えばテスト中ほとんど合わなかったけど、合宿に行くんだって?」

途切れつつあった会話に、名前が思い出したかのように声を上げた。

「ああ、なんか夏休み中に林間合宿があるらしい。」

「さすがヒーロー科、やることが全然違うねぇ…。」

「名前は夏休みどうするんだ?」

「私?うーんいつもと変わらないよ。本読んで宿題やってって感じかな。」

こうしていつもの様にできる何気ない会話に、心の底からありがたいと感謝しつつ俺はやはり名前の押し込んでしまった言葉達を聞かなければと思っていた。
この当たり前にしているなんて事ない会話が、本当に大事で、絶対に無くしたくないから。
我慢しないで全部ぶちまけちまえばいい。
名前の言葉なら全部受け止められる覚悟はある。

なあ俺達、友達だろう?

「名前、」

分かれ道、俺は静かに名前の名前を呼びながら腕を掴んだ。

「どうしたの?」

「………俺は、名前がどんなに聞くに耐えないと思っていても受け入れる自信はある。」

「…どうして、そこまで聞きたがるの?」

またはぐらかされるかと思ったが、この日は何故か違った。
先ほどとは打って変わって真剣な顔をした名前が目に入る。

「…いつも言葉にしてくれる名前が、何も言わなかったから。」

「…、」

「だからあの日、何も言わなかった名前の言葉を全部聞きたい。
今度は俺が名前を助けたいんだ、だから聞かせてくれ。」

ちゃんと話を聞いてくれる名前に、俺は嬉しく思いながらもどうか届けと願いながら真剣に言葉を紡いだ。

「そっか、焦凍君の気持ちはすごく嬉しい。」

そう言いながら少しだけ苦笑いをした名前に僅かに期待をしてしまう。

「じゃあ、」

「でもね、私と焦凍君とじゃ目指すものが違いすぎるの。
だからごめんね、私はもう二度と言わないって誓ったから。」

「っ何で…!」

しかし名前は頑なだった。
どう頑張っても届かない想いに、心が折れかける。
二度と言わないとはどう言う事なのか。
そこまでして言いたくない、聞くに耐えない事とは一体何なのか。

「焦凍君は、ヒーローになれるよ。」

もうどうすればいいのか分からなくなりかけている時に、不意に名前は脈絡のない事を呟いた。

「何言って…」

「君の想像しているヒーローにきっとなれるよ。
だからこそ私は焦凍君に口を出す権利はないんだよ。
ううん、出してはいけないの。」

「そんなことっ…」

思わず握っている腕に力が入る。
目指すものが違くても、名前は名前で俺は俺だ。
同じ夢を追いかけてなくたって俺は名前を友達だと思うし、ずっとそう思ってる。
どうしてそこまでこの件に関しては線を引きたがるのか。
どうすれば、名前は分かってくれる?
どうすれば、名前は答えてくれる?

「お願い、分かって。
私と君とじゃ目指すものが違いすぎる。」

「っ…、」

腕を掴んでいる俺の手に、優しく名前の手が被せられる。
そんな、縋るような目で言われてしまったら。
何も、…何も言えない。

「…ごめんね。
でもありがとう、そんな風に思ってくれて。
…それじゃあ、またね。」

そう言って離れて行く名前の手を、ずっと掴んで離さなければよかったと後に死ぬ程後悔する事を、俺はまだ知らない。