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「名前、あの日のことなんだが…、」

「…何の事かな。」

テストまで2週間を切った。
皆そろそろ勉強に本腰を入れる頃で、かくいう私もそうだった。
しかし、どういうわけか焦凍君があの日のことを聞きたがってくる。
そこまで頻繁と言うわけでもないが、会話が途切れた時などに尋ねてくるのだ。
私はあの時しっかり線引きをしたつもりだったのだが、意外にも彼はどうしてもあの日押し込んだ言葉を聞きたいらしい。
どうしてそこまでして聞きたいのかは謎だが、私としては2度としないと誓ったので言うつもりは毛頭ない。
でも彼も意外と頑固と言うことは中学の時から知っているので、そろそろ理由くらいは尋ねてみてもいいかも知れない。

またテストが近づいたある日だった。
休み時間改めてテスト範囲を確認していると、意外な人から声をかけられた。

「苗字さん、」

「心操君?どうしたの?」

「いや、ちょっと頼みたい事があって…。」

席が近い心操君は、体育祭が終わった後からちょこちょこと声をかけられていた。

「なんかあったの?」

「あー…この教科のテスト勉強、一緒にやって欲しいんだ。」

「別に構わないけど、心操君そこまで成績悪くなかったよね?私もそんなに得意ってほどでもないし…」

「この教科だけ苦手なんだよ、それに苗字さんこそ、こないだの小テスト大分上位にいたよね?」

「いや…うんそうだけど…、」

うーん、1人より2人って感じかな?
三人寄れば文殊の知恵と言うし。

「だめか?」

「いや、いいよ。
1人より2人とかの方が楽な時もあるし。」

「…助かる。」

こうして心操君と勉強する事になった私は、効率がいいと思い他の教科もやる事にした。
テストまで残り少ない日にちしかないので、朝と放課後に勉強する。
そう決めたら必然的に焦凍君とは朝学校にいけなくなるし、帰れなくなるので、その事をメールで伝える。
久しぶりに私からのアクションだなと思いながらメッセージアプリに文字を打ち込んでいくと意外にも早く返信が来た。
分かった、とだけ来た返信に了承は得たと携帯を閉じる。

それからテストが終わるまで、焦凍君とはほとんど会わなかった。


テストの結果はまずまずで、こんなもんだろと思っていた通りの結果だった。
そしてその週の休日、私は以前から誘われていた焦凍君のお母さんのお見舞いにきていた。
彼とはあの日のことを聞いてくる以外いつも通りだったので、手土産の花を持って、いつも通り彼と駅で待ち合わせをして病院へと向かっていた。

「うっ…緊張してきた…。」

「…そんなにか?」

「いや…だって…友達の両親って緊張しない?」

「そう…なのか…?」

病室へと近づくにつれて心臓の音がうるさく鳴っているのが分かる。
焦凍君は相変わらずの天然ぶりをはっきしているので、全く頼りない。
もだもだとしているうちにどうやら病室へと着いたようだった。
彼は一息つく島も与えてくれずすぐさま扉を開けてしまう。
おかげで一瞬呼吸を止めた。

「お母さん、連れてきた。」

「あら、いらっしゃい。」

病室の中にいる彼の母親と思わしき人は、一目で彼の母親だと理解できた。
焦凍君の白い方の髪に、氷が溶けたような優しい眼差し。

「あ、」

「初めまして…えっと、名前ちゃん、でいいのかしら?」

「え、あ!は、初めまして!苗字名前と言います!」

「ふふ、そんな緊張しないで、初めまして、焦凍の母の冷と言います。
ごめんなさいねぇここまで来てもらって。」

「い、いえ!気にしないでください!私もお会いしたかったです!」

そう言って優しそうに笑う冷さんに、私はまたあ、と心の中で呟く。

「焦凍、悪いけどそこの花瓶の水交換してきてくれる?」

「………分かった。」

何とも言えない顔をして病室を出た焦凍君を横目に見ながら私は持っていた花を冷さんに渡す。

「これ、よかったら、」

「あら、すごい綺麗!わざわざありがとう。よかったらそこの椅子に座ってね。」

「あ、ありがとうございます。」

「…ふふ…やっぱり思った通りの子だわ、」

「え、」

突然の発言に驚きを隠せない。
そこまで言わせるということは、焦凍君は冷さんにどれだけ私の事を話していたんだろう…。
か、考えたくない…。

「あ、あの…、」

「ああ、ごめんなさいね。
焦凍がここに来るたびに貴女の事を話すもんだから、どんな子だろうって想像してたの。
そしたら想像してた通りの子だったから驚いちゃったわ。」

「うっ…どんな話か聞いてもイイデスカ…。」

片言になるくらい動揺してしまった…。
焦凍君変なこと話してないよね…?

「そうねぇ…いつも助けられてるって言ってたわ。」

「助ける…??」

「ええ、『名前は気づいてないしそれが名前にとっての当たり前何だろうけど、その当たり前にいつも助けてもらってる』って言ってたわ。」

「????」

「中学生の時の事も全部聞いたわ。
ごめんなさい、巻き込まれたとはいえ怪我をさせてしまって…」

まさかあれを全部そのまま喋ったのか焦凍君!?

「ち、違います!!
あれは私が勝手に巻き込まれただけで、焦凍君は何も悪くなくて…!
自業自得なんです!」

「それでもよ。
女の子に怪我をさせてしまったことは事実だもの。」

「でも、誰が悪いとかじゃないんだと思います。
ただその日はそういう日で、たまたま私の運が悪かっただけなんです。
それに、謝罪なら焦凍君に沢山してもらいました。」

「沢山…?」

「はい、沢山謝りにきてくれてました。
私の家も知らないのに、寒い中で少しの可能性を信じて公園でずっと待っててくれました。
それだけでもう、十分なんです。」

「…そう、名前ちゃんありがとう。」

優しく優しく微笑む冷さんに、私は親子何だなぁと嬉しく思った。

「やっぱり、親子なんですねぇ…。」

「え、」

心の中で思っていたことがどうやら口に出ていたみたいだ。

「あっ!ごめんなさい…!」

「……焦凍は、私に似てるかしら?」

慌てて口を閉じる様子を見ていた冷さんは何処か悲しそうな顔をしていた。
そして頭の片隅にいた焦凍君の家庭事情を思い出す。
他人が口を出していい事なのかと一瞬頭を過ったが、冷さんの目はしっかりと私を捉えていた。

「笑った顔とか、雰囲気とかそっくりだと思いますよ。」

「そう…、」

「あ、でも一番似ているのは目だと思います。」

「!」

あ、なんかすごい驚いた顔してる…
地雷だったかな…でも冷さんを見た時からずっと思っていた。

「焦凍君、最近色々吹っ切れたようで、とても優しく笑うんです。
あんなに凍ったような目をしていたのに、今は氷を溶かした春の日差しみたいな目をするんですよ。
今の目が冷さんそっくりで…病室に入って一番最初にそう思いました。」

「っそう、なのね…貴女から見たら、ちゃんと、親子なのね…!」

「えっ!冷さん!?」

地雷だと思った地雷はやはり地雷だった。
まさか泣き出してしまうとは思いもせず私もテンパっているせいで語彙が全て飛んでいる。
そしてそこに更にテンパらせるかのように焦凍君が病室へと入ってきた。

「焦凍君!?
ご、ごめんなさいお母さんになんか変な事言っちゃったみたいで…!!」

「俺も聞いてたけど変じゃねぇから大丈夫だ。」

「ヘぁ!?聞いてた!?待って待って!?」

「名前、落ち着け。」

「いや無理でしょ!?」

地雷を地雷したと思ったらさらっとその上に爆弾落としてきた彼をもうどうしてやろう。
天然もここまでくるとちょっとだけ腹が立つなぁ…。
焦凍君は花瓶を机の上に置くと、私の隣に椅子を引いて座った。






「名前ちゃんごめんなさい、いきなり泣き出して…慌てなくても大丈夫よ、貴女のせいじゃないわ。」

「そ、れならよかったです…。」

暫くして少しだけ落ち着いた様子の冷さんは目元を赤くしながらそう言ってくれた。
その姿にほっとするが、問題なのは今までの会話を全部焦凍君に聞かれていたということだ。
由々しき事態である。
ちら、と焦凍君の方を見ると彼も私を見ていたようでばっちりと視線があってしまった。

「っ!」

何だこれ!!
すごい恥ずかしい!!
慌てて視線を外すが、そこに更に追い討ちをかけるかのように冷さんがくすくす笑うので、私の何かは確実に0になってしまった。

「名前、ありがとう。」

居た堪れないと心の中で問答していると、隣でお礼が聞こえた。

「ああいう風に思っていてくれたんだな。」

「うっ…」

「いつも名前に助けられている分、今度は俺が助けるから。」

「うぅ…」

やめてくれ…切実に辞めて欲しい。
そういうのは母親の前でいうセリフではない気がするんだよね。

「ふふ…名前ちゃん、これからも焦凍をよろしくね。」

冷さんそれ追い討ちっていうんですよ…。