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もう、この場から消えたかった  



振り向くと、船長が愛刀である鬼哭を机に振り下ろした所だった

「ごちゃごちゃごちゃごちゃうるせえ…今度その口開いて見ろ、バラして海に捨てる」

そう言った船長は何事もなかったかのように机に座り、食事を再開した
その近くに、ユリちゃんの姿も見える
すっかり静かになった食堂で、再び口を開く者は誰も居なかった


私はなんで死んだんだっけ…?
おかしいな、そんなことも忘れてしまった

甲板の隅で、体育座りをしながら丸くなる
外はもう既に真っ暗で深い闇が辺りを包む
食堂で聞いた噂にさすがの私も最初は心が痛くなったが、クル―達の本音を聞いてますます心がぎりぎりと、違う意味で締め付けるように痛んだ
シャチは相変わらずで、ふざけているようで人一倍相手を心配するから私が死んでからずっと自分を責めている
ペンギンもペンギンで、私がもういないと自分自身にずっと言い聞かせている
この船のお母さんだもの、クル―達の心配はペンギンが一番しているだろう

船長、
…船長は、どう思ってるのかな
自分勝手なクル―がいなくなって良かったと思ってるかな
それとも邪魔者が消えたと喜んでいるかな

「船長、」

ぽつりと呟いた瞬間、甲板への出入り口の扉が静かに開いた

「…?」

こんな遅い時間に誰だ、と驚いた私は顔を上げる

「っ…!」

その人を目に入れた途端、一瞬息が詰まった
うるさく鳴り始める心臓を抑えながらその人の行動を見守る
その人は私が居る所と反対側の隅に腰を下ろすと、愛刀である鬼哭を肩に立てかけ片膝を立てながら座り込んだ

「ナマエ、居るのか…?」

「せ、んちょう…」

真っ黒い髪に、手の甲に刻印されている刺青、見慣れた黄色いパーカー、
嘘だ、と思った船長がこんな所に来るはずがないと、なんで?と疑問ばかりが湧き上がる

「おい、居るのかよ」

「………い、ますよ…船長」

「…居るなら、返事くらいしろ…っ!」

「っ居ますって…!」

噛み合わない会話、合わない視線、もう届かない、声

「甲板に居るんだろ…!居るなら化けてでも出てこい…っ!!」

「っ…ここに居ますよ!」

ぐしゃり、と前髪を掴みながら震える声で叫ぶ船長に、私は涙が止まらなかった

「くそっ、なんで…っ!」

悔しそうに、吐き捨てるように言い捨てる

「俺はっ、船を降りることを許可した覚えはねェぞ!」

「っ!!」

ああ、ああ、
私は間違っていたんだ
何故死のうと思ったのか…そう、逃げたんだ
実らせてしまった想いから逃げて全部ユリちゃんに託したんだ
ただの自己満足
そう、私は自分の為に死んだ
なんて愚かなんだろう
なんて浅はかなんだろう

「何で…っ!」

涙は止まるどころか次から次へと溢れ出て来る

「ナマエ、頼むから、少しでいいから俺の前に出てきてくれ…」

船長の声は震えていて、か細かった
そしてとても切実で、私はどうしようもなく今までで一番胸が痛みだした

「船長、私はここに居ます!!」

声の限り叫んでみても届かない声は空気になるだけだった
こんな姿の船長を残してどうして死ぬことができたんだろう?
自分を呪った

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