サンヨウシティ (7/17)



わたしはトウコのミジュマルをジョーイさんに回復してもらってる間、訳わかんない! と憤慨していたトウコをベルと一緒にどうどうと抑えていた。

「分かる、分かるよ」
「旅を初めて早々だもんねえ。そういうお話、やだよね」

プラズマ団の演説が終わる頃にショッピングを終えたベルは、外の不穏な空気を感じ取って、ポケセンを出づらくなってしまって困っていたらしい。そのあと、トウコとNさんとのバトルが始まって心配していたそうだ。
かくして、わたしたちは再びカラクサのポケモンセンターで時間と空間を共有している。

「もー、せっかくトレーナーデビューしたばっかりなのにっ。変なのに目ぇつけられるの、ほんとヤダ……」

俯いて頭を抱えるトウコの背中を軽く叩く。椅子に座ってそうするから、悲壮感が一層強く感じられる。
わたしもできる限りサポートするから……と声をかけるけど、それもなんだか空回りしてるような気がする。
そんな空気を壊すように、ポケモンの回復を知らせるチャイムがフロアに響き渡った。名前を呼ばれたトウコがミジュマルを迎えに行く。

「ポケモンの解放だなんて、あたし考えたことなかったなあ……」
「わたしもだよ。それにそういう話、今まで聞いたり見たことないし……だからそう考えてる人は多くないって思いたいな……」
「コハクみたいに長く旅しててもそうなの?」
「うん。自分で言うのもなんだけど、わたし、根っからのポケモン好きだよ? 今までも旅の間にいろんな人に会ったけど、それでもそういうことは全然考えなかったな」
「そっか……コハクにそう言ってもらえると、なんだか心強いな」

ベルはほっとしたように見せた。そりゃ、旅に出たばかりで右も左も分からない状態で、突然ポケモンの解放の話を聞いたら戸惑うだろう。

トウコが戻ってきたから、気を取り直して再出発することになった。今からカラクサを出ても、昼過ぎには次の街に着くはずだ。
……昨夜の姉の言葉を思い出す。先輩トレーナーとして、友だちとしてトウコたちと協力するように、と。4人での旅立ちが分かったその瞬間からそのつもりではいたけど、いざやろうとしてみるとやっぱり難しい。……それでも、不恰好でも頑張りたい。そう思った。

 * *

ところ変わって2番道路。
ここからは1人で進みたいというトウコを見送って、今はベルと一緒に次の街へ向かうことになった。目指すはサンヨウシティだ。
道中何度かトレーナーにバトルを誘われたから、それを引き受けながらの進行だった。ふと思い出したことがあって、それをベルに話す。

「サンヨウといえば、昔すごく印象的なトレーナーに会ったんだよ。三つ子で、みんな見た目も性格も全然違うの。おっとりと冷静と熱血、っていう感じで」
「へえ! 三つ子でもそんなに違うんだ……って、あれ?」

相槌を打ってすぐに、はたと何かに気付いたように小首を傾げるベル。どうしたの、と問いかけると、彼女はわたしにとって衝撃的な情報を話した。

「2年くらい前にジムリーダーになったのも、そういう風な三つ子の男の子だったよ。ニュースで見たの」
「えーっ!? そうなの?」
「う、うん。きっと同じ人たちだよね?」

全然知らなかった。三つ子というのも珍しいのに、1つの街に三つ子が2組いるとも考えづらいし……。だから、多分わたしの知っている三つ子なんだろう。

「お父さんがレストランやってたと思うけど、そっちはどうなってるのかな」
「うんと……確か、3人が引き継いだって聞いた気がするよ。詳しいことはあたしも知らないけど」
「そっかあ」

頷くと、ちょっとソワソワし始めるベル。気付けばサンヨウがすぐ目の前に迫っていて、自然と気持ちが沸き立った。昔見た風景を、保護者のいない、子どものわたしたちだけで眺めるというのが、とても新鮮な気分だった。

「あのね、コハク」
「ん?」
「サンヨウに入る前に、1対1のバトルしない? ……あ、あたし、不安なこともあるけど、でもワクワクも止まらないの! だから……」

最後まで言葉にならないまま、伺うようにボールを手に取ったベルに、わたしは大きく頷く。

「わたしもやりたい!」
「やった! よろしくね!!」

ベルは顔を綻ばす。ボールを放ったのはほぼ同時だった。ベルが繰り出したのはポカブで、わたしはミジュマル。

「相性、ひっくり返しちゃおう! ポカちゃん、ニトロチャージ!」
「受け止めるよ! ミジュマルっ、シェルブレード!」

炎と水の衝突に、水蒸気が発生する。その蒸気の向こうに見えた不安と期待の入り混じった表情が、とても印象的だった。

 * *

「お疲れさま、ポカちゃん。惜しかったね」
「ミジュマルもお疲れさま! 健闘だったよ」

それぞれポケモンを抱き上げて頭をなでる。勝利に嬉しそうにミジュマルも、負けて悔しそうにするポカブも大健闘だった。
ベルもバトルの空気を楽しんでる感じが伝わってきたから、少し安心した。不安ばかりは抱えてほしくない。けれど安易に大丈夫とか頑張れとも言えないし、それはそっと心の内に秘めておくことにした。


サンヨウシティに到着してすぐポケモンの回復と昼食を摂ったあとは、ベルと別れてわたしも1人行動することにした。

まずはジムの場所の確認を……。昔、両親がレストランに連れて行ってくれた時以来だから、道順を覚えていなかった。タウンマップで確認しながらそこへ向かうと、記憶の中にある外観とあまり変わらない建物があった。
一見はただのレストラン。でも窓ガラスから中を覗き込むと、奥の方にバトルフィールドが見えた。

中ではちょうどバトルの真っ只中だ。光の反射でよく見えないけど、トウコが戦わせているみたいだ。バオップだろうか。……相手は見覚えのある緑髪の男の子。ヤナップで応戦しているけど、押されているみたいだった。
街についてすぐにジムへ挑んだトウコが彼女らしくて笑みがもれる。それにわたしたちより一足早くトレーナーになった人たちが、こうしてジムリーダーになってることになんだか感慨深い気持ちになる。

「チェレンやベルもジムバトルするだろうし、わたしたちは明日かもね。キミたちもバトル続きで疲れてるでしょ」

ボールの中のミジュマルとヨーテリーに向かって声をかけると、ボールがかたりと一度揺れる。それからは反応がないから、たぶん納得の意味での相槌だろう。

「……さて。というわけで、あそこ行こう」

サンヨウシティを出てすぐ、3番道路にあるお店。そこは幼稚園の右手に構える育て屋さん。
わたしに影響を与えた姉はジョウトに引っ越す前、ここで働いていた。両親は仕事で忙しかったし、姉は駆け出しのブリーダーで勉強中だった。わたしは昔からポケモン好きで、だからよく姉にくっついてこの育て屋さんにお邪魔していたのだ。

こんにちは、という挨拶と一緒に扉を開けると、それに合わせて括り付けられていた鈴が鳴る。
来客に気が付いて、カウンターにいたおばあちゃんが顔をあげた。

「こんにちは、おばあちゃん。ご無沙汰してました」
「あれま、懐かしい顔だ。コハクちゃんじゃない? 元気にしてたかね。ずいぶん大きくなって」

しみじみとこぼすおばあちゃんに頷く。

「うん、元気だったよ。おばあちゃんも元気みたいで良かった」
「ポケモンと幼稚園のみんなに元気いっぱい貰ってるよ」

血の繋がりはないけど、育て屋の老夫婦をわたしは親しみを込めて「おばあちゃん」「おじいちゃん」と呼んでいた。お世話になったし、可愛がってもらったから。

「あれ、おじいちゃんは?」

以前だったら、すぐおばあちゃんがおじいちゃんを呼びに行っていたのに、今日はその気配がない。それで不安になって、そう聞いた。

「そうそう、じいさんは今ライモンまでお出かけ中なの! 何日か戻らないんじゃないかねえ」
「……えっ、1人で!? 2人ともそれで大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。わたしはお隣さんとポケモンがいるし、じいさんにもワルビアルたちがついて行ったから」
「う、うーん、おばあちゃんがそう言うなら平気なんだろうけど……」

予想外の答えに驚きつつも、元気なことを知って安心する。やっぱり不安は残るけれど、まあ、普段育て屋の仕事で足腰も鍛えられてるし……? おばあちゃんが大丈夫と言うんだから、大丈夫なんだろう。

「コハクちゃんこそ1人? どうして顔を出してくれたんだね?」
「あ、そうだ。わたし、イッシュを旅するために1人で戻ってきたの。だからご挨拶と思って。家族からもよろしく、って」
「そりゃ嬉しいねえ。わしからも伝えておいておくれ。それにあんた、いいタイミングで来てくれたよ」
「どうして?」

首を傾げると、おばあちゃんは「ちょっと待っててね……」と奥の部屋に向かう。少しして、タマゴの入ったケースを抱えて戻ってきた。タマゴの色合いは3分の2くらいがダークグレーで、てっぺんのあたりが暗めの赤色。2色の境目にはギザギザ模様。

「あ……これ、ゾロアのタマゴ? 珍しいね」

ポケモンのタマゴは種族ごとに模様が違う。だからどんなポケモンが生まれてくるかは判断しやすい。

「そう。最近野生のゾロアークが置いていって、それきり」
「へえ、そんなことが……」
「コハクちゃんが引き取ってくれると嬉しいんだけどねえ」

育て屋である以上、敷地内でタマゴが見つかることも珍しくない。それが野生のポケモンによるものであれ、トレーナーのいるポケモンの子であれ、育て屋で一旦預かる決まりがある。けれど、トレーナー全員が必ずしも引き取れるわけじゃない。だからこうして誰かが引き取れないか探すのだ。
そういった事情もタマゴから育てる楽しみもわたしは知っているから、断る理由がなかった。

「もちろん引き取るよ。ありがとう、大事に育てるね!」

 **

「ポケモンのタマゴ、孵すの久しぶりだなあ……」

育て屋をあとにして、階段を降りながらケース越しにタマゴを眺める。
ミジュマルやヨーテリーの名前を考えているところに、また手持ちが加わるとは。2匹の候補は大体決まったけど、ゾロアの名前は孵ってから決めたいな。

早く生まれてこいよー! と、こぼした――その時。

何か悲鳴のような叫び声が聞こえた気がして、思わず立ち止まった。耳をすます。次いで聞こえてきたのは大きな泣き声と怒号……サンヨウのほうからだ。
何事だろうと走り出したけど、曲がり角から現れた2つの人影に今度は反射的に身をすくめた。視界に入ったのは、見覚えのあるグレーの服。

――プラズマ団だ! ゲーチスといた奴ら。思わずボールホルダーに手を伸ばす。

「あ、こいつポケモンのタマゴ持ってる!」
「なんていいタイミング!」
「え……!?」

彼らの言葉を飲み込めずにいる間に、「いただきっ!」という言葉が聞こえて……ふ、っと、腕の中の重みが、消えた。片手で胸に抱くように抱えていた物の感覚が残っている。なのに、ケースが……ない。

タマゴがケースごと奪われたのだと理解するまでに、数秒。
……タマゴが、盗まれた?

「は、――嘘でしょ……!?」

すかさず身を翻る。やることは決まってる。
……走り出しながら、信じられない、と心の中で悪態を吐く。プラズマ団の行為もそうだけど、なにより自分の間抜け具合が。大事にすると言ったそばから危険な目に合わせるなんて! 何がなんでも取り返さないと!


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