邂逅 (6/17)



翌日、目が覚めてあらかた準備を整えてからトウコたちと一緒に食堂に向かった。
朝ご飯を受け取って、さてどこに座ろうかとテーブルを見回すと、ちょっと離れた位置に幼馴染の姿を見つけた。ちょうど席に着こうとしているところだった。
そちらに向かって行くとチェレンもこちらに気付いたので、おはよう、と言葉を交わす。4人そろって席に着いて食事を摂ることになった。

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「そういえば、みんなは図鑑以外に旅の目標ってある?」

食事が終わって、ライブキャスターの電話番号を交換してもらってから、わたしはそう切り出す。
まず口を開いたのはチェレン。眼鏡越しに、真剣な眼差しをこちらに向ける。

「ぼくはリーグに挑戦するつもりさ。そしてチャンピオンを目指すんだ」
「あたしもジム回りたいな。最終的には打倒チャンピオン!」

続いて答えたのはトウコだ。意気込みを示すように握りこぶしを作る。一方でベルは答えに窮したように見えた。

「え、えーと……あたしもジムは回るつもりだよ! その先はまだ分からないけど……」
「なら、わたしたちジムに挑戦するのは同じなんだね。友だちがライバルなんて素敵!」

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朝食後、荷物とボールを持って外に出ると、広場でチェレンの後ろ姿を見つける。こちらの気配に気付いて振り返ったけれど、その顔には戸惑いが見えた。どうしたんだろう。
わたしたちが話しかけるより先に、彼が「こっちにきなよ」と手招きをする。

「あれ、ベルは?」
「まだポケセンの中だよ。買い物だって」
「そう、じゃあしばらくかかるね」
「……何か始まるの?」

トウコが前方を見やって、眉をひそめる。チェレンはさあ、と首を傾げた。
広場にはたくさんの人が集まっていた。けれど明るい雰囲気はない。催し物ではないことは確かだ。静かなどよめきが満ちていて、なんとなく不安に駆られる。

「前の方、行けそうだから行ってみようか」

言って人だかりに紛れ込んだチェレンに続いて、トウコと一緒に最前列へ出た。視線を向けた先にはなんだか怪しげな集団がいた。
グレーを基調とした服装を着た男女数人が横一列に整列しており、その中央には褪せた緑の髪の男いた。かなり背が長く、奇抜なローブに身を包み派手なモノクルを右目につけている。
彼は大衆の端から端までゆっくりと見回したあと、おもむろに口を開いた。

「皆様お集まり下さり、ありがとうございます。ワタクシの名前はゲーチス、プラズマ団のゲーチスです」

「プラズマ団……?」と、彼が名乗った団体名に思わず眉をひそめる。嫌な予感が胸をかすめた。トウコとチェレンも、不審そうに囁きあった。

「今日皆さんにお話しするのはポケモンの解放について、です」

ゲーチスの言葉に、広場にどよめきが走った。
――解放。わたしも口の中で繰り返す。
ゲーチスは語った。いかに人はポケモンに傷つけているか、いかにポケモンは愚かな人間のエゴに縛られているか……と。
威厳ある声で、けれどその底には威圧感や恫喝を感じさせる話し方で、彼は「ポケモンの解放」を謳った。
……わたしは喉まで出かかった「それは違う」という言葉を呑み込む。そういうことを言える空気ではない。

「……というところで、ワタクシ、ゲーチスの話を終わらせていただきます。ご静聴、感謝いたします」

下っ端を引き連れて、ゲーチスは立ち去った。街に嫌な空気を残して。

「今の話。どう思う?」
プラズマ団とゲーチスを見送ってから、チェレンが渋い顔で口を開いた。
彼の質問に、トウコは首をひねる。

「うーん……あたしには、いまいちピンとこないな。生まれた時からずっとポケモンはそばにいたし、 バトルはポケモンの性質を利用したものでしょ。ボールも快適に過ごせるようにしてるっていうし」

それに、と彼女は続ける。「ポケモンが嫌がってたら分かるもんじゃない?」

「ぼくもそう感じたよ。エゴとは違うと思った。コハクは?」
「わたしも2人に賛成。一括りにできないよ。わたし、人と嫌々一緒にいるポケモンも、人といたいポケモンも両方見てきたから」

それにプラズマ団自体がなんだか胡散臭いし、ゲーチスのさっきの演説も洗脳みたいで信用できない。いろんな解決策を提示せず、可哀想なので解放しましょうというのは極端なんじゃないのか。

そう続ければ、チェレンもトウコも、やっぱり変だよね、と言った……その時、ふいに声をかけられた。

「キミのポケモン。今話していたよね……」

低く静かな、早口だけれど聞き取りやすい声だ。
視線を向けた先には、背の高い、顔立ちの整った青年がいた。年は17か、18か。ツートンカラーの帽子をかぶった長い緑色の髪のひとだった。変哲もないありふれた見た目の男性。けれど暗く悲しい瞳をしていた。
――そして。

「ポケモンが話した……?」

わたしの言葉に続けて、「おかしなことを言うね」と渋面をつくるチェレン。

「そうか、キミたちにも聞こえないのか……かわいそうに。ボクの名前はN」
「……ぼくはチェレン。こちらはトウコで、」
「わたしはコハク……」
「あたしたちは、頼まれてポケモン図鑑を完成させるための旅にでたばかりよ」

そう話すと、Nさんはあからさまに嫌悪の表情を浮かべて、地面を見下ろし吐き捨てるように言った。そのために幾多のポケモンをモンスターボールに閉じ込めるんだ、と。

「ボクもトレーナーだがいつも疑問でしかたない、ポケモンはそれでシアワセなのか、って」
「……ポケモンの言葉が分かるのに、ですか?」
「ボクがポケモンといるのは、ある真実と目的があるからだ。そして、いつもポケモンから投げかけられるのは戸惑いや拒絶の言葉……」
「それは……プラズマ団の意見に賛成っていうこと?」

わたしの言葉に、Nさんは文字通り目を細めて見定めるかのようにわたしを見つめる。

「まあ、そういうことになるかな。……なるほどね、キミたちとボクらは意見が合わないということか」

Nさんは一度言葉を区切ってから、チェレンを見て、それからトウコを見た。もう一度わたしを一瞥すると、トウコへ向き直る。彼の瞳の奥で、何かが光っているような気がした。


「……そうだね、トウコ、だったか。キミのポケモンの声をもっと聴かせてもらおう!」
「……あ、あたしっ? なんで!」

思わぬ言葉にトウコは素っ頓狂な声をあげた。わたしとチェレンも目を丸くする。
何も答えずにNさんがモンスターボールを手に取ったのを見て、戸惑いを見せながらもトウコもホルダーに手をかける。

Nさんはチョロネコ、トウコはミジュマルを繰り出す。双方のポケモンは、迷いなく相手を見据えて戦闘態勢に入った。

「……ミジュマル。お願いね」

トウコが不安そうに声をかける。それに彼女のミジュマルは主を振り返って、任せろ、とばかりに真っ直ぐに返す。それにトウコは励まされたかのように明るい表情を見せて、1つ頷いた。

「頼むよ、ミジュマル! Nさん、よく分からないけど、あたしが勝ちますからね!」
「悪いけど、ボクにも負けられない理由がある。声を聞くだけじゃなく……。――チョロネコ、たいあたり!」
「ミジュマル、みずでっぽうっ」

ミジュマルへ一直線に突っ込んで行ったチョロネコに「みずでっぽう」が直撃する。攻撃を受け止めきれず、チョロネコは体勢を崩し地面を転がっていった。けれど、ミジュマルの攻撃にチョロネコは立ち上がり勇ましく吠えるように鳴いた。
それを見てNさんは「その調子だ、がんばってくれ」と声をかける。

「かみつく!」

なお威勢良く飛びかかるチョロネコに、少しひるんだミジュマルは噛みつかれ顔を歪める。振り払おうとミジュマルは体を捻るが、それで余計にダメージを食らってしまったみたいだ。ミジュマルがよろめく。

「ミジュマル……っ! も1回みずでっぽう!」

やや悲鳴に近い声でミジュマルを呼んだもののすぐに指示を与えたトウコ。応えるようにミジュマルはチョロネコの牙を振り払い、その体に攻撃を与えた。
それから間合いを取ったチョロネコ。Nさんが指示した「ひっかく」より早く、ミジュマルの「たいあたり」がヒットする。それにチョロネコは呻いて、地面に倒れ込んだ。

試合の結果に、トウコは大きく息を吐いた。力が抜けたように座り込んで、「お疲れ様、よく頑張ったね」とミジュマルに声をかける。
わたしはなんとなしにNさんへ視線を向ける。彼はチョロネコを抱きしめ、トウコのミジュマルを見つめながら目を丸くしていた。
バトルの勝敗に衝撃を受けている、とは違うらしい。訝しんでいると、Nさんが呆然と呟く。

「そんなことを言うポケモンがいるのか……!?」
「え……?」

予想外の言葉に、トウコもチェレンも訝しげにNさんを見上げた。
Nさんは何か否定するように首を振って、早口に何かを呟いて身をひるがえしてしまった。

「――あ、ちょっと待って! あなたは、」

慌てて止めようとするけど、Nさんは何かから逃げ出すようにその場を立ち去ってしまった。

「……おかしなヤツ。だけど気にしないでいいよ、トレーナーとポケモンはお互い助け合ってる! そうだろ?」
「うん……」

腑に落ちない感覚を覚えながらも、チェレンの言葉にわたしたちは頷く。
ぼくは先に行く、トウコはミジュマルの回復を忘れないように。そう告げたチェレンに手を振って、わたしはミジュマルを抱きかかえるトウコと肩を並べてポケセンに戻るのだった。


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