どんな最後でもきっと (16/17)



ゾロアの健康診断は1時間もかからずに済んだ。シグレとアオイを一度戻してゾロアを迎えに行く。
ジョーイさんとともに戻ってきたゾロアの顔はなぜか輝いていて、あれっ、と思う。……健康診断、ビックリしなかったのかな?
わたしが感じたことが表情に出てたみたいだ。ジョーイさんは「あちこち興味深そうに見てましたよ。好奇心が旺盛なようですね」とニコニコと話してくれた。あれこれ医療器具を当ててもらっただろうに、それで怖がってないというのはある意味肝が据わってるというか、大胆というか……?

「この子に問題ありませんでしたよ。健康体ですね」
「よかった! ありがとうございました」

診察料を払って、差し出された診察書を受け取る。すべて平均値。健康な女の子。
我ながら緩い笑みがもれたと思う。肩に乗ったゾロアが不思議そうにわたしの顔を覗き込んだ。

「ううん、キミが健康で良かったなと思って」

生まれつきなにか不利になるものを抱えていたら、きっと旅の間この子に負担をかけてしまう。緊急事態時にポケモンセンターに飛び込めるとも限らない。だからといって置き去りにするのも気の毒だろう。
物のついでになるけどジョーイさんに今日の分の宿泊の依頼もした。それで一度ジョーイさんに別れを告げて外に出る。

「ゾロア、ちょっと歩こうか」

博物館に行く予定だったけど、その前にゾロアのために少し歩き回ったほうがいいだろう。
そう思って肩から下ろすと、ゾロアは地面の感触を確かめていた。足踏みしててかわいい。

「あ、でもその前に、キミに話があるんだけど」

一旦道の端に寄って声をかけるとゾロアは首を傾げる。わたしはしゃがみ込んで、赤と白2色の球体を見せた。

「これはモンスターボールっていって、あなたたちポケモンが入るための道具。この中に入ればわたしの仲間ということになって、わたしがあなたを逃したり、ボールを壊さない限り一緒にいることになる……ミジュマルのアオイやヨーテリーのシグレもそう」

説明して、アオイとシグレをボールから出す。ゾロアは魔法でも見たかのように目を輝かせた。2匹の紹介を簡潔にしてボールを見せてやると、ゾロアは興味深そうにする。そしてアオイやシグレの匂いを嗅いでご挨拶。

「アオイもシグレもわたしでいいって言ってくれたんだよね」

そう言って抱き寄せると2匹とも頭をすり寄せてくれたのでわたしもなでてお返し。
するとゾロアが一歩、わたしに歩み寄る。

「さっきわたしはあなたに一緒に旅をするって話したけど、あなたはどうしたいかと思って。おばあちゃんもきっと分かってくれる……ゾロア、わたしは旅をしてるから、ここからずっと遠くまで行くよ。勝負するからあなたに怪我をさせるし、わたしの価値観があなたを嫌な気持ちや悲しい思いにさせるかも。でも、その分着いてきて良かったって思ってもらえるようにするつもり。それでも良ければ――」

言い終わらないうちに、ゾロアは「話が長い!」とばかりにわたしが膝に置いた空のボールを叩いた。その迷いのない動作に、少し驚いた。
人間と同じように息をするポケモンだけど、結局のところ人もポケモンも別の生き物だ。同じ人間でも分かり合えないことが多いのに、本質的に違うはずの存在がこちらの意志を汲んでくれる嬉しさったら……!
こぼれたのは涙だ。思わずボールを額に当てる。ありがとう、ゾロア。そう言うとボールが震えた。そしてボールからゾロアを出して抱きしめる。

「どうぞよろしくね、ゾロア!」 
アオイもシグレも、ゾロアと改めて挨拶をする。
それから、これから一緒にいるのだからとゾロアにニックネームを付けようと話す。アオイたちにしたような説明をゾロアにすると彼女も了承してくれた。
それじゃあ……、と少し考える。野生のゾロアークが置いていったタマゴ。どんな理由があったのかは知らないけど、育て屋に託してくれた。そして育て屋であるおばあちゃんから、トレーナーでブリーダーであるわたしの元へ。

「……ミコト。ミコトはどう?」

思い付いた名前に、ゾロアは明るい表情で短く鳴き尻尾を振って応えた。OKだって!
「ありがとう、これからあなたはゾロアのミコト!」と言うと、ミコトも応えるように鳴いた。

「うふふ、それじゃあ予定通りちょっと歩こうね。そしたら博物館か特訓のどっちか!」

立ち上がって、アオイとシグレをボールに戻す。ミコトは足元に駆け寄ってきて準備万端だ。

……ええと、ヤグルマの森にはプラズマ団がいるんだよね。
Nさんの言葉が本当なら迂闊に近寄らないほうがいいだろう。わざわざわたしから首を突っ込むのも無謀だし、それに幼馴染みを巻き込むわけにもいかない。かといって、アロエさんに報告するにしても、初対面かつ無名のトレーナーであるわたしを取り合ってくれるだろうか? 3番道路でのことだって多分知ってるはずだけど、どこまでか……ああ、でもそもそも今はトウコがいるはずだ。きっとなにか伝えてくれるか。

そう思って、一瞬博物館のほうへ体が向いたけど方向転換。一応、ヤグルマの森に彼らがいるのか確認してみよう。細心の注意を払って。
あの森は昼間でも薄暗いところだけど、逆に言えば彼らにも気付かれにくいということ。遠目に確認すれば、多分大丈夫のはずだ。

**

「……わあ」

プラズマ団がいるというのは本当だった。遠目にも分かった。
Nさん、疑ってごめんなさい、と心の中で謝る。Nさんがここにいたら、忠告したろう、そう言葉にしてしかめ面になりそうだ。

まばらにいる人たちがプラズマ団に立ち退くよう怒っていたけど、当のプラズマ団は聞こえぬふり。なかには彼らがいなくなるまで待っている様子の人もいた。

「あの、あの人たち……」

近くにいた男性にこそっと声をかけると、気付いた男性は「ああ、」と答えくれた。

「昼ちょっと前から居座ってるんだよ。ポケモンを渡せば通してやるとか言って……」
「ええっ!? 今度はそんなことしてるんですか!」
「今のところ通った人いないみたいだけどな。急ぎのやつは『そらをとぶ』を覚えたポケモンで行ったらしい」
「困ったなあ、ジム巡りしてるのに……」
「サンヨウ方面から来たのか? タイミング悪いな」
「はは……シッポウジムがまだなんで、ちょっと様子見てみます」
「そうしたほうがいいな。……なあ、ところで君、3番通りでトラブルに巻き込まれなかった?」
「え……?」

突然かけられた言葉に心臓が跳ね上がる。
「SNSで話題になってた」。姉の言葉はこういうことだ。分かってたけど、いざ言われると動揺する。

「いや、あのな。一昨日盗難未遂があったらしいんだよ。ネットに載ってた写真はボケてたけど、映ってた子どもと君の背格好が似てる気がしたから」
「わ、わたしにはなんのことだか……」

声が上ずっていた。少し後退りしてミコトを抱き上げる。

「そうだ、あの、わたし……もう行かなきゃ。教えてくれてありがとうございました」

軽く会釈をしてから、引き止められる前に、プラズマ団に気付かれる前に、と踵を返した。これじゃイエスと答えてると変わらないのにね。

わたしから話しかけただけに、男性の厚意を無下にしてしまって心が痛む。けれど別の騒ぎが起きてしまったら、きっとプラズマ団に気付かれて彼も巻き込んでしまう。
それでも、困った時は周りの人を頼るんだよと、彼はわたしの背中に言葉をかけてくれた。
せめてものお詫びとして、男性に思い切り手を振る。そんなわたしに男性は親指を立てて応えたくれた。いい人で良かった。


「はぁ、ビックリしたあ! ごめんねミコト、急に走って。驚かせたでしょう」

ところ変わって3番道路、思わず博物館も通り過ぎてしまっていた。
移動中も大人しく胸の中に収まっていたミコトを見下ろす。ミコトは気にしてないようだ。軽く尻尾を振って応える。降りたがったのでそのまま降ろした。
好奇心は猫をもなんとやら。Nさんの言葉は信じたほうがいいみたいだ。

……チェレンやベルは今どこにいるだろう? きっと修行や観光しているだろうから、まだ先には進まないはずだ。けれど一応プラズマ団のことを知らせておこうと、ふたりのライブキャスターへ電話をかける。
すぐ出たのはベルだけ。チェレンは気付いていないのか、そのまま留守電に切り替わってしまった。

「コハク、どうしたの?」
「うん、ちょっと。チェレンはどうしたんだろう?」
「さっき会って少し話したよ。図書館行くって」
「博物館のところの?」
「そうそう。チェレン、昔から読書好きだししばらくかかるんじゃないかなあ。急用?」
「急用……、うん、急用。でも少し特訓したらわたしから伝えにいくよ。それまでは大丈夫だろうから」
「それは急用っていうかなあ。うん、それで?」
「ヒウンシティ方面にヤグルマの森ってあるでしょう。そこに今プラズマ団がいたの」
「ええっ! どうして?」
「分からない。でも通りたければポケモン渡せって言ってるみたいで」
「……ポケモンを奪うのが目的ってことかなあ? サンヨウの時みたいに」
「それにしては……あんまり強引じゃなさそうだったけど……、それにヤグルマの森は人通り多くないはずだし」

スカイアローブリッジやヤグルマを経由してシッポウへ来る人はそんなに珍しくないけど、ヒウンやライモン、ホドモエと比べると少なかったはず。3番道路は保育園や育て屋があるからまだ分かるけど、効率を考えたらヤグルマでイトマルのように待たなくたって、と思う。

「……じゃあ、他に目的があるってこと?」
「分からないけど……」
「ええと、じゃあ、あたしたちが警戒しておいて……じゃなくて。ジュンサーさん、大人に頼るようにって言ってたよね」
「うん、何か起きたらまず大人に連絡をする! だね!」

ベルがふと「トウコは知ってるのかな?」と心配そうにしたので、大丈夫だよと頷く。ヤグルマの森の件は知ってるし、今は博物館の見学かジム戦のどっちからをしてるはずだよ、そう説明をするとベルは安堵の顔。
別れを告げてライブキャスターを切る。間際、ベルも会えたらチェレンに話しておくよと言ってくれたので、素直にお願いした。

図書館にチェレンがいるということは、これからチェレンもジムかな。それとももう済んでる? 気ままなわたしと違って、チェレンは計画を立てて物事を進めていくタイプだ。一足先に進んでいてもあんまり不思議じゃない。

……よーし、幼馴染みたちに負けないように、わたしもがんばらなきゃ! 意気込むとミコトにも伝わったみたいだ。おー! と掛け声をあげるとミコトも吠えるのだった。


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