言の葉の欠片 (17/17)



「それじゃあミコト、キミのことを教えて! イリュージョンは使えそう?」

ベルに連絡をしたところで気分を改めるために、地面のにおいを嗅いでいたミコトに問いかける。と、「イリュージョンとはなんぞや」という反応を示した。

「幻影……幻を見せて、相手や風景を驚かせる力。化かす技、守る力っていえばいいのかな……その場に存在しないものをみんなに見せることができる、ゾロアとゾロアークが使える特性のことだよ」

ミコトはこの説明を少し咀嚼するような素振りを見せてから、はたと理解したような表情を浮かべた。そしてジャンプして空中のバック転。刹那にオーラのようなものが彼女を包む。それが消えた時、そこにはたしかに、ゾロアではなく「わたし」がいた。……鏡越しに見る自分と違いが分からないくらいだ!

「すごい! 初めてなのに、こんなに上手に使いこなすなんて!」

思わず感激の言葉を上げてはしゃぐと、ミコトはイリュージョンを解いてから得意げに笑ってみせた。

「ふふ、それにたしかに『わたし』という『コハク』は2人もいないね」

言ってから、あれ、今なんか恥ずかしいことを口にしたな、と思った。けど、聞いていたのがミコトたち手持ちだけだから、あまり気にしなくていいかも。さっき「存在しないもの」って表現したんだし。
それじゃあ、とわたしは続ける。「どんな技を使える? 攻撃したり守ったりするための方法」。質問にミコトは自身の内側に意識を向けたようだ。
考える様子を見せるミコトを待っていると、ふいに草むらが揺れる。あっ、と思った次の瞬間に影が飛び出してきた。その影の……ミネズミの技が、わたしとミコトが反応するより先に当たってしまう。ミコトが間髪入れずに反撃として出した技は……。

「『あくのはどう』!」

ミコトが放った技がミネズミに直撃する。ミネズミはバランスを崩したけど、すぐに大勢を立て直してミコトに飛びかかった。
わたしの「避けて!」という指示にミコトは応える。けれどミネズミは素早く方向転換をしてミコトに噛み付いた。悲鳴があがる。振り解かれたミコトが足をもつれさせて、わたしの足元で倒れた。

「ミコト、大丈夫? まだいける?」

ミネズミからできる限り目を離さないようにしながら、少し屈んでミコトをなでる。ミコトは負けてたまるか! とばかりに立ち上がった。少しふらついてるけど、たしかにまだ戦えそうだ。

「よし! 別の技を撃って!」

わたしの指示に次に放ったのは「うそなき」、続けて「じんつうりき」。こっちは少しレアな技だ! ミネズミが距離を詰めると「ひっかく」攻撃をする。技から技への移行がスムーズだ。初戦でなんてセンスのいい……!

けれど初戦は初戦、ミネズミが繰り出した渾身の力を使った一撃でミコトはミネズミに負けてしまった。
ミネズミは勝ち誇った表情を浮かべて草むらの中へ消えていく。どうやら腕試しだったみたいだ。わたしは地面に伏して拗ねたミコトを抱き上げる。

「お疲れさま、ミコト! いい勝負だったよ!」

元気の欠片を使って、傷を受けたところに傷薬を吹きかける。傷に沁みるようで驚いていたけど、「これは傷を治すためのもの」と説明すると、ミコトは辛抱強く耐えていた。

「じゃ、次はアオイとシグレの特訓をしよう。ミコトは見学をしててね」

あたりを見回す。さっきとは別のトレーナーが複数人、特訓の最中みたいだ。天気がいいし気温もちょうどいいから、いい特訓日和だよね。
これからジム戦だし、対トレーナーの手持ちに慣れたポケモンとお手合わせを……、と一瞬考えたけど、それを改める。
シグレもアオイもトレーナー戦の経験はあっても野生のポケモン戦のほうは少ない。ここから先も今のように挑まれるし、旅をするにあたって草むらや洞窟を進まないという選択はない。トレーナーの指示があるポケモンとは違って、野生のポケモンとの勝負は動きを読めないのが醍醐味だ。トレーナー戦でも役立つことも多いし、何戦かやる気充分な野生ポケモンと勝負したあと、特訓中のトレーナーに試合を挑もう。
そう結論にいたって、わたしは草むらの中へ揚々と飛び込むのだった。

**

「よし、今回はここまで!」

1時間弱の特訓のあと、わたしは軽く手を叩く。
やや疲れが見え始めた手持ちに、労いの言葉をかけつつ傷薬を使ってボールに戻す。傷薬はその名前の通り傷を治すためのものだから、疲労までが回復するわけじゃない。どこかで一旦休憩を取ろう、そう思ってシッポウシティに戻って休むことにする。今の感じなら15分程度で疲れも取れそうだ。
わざわざ休憩するほどのものでもないし博物館の見学もするけど、どうせなら敗因に繋がりかねない要素は少しでも減らしたい。ポケモンのためにも。

あ、そういえばさっき休めそうな広場見つけたな。手持ちのポケモンを出して自由に過ごせるところ。そこで一息つこう。たしか自販も置かれてあったはずだ。
そう考えてミコトを肩に乗せたままゲートを通る。そしてそこに向かう途中、ふと吹いた強い風に紛れてどよめきが聞こえた気がした。

「今……」

思わず立ち止まる。「ミコト、聞こえた?」と確認すると、ミコトは博物館がある方角を示した。気のせいじゃない……。
ヤグルマの森のプラズマ団。彼らに同意するNさんが現れ理想を聞いた博物館。伝説のドラゴン――そういえば観光中、博物館で「ドラゴンの骨」が展示されていると聞いた。不安がよぎる。

――次からは気をつけなさい。じゃなきゃ、強制的に旅を終わらせてもらうからね。
放たれた言葉が蘇る。そうだよ、むやみに首を突っ込んではいけない。……って、さっきも同じこと考えたな。昔ジョウトの友人が怪我をした時、おそろしい気持ちになったのを今でも覚えている。だから選択を間違えてはいけない。
でも不安でドキドキする。これから知らぬ存ぜぬでいたら、後悔しそうで。ジュンサーさんがそこまで言ったつもりなのかは分からないけど。――けれど、誰かを助けてはならないと、そう話したわけじゃない。

「……、……」

固唾を呑み込む。かたちにならなかった言葉が息に変わってこぼれた。
……トウコは。トウコは無事かな? そもそも今聞こえたものが事件によるものとも限らないけど。
もだもだしているとミコトがじれったそうに肩から飛び降りて、誘うように鳴いた。そしてわたしが反応するより早く、踵を返して博物館のほうへ走って行ってしまった。

「あ、ちょっとミコト!」

思わず追いかける。走るゾロアと追うわたし、さっきも同じようなことをしたけど、今はミコトがパニックになったからじゃない。


博物館の周りには人だかりができていた。足元を縫うようにして走っていくミコトを見失わないようにわたしも進んでいたから、ちょっと大変だった。ミコトのように人やポケモンの流れを器用に避けるって結構難しいぞ。

「……追いついた! 突然走っていくのはダメだってば」

立ち止まったミコトを掬い上げるようにして胸に抱き留める。と、ふいに飛んできたトウコのわたしの名前を呼ぶ声にハッと視線をあげる。
そこにはトウコにチェレン、ベルの姿が。近くにはふたりの大人がいた。……アロエさんとアーティさんだ!?

「おや、見慣れない顔だね。あんたがトウコたちが言ってたコハクかい」
「はい、トレーナー兼ブリーダーのコハクです。どうぞよろしくお願いします。……おふたりがジムリーダーの……?」
「ああ、悪いね。挨拶が遅れたよ。あたしはアロエ。ここのジムリーダーさ。で、こっちが同じくジムリーダーのアーティ。よろしくやってくれ」
「こちらこそよろしく。トウコたちからキミとヤグルマのことは聞いてるよ」

イッシュにいる間の知識や先程の観光で、ふたりがシッポウやヒウンのジムリーダーをしているのは知っていたけど、なんとなく、こちらから一方的におふたりの名前を呼ぶのは気が引けた。それを察してか、アロエさんもアーティさんも手短に自己紹介してくれた。

「よし、じゃあコハクもプラズマ団を知っているなら話は早い。コハク、たった今博物館からドラゴンの骨が盗まれた。それをトウコとアーティに取り戻してもらおうって話したところさ」
「ドラゴンの骨……って、あの骨をですか!? これから見に行こうと思ってたのに……!」
「悪いね……頭蓋骨だけだが、あのサイズのものを白昼堂々と盗られるとは考えてなかったから」
「いえ、アロエさんは悪くありません……! どんな事情があったって盗んでいい理由にならないですよっ」

参ったよ、そう頭をかいたアロエさんに、思わず反論する。たとえこちら側に不備があったとしても、もし信念や目的があったとしても、強盗の正当性は生まれないだろう。

「ストップコハク、熱くならないでよ。こうしてる間にプラズマ団がどこまで行くか分からないんだから」
「あ……そうだよね、ごめん。つい」
「よし、じゃあコハク。あんたもポケモン勝負慣れてそうだ。アーティたちとヤグルマに行ってくれるかい」
「もちろん! 任せてください!」
「こっちはチェレンやあたしが残ることになったから大丈夫! コハク、そっちはお願いね。トウコとアーティさんが一緒なら絶対取り返せるから!」

じゃ、そっちは頼んだよ。そうアロエさんに背中を押されて歩き出す。ベルの「あとでそのゾロアのことを教えてねえ!」という言葉に軽く応えて、先を行くトウコやアーティさんを追う。


先程道をふさいでいたプラズマ団はいなくなっていた。それで難なくヤグルマの森の中に入れた。
意外にも森は静かだ。……でも何か……風に木の葉が擦れる音に紛れて、別の音がするような気がする? 肩にいるミコトが緊張してあちこち注意深く見ている。それに、森のあちこちから感じるポケモンたちのこの気配、ジョウトを旅していた時に経験したことがある。あの時と比べて規模が大きいけど、たぶん、これは……。

「緊張感……警戒してる? ヤグルマの森に生息するポケモンたちが……」
「うん、このピリピリした空気はそうだ。特に虫ポケモンが荒れてるかも?」
「げ! じゃあ、ヘタに刺激しないほうがいいってことですよね? この状況で大丈夫かしら」
「虫はクルミル・クルマユにフシデとホイーガくらいだけど、特にフシデは気性が荒いから要注意だね。それにナワバリ意識が強いんだ」

急がなきゃならないのに……と、げんなりした表情をするトウコ。ソワソワとして落ち着かないようだった。
気持ちは分かるけど、と彼女の背中を軽く叩く。「深呼吸して、焦るとミスしちゃう」と続けると、トウコは静かに深呼吸をする。アーティさんも焦りは禁物だ、って、うんうんと頷いていた。

「急がば回れって言うでしょ。慎重に行こう。トウコ、毒消しは持ってる?」
「ええ、持ってるわ。傷薬もあるし、麻痺直しもある。ばっちり!」
「ヤグルマの森から抜けるには2通りあるんだ。真っ直ぐ行く道と、森の中を抜ける道」

アーティさんは鋪道から逸れたところを示す。整えられた道とは別の、森の深いところを通る道。その先はもっと薄暗くなるだろうな。
フラッシュを覚えたポケモンは……いないけど、いたとしても野生のポケモンたちを刺激してしまうし、こちらより先にプラズマ団に気付かれる可能性があるから、フラッシュは使えないか。

「二手に分かれてる可能性もあるし、ボクはこのまま真っ直ぐ進み、あいつらを追いかけるよ。いなかったとしても逃げられないように出口をふさぐつもりさ」

言って、アーティさんは舗装された道の先を指し示す。スカイアローブリッジに続く道だ。
骨を持ったままあの橋を渡るとは思えないから、あるとしたら大きなポケモンやヘリで運ぶ可能性か。何に使うのかは想像つかないけど。

「キミたちはこっちのルートにプラズマ団が隠れてないか探してくれないかな。トレーナーも多いけれど基本一本道だから迷うことはないよ、きっと」

わたしたちは森の中のほうの探索だ。アーティさんの指示に返事をすると、「それじゃあ、アロエ姐さんのためやりますか!」と彼は気勢を上げるような声音を出す。わたしとトウコは頷きあって、アーティさんがヒウン側の出口に向かうのとほぼ同時に、わたしたちも慎重に、けれど足早に森の中を進み始めた。


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