ご機嫌いかが? (15/17)



そういえばライブキャスターを買ったのを家族に伝えてない。今は午後3時半、この時間なら、時差であちらは早朝。仕事のため早起きした姉が電話に出られるだろう。

「お、姉さん? おはよう」
「はいはーい、おはようコハク」
「朝早くにごめんね、でもどうしても気になることがあって……」
「待って、時間は別に気にしなくていいけど、あたしから先に質問させて。元気そうだけど調子はどうなの。怪我は? 体調は万全? トウコちゃんたちも平気? それにそのタマゴはどうしたの」

わたしのライブキャスターから突然電話をかけたら困らせてしまうだろうから、と思ってポケセンのテレビ電話から姉のライブキャスターへ電話したら、受信するなり姉は安堵の表情を浮かべた。けれどすぐに表情が変わって矢継ぎ早に質問するものだから、わたしは気圧されてしまった。

「ちょ……ちょっとちょっと、一度に聞きすぎだよ! みんな大丈夫だよ、トウコが怪我してるけど大事じゃないし。それと、この子は育て屋さんから引き取ったの」
「そう……おばあちゃんたち元気にしてた?」
「うん。おじいちゃんはライモンまで行ってるらしいからまだ会えてないけど、おばあちゃんは2人とも元気だって」
「それなら良かったわ。プラズマ団の活動がこっちでもニュースになってるのよ、最近になって悪目立ちするようになったって聞いたよ」
「ええ、もう……? たしかに、乱暴だもんね」
「もう、そんな他人事みたいに! コハクたち、巻き込まれてたでしょう。サンヨウでの強奪未遂が話題になってたよ。他の人が撮った写真がSNSに載ってた」
「ええっ!? わたしが映ってたってこと? チェレンたちも? 肖像権……」

サンヨウの強奪未遂といえば、一昨日の女の子のモンメンとわたしのタマゴがプラズマ団に盗まれた事件だ。
それが見知らぬ誰かに撮られてたと初めて知る。しかも無断でSNSにあげられてるなんて……失礼が過ぎないか? そう考えていると、画面の向こうの姉も眉間にしわを寄せた。

「それもかなり問題だけど、あんたまたそれで無茶してるんじゃないの? 危険な目に遭うような……それ言うためにあたしから電話するのも嫌だろうと思って、コハクからの電話待ってたけど」
「……ごめんなさい」
「まあさすがに命に関わるようなことはしないと思ってるし、あたしからも父さんたちに元気だって伝えておくけど。ふたりにも顔見せなね」
「はぁい」
「……それで本題は?」
「あ、そうだった。リツの様子が気になって。わたしがいなくなって怖がってない?」
「もちろん大丈夫よ。気遣ってるもの、寂しいみたいだけどずっと落ち着いてる。あたしのタブンネもいるからね」
「そう、なら良かった。連れてこなくて正解だったかも。きっと怯えちゃっただろうから」
「代わりにユウがものすごーく寂しがって落ち着かないよ! はやく会いたいって」
「だよね、わたしも会いたい。こっち来てまだ4日目なのにね!」
「ユウとリツ呼ぼうか?」

提案に頷くと、姉が呼んでくれたので少し待つ。と、勢い余って転んでしまいしそうなほどのスピードで2匹がやってきたので、少し驚いて肩が跳ね上がる。気をつけて、そう声をかけたけどユウとリツの耳には届いてないみたいだ。姉を押しのけて2匹は画面に近付いた。

「ああこら、お世話になってる人をぞんざいにしちゃいけないよ!」
「あはは、元気な証拠だよ!」

思わず叱りの言葉をかけるけど姉はあんまり気にしてないみたいだ。普段2匹はあまりイタズラをしないタイプだし、トレーナーが叱るところは叱ってるからかな。
金色のニャオニクスが、姉が手元に置いていたらしいお菓子を手に取って画面にグイグイと押し付ける。食べろ! ということらしい。それに笑って、わたしも画面に触れる。「ありがとう、リツ。そのお菓子美味しいよね。でもここからじゃ食べられないから、代わりに姉さんにあげてね」と声をかける。リツは素直に姉の口にお菓子を運んだ。それから、わたしはウインディ……ユウのほうへ目を向ける。ユウはきゅぅ、と寂しそうに鳴く。

「ユウ。元気? ちゃんと食べてる?」

わたしの問いかけにユウは小さく鳴く。わたしに擦り寄るように、画面へ頭を擦り付けた。
「うん、しっかり。リツたちがいるからまだ大丈夫よね」と、画面の端のほうでリツを膝に乗せる姉。「だけど5年ずっと一緒だったコハクがそばにいなくて心寂しいんだよね」。

「そう……そうだよね。だけどごめんね、最初の1週間はユウの力を頼らずに進んでみたいの。あと3日、もう少し待ってくれる?」

言うと、ユウは短く鳴く。早く会いたい、そう言ってるみたいだった。
するとどこからか姉のシャンデラが寄ってきて、リツとともに励ますようにユウに寄り添った。特にシャンデラとユウの付き合いは長いから、お互いがいい関係にあるみたいだ。

「ありがとう、シャンデラ。これからもリツたちをよろしくね」

きゅ〜! と透き通った綺麗な声でシャンデラは答える。……と、その時。腕の中で震えを感じた。姉が瞠目する。

「……ねえ、もう孵るんじゃないの?」
「えっ! わわっ、今? もう?」

じき孵るというジョーイさんの言葉があったといえど進展の早さに慌てた。すると姉はリツを抱きかかえたまま「ばかっ、慌てちゃダメでしょ」と声を上げる。ボリュームはそんなに大きくなかったけど。ユウもリツもタマゴを期待の目で見守る。

「深呼吸、慎重にケースの蓋開けて」

ゆっくりと深呼吸ひとつ、そっと蓋を開けてタマゴを取り出す。大きく揺れている。空になったケースは床に一旦置いてタマゴを両手で抱えるようにする。
ぱき、と一点にヒビが入って、そこから一回、二回、大きな亀裂が走り、淡い光が漏れて――

『……ロア?』

光が弾け飛んでそこから現れたゾロア。
腕の中でぼんやりと起きがけのような表情、つびび、と伸びをする。けれどすぐにぱちくりするとわたしを見上げ、テレビ電話に気付き姉たちと視線が合う。そしてパッとわたしを見るゾロア。じーっと見つめてくるので、

「おはようゾロア、はじめまして」

……と言葉をかけると、ゾロアは一瞬の間を置いてから短く悲鳴のような鳴き声を上げて、わたしの腕をすり抜けた。……ウソだあ!?
姉もさすがにそれに驚いて、急いで! このあとの旅も気を付けるんだよ! と口早に言った。わたしもしどろもどろになりながらも返事をして、ユウとリツにも声をかけてからテレビ電話を切った。

***

「危ないでしょう! 突然行っちゃったら!」

確保したゾロアは意外にも早く落ち着きを取り戻した。わたしの膝に座らせてそう声をかけるけど、当のゾロアは「はて」という表情。……だよね、こんなことを言われてもまだ分からないよね。
どうやら、ゾロアは光や色にあふれた世界を見て驚いてしまったようだ。生まれたてで上手く歩けない状態なのに、動転してたとはいえ早々にポケモンセンターの中を横断しようとするとは思わなかった。それをわたしが引き止めて怒りの言葉をかけるとも。
……なんというか、こういう行動は生物として正しい反応なんだろうけど、それはそれとして速攻で行動に移せる逞しさがなんだかいいな、と思う。見守る側としては焦ってしまうことには変わりないんだけど。

「それじゃ、一旦冷静になれたところで自己紹介をしようか。わたしはブリーダーでトレーナーでもあるコハク。あなたはわたしたち人間からゾロアって呼ばれてるポケモンだよ。ポケモンっていうのもあなたのことで、わたしのような人間とは別の生き物をそう呼ぶの。トレーナーはポケモンバトルっていう、ポケモン同士を戦わせてる人のこと」
『……?』

一応説明してみたけどいまいち飲み込めていない反応。やっぱりまだ早いか。
わたしは「なかにはバトルをさせないトレーナーもたくさんいるけど……まあ、これからゆっくり世界のことを知っていこうね。今は分からなくてもわたしが話したことは覚えててね」とゾロアの頭をなでる。なでられてゾロアは気持ちよさそうに目を細めた。よかった、この子もなでられるのが好きみたいだ。

「わたしとキミは一緒に旅をするんだよ。他の仲間と一緒にあちこち行ってたくさんの経験をするの」

そう声をかけてからゾロアを抱き上げる。トレーナーと手持ちポケモンとして一歩進めたところでまずは健康診断をしてもらわないと。生まれたてでも診てもらって分かることもあるし。
立ち上がるとゾロアが肩に移動したから、今までタマゴが入っていたケースを抱えた。

「ジョーイさんに診察してもらおうね。ボールとか仲間の紹介はそのあとだ」

なんだそれ、と言いたげなゾロアを引き連れてカウンターへ。控えていたジョーイさんがにこやかに「ゾロア、誕生日おめでとう」と言ってくれた。ジョーイさんの脇にいるタブンネもお祝いの言葉をかけてくれる。一連の流れを見ていたようだ。ゾロアはよく分かっていないようだったけど、それでも笑顔で答えてくれる。

「ゾロア、この人がジョーイさん。ポケモンの怪我や悪くしたところを治してくれる人だよ」
「はーい、アタシがジョーイです! ゾロアよろしくね!」
『ローアッ!』
「ゾロア、ジョーイさんのところに行って。悪いところがないか診てもらおう」

わたしの指示に従うゾロア。よかった、一応わたしのことを認めてくれてるみたいだ。
ついでにケースを回収してもらう。ケースの管理もポケモンセンターが担っているから、管理番号を確認してサンヨウのポケセンへ返却してくれるはずだ。
ゾロアを連れたジョーイさんとタブンネを見送ってからホールの待ち合いスペースへ向かう。ソファーに座ってからアオイとシグレをボールから出した。2匹はポケセンに来るまでの様子と違ってとてもご機嫌な様子だからつられて口角があがる。

「もしかして、ゾロアが無事に生まれてきたのが嬉しい?」

わたしの言葉にアオイもシグレもそうだと言うように高い鳴き声をあげた。るんるんな2匹に頬が緩む。かわいいなあ! いいお兄さんになるぞ。

「ふふ、あのコのことをよろしくね、アオイ、シグレ」

元気なお返事をした2匹にニコニコ。
……あ、そういえば姉さんにライブキャスターのことを伝えるの忘れちゃったな。ポケギアは家に置いて来ちゃったから、次回の家族への連絡の時にはちゃんと伝えないと。


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