きみのそばで (13/17)



「――ヤナップ、戦闘不能! よって勝者はチャレンジャー・コハク!」


「……やったーっ、勝てた! ありがとうシグレ、アオイ〜!」

ポッドが下した判定に、一気に緊張が緩んだらしいシグレと、自分でボールから出てきたアオイをまとめてワシワシとなでた。
ベルも「おめでとうだよ!」と歓呼の声をあげる。それにわたしも「ありがとう!」と応える。

「……驚いた、君もすっごく強いんだね。昨日と今日でこんなにもたくさんの強いトレーナーと戦えるなんて」

ふう、を息を吐くデント。
コーンが持ってきたバッジと技マシンを受け取って、デントがそれを渡しに近付いてくる。

「コハク、これが僕らに勝った証……、トライバッジだよ」
「ありがとう!」

言ってバッジと技マシンを受け取る。それから握手を交わした。
デントはマシンに「ふるいたてる」が記録されていると教えてくれた。
種族ごとにある程度の傾向はあるといえど覚えるタイミングや順番は個体ごとに違うし、技マシンを使えば覚える種族もいるからとても便利だ。科学と生態の不思議だなあ。

技マシンをしまってからバッジをケースにはめ込んでいると、デントの横にコーンとポッドも並ぶ。「コハクもコーンさんたちもお疲れさまでした」とベルも横にやってきた。コーンたちもわたしも「キミもお疲れさま」と返す。

「僕たち、イッシュ地方ではまだ駆け出しのトレーナーだから頑張らないと……他のジムリーダーの方々はもっと強いですから」

ちょっと自信なさげに笑うデント。それにコーンも頷いた。

「模範たる者として負けてばかりはいられません。コーンたちもより精進しないとですね」
「辛気くせぇこと言うなよ! オレたちまだまだ上いけるって!」
「それを聞いちゃうと、あたしたちも頑張らないわけにはいかないよねえ」

そうやり取りする3人のジムリーダーを見てベルも意気込む。わたしも「この勢いで完走したいよね」と頷いた。
ふと時間を見て、いい時間なことに気付く。

「それじゃあ……」
「わたしたち、もう先に行くね。すぐシッポウシティに行く……行くかな?」
「そうしようか!」
「今からでも遅くなりすぎないでしょうね」
「オレたちからも応援してるぜ」
「では良い旅を。ベストウイッシュ!」

3人の声がけに顔が綻ぶ。
わたしもベルも「ベストウイッシュ!」と返して、ジムをあとにした。ファンたちの「いいなあ、コーン様たちのバトル」「私もジム巡りしようかな」「バトルしたくなってきちゃった」というお話を背中越しに聞きながら。

**

バトルしたばかりで疲れ切っているポケモンを、ベルと一緒にジョーイさんに預ける。
回復を待つ間、アララギ博士に電話をかけることにした。せっかくだからとベルも参加する。
ライブキャスターに出たアララギ博士は変わらず研究所にいるようだ。特有の白い壁が背後に映っている。
わたしとベルは、わたしたち4人ともサンヨウジムに挑戦して勝てたことを伝え、それからわたしはポケモンのタマゴを引き取ったと伝えた。

「順調なようでなによりだわ。経験豊富なほうが身のためになることが多いから」

博士の言葉に、プラズマ団のことが頭によぎって相談しようかと一瞬考えたけれど、心配させたくない。それに、わたしが博士の立場だったら「旅に出すのをもう少しあとにしてたら」と自分を責めてしまう。だから件のことは伝えないことにした。
トウコとベルが夢の跡地での事件をチェレンに秘密にしようと決めた時も、きっとこんな気持ちだったろうと思う。

そうしてから、ジュンサーさんの「子どもだけで解決しようとしないこと」という忠告を思い出す。大人たちは怒るだろうけど、どうしたって助けを呼べないこともある。その時はどうか少し見逃してほしいとも思う。


いくつか言葉を交わしたところで回復の終了を報せる音が流れたので、アララギ博士に別れを告げてライブキャスターを切る。
預けていたポケモンたちとタマゴを受け取ると、ジョーイさんはにこやかに話した。

「ポケモンたちはすっかり元気になりましたよ。タマゴの状態も良好です。タマゴはできてからずいぶん経ってるようですね、もうじき孵りそうです」

言われて、思わず胸に抱いたタマゴを見下ろすと、応えるようにタマゴが大きく動いた。それにわたしは思わず笑顔になる。

「きっと元気な子が孵るわね」
「そうみたい。待ちきれないです!」
「良かったねえ、ジョーイさんのお墨付きだね」

わたしとベルとでニコニコしていると、ジョーイさんも破顔する。

「あなたたちが『おや』なら安心ね。きっとその子にとっても楽しい旅になるんじゃないかしら」
「ふふふ、だと嬉しいですね。絶対大事にしますから」
「言質は取ったわよ〜?」

ジョーイさんの悪戯っぽい顔に「こわいこと言わないでくださいよー!」と言い返すも、ベルとジョーイさんに「こわいと思ってる顔じゃない」とツッコまれてしまう。
ゆるい笑顔がもれる。たくさんのトレーナーを見てきたジョーイさんやジムリーダーに認めてもらえるのは、何年トレーナーをやっていてもやっぱり嬉しい。

改めてジョーイさんにお礼を言って、ポケモンセンターをあとにする。
そうしてサンヨウシティを出発して3番道路を抜ける。昔出会ったシママがいないかも意識したけどやっぱりいなくなってるようだった。それと地下水脈の穴を覗いたけど、昨日のような変化はないようだ。
歩き続けること2時間ちょっと。シッポウシティに着いた頃には夕暮れを迎えていた。
わたしたちは真っ先にポケモンセンターへと向かう。部屋を借りると適当に荷物を置いて、窓辺の椅子にわたしもベルも座り込んだ。

「つ、疲れた〜!」
「足がパンパンだあ」

お風呂入ったりする気力が残ってないね、なんて話す。それでもお腹の虫が鳴くほどの元気が残ってるのだから、思わず笑ってしまう。

「あ、そうだ。わたしアオイたちにブラシ買いたいんだった」

少し休んでからボールを持ってタマゴを抱えて。食堂へ向かう途中、ふと思い出してこぼす。
ブラシ? と聞き返すベルに、ポケモン用の物があるからそれが欲しいんだと返す。

「それじゃあ、あたしのも見立ててもらってもいい? 買ったことないから分からないの」
「もちろん」

誰を仲間にするか分からないからジョウトの家に置いてきてしまったのだ。いろんなポケモンに対応したブラシもあるけど、大まかな分類や毛の長さごとのブラシにこだわりたかった。

「ご飯より先に買う? あとにする?」
「あとがいいかな。せっかくだからお風呂のあとにじっくりやりたいなあ」

**

「じゃーん! アオイ、シグレ! あなたたち用にブラシを買ってきたよ!」
「あたしからも! じゃじゃーん、ポカちゃん、ヨーちゃん。コハクに見立ててもらったよ!」

食後、フレンドリーショップに立ち寄ってわたしは水棲かつ短毛用のブラシと体毛が長いポケモンのブラシを購入した。ベルは体毛が長いポケモンと短いポケモンのもの。そのあとは急いでお風呂に入ってきた。

風呂のあとに飲み物も買って、先ほど手に入れたブラシをポケモンたちに見せた。
シグレとヨーちゃんは「はて?」という顔をしていたけど、アオイとポカちゃんは「知ってるやつだ!」と目を輝かせた。
それでさっそく封を開けてアオイに膝へ乗ってもらう。丁寧に梳いてやるとアオイは目を細めた。

「気持ち良さそう!」
「お眼鏡に叶ってなにより」

ジョウトにいる間に学んでおいて良かった。ブリーダーを名乗るにはきちんとしておかないと。
アオイの体毛を梳き終えて、……そして、ようやくすっかり忘れていたことがあると気付く。

「……あっ、ポケモンたちにもシャワー浴びてもらえば良かったね?」
「あっ。だよね、あたしもすっかり忘れてたよ」

せっかくポケセンにも専用のシャワー室があるのだから、わたしがお風呂入る前にやれば良かったけど、寝る支度が完璧な今じゃあとの祭りだ。また今度にしよう。でもどうして忘れてたのか……ちょっとゴタゴタしてたから?
今日は仕方ないと、人とポケモン兼用のウェットシートでアオイたちを拭く。それからシグレも梳く。思っていたよりも毛が抜けた。シグレとヨーちゃん、2匹分のこんもりと抜けた体毛に、ふと思ったこと。

「これ溜めたらもう何体かヨーテリーが増えそう」
「あはは、そしたらみんなで写真撮りたいね」

でも、とベルはポカちゃんを梳きながら「それは旅を終えたらゆっくりやりたいかも」と。それにわたしも「だよね」と返す。

シッポウシティへたどり着くまでのこの短期間でのことを思うと、これからものんびり気分良く、という旅にはならなそうだ。あのことが、わたしの心に影を落とす。ベルもきっと同じだ。
だけど気にしてないふりをして、何も言わなかった。平凡なわたしたちは未来を視れない。視れないから、できる限りのことはしながらも流れに身を任せるしかない。踏ん張る必要がある瞬間は、その時はその時だ。
それに視れたとして、その未来が確定しているとも限らない。ジョウトの、敬愛するあるジムリーダーがそうだったように。

だから今は、今をしっかり認めておきたい。わたしを確立する要素を裏切らないように、ポケモンや友だちや仲間の近くに居られるように。


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