一方で (10/17)



警察署を後にする頃には夕暮れを迎えていたので、わたしたちはポケセンに泊まることになった。ポケセンの前で、女の子とご両親とは別れることになる。

別れ際、少女はもしまた何かあった時、今度は自分たちで対抗できるようバトルの練習をする、と話してくれた。
リーフの石は持ってないということだったので、「望んだら進化させられるように」と女の子に渡す。そうしたらご両親に気を遣わせてしまって、お礼にとポケモン用と人用の絆創膏や傷薬をいただいてしまった。モンメンやピカチュウなど、ポケモンのイラストがプリントされている物も混じっていた。
大事に使います、と携帯用の救急箱にしまって、改めてお別れの言葉を交わして、わたしたちはご家族と別れたのだった。

 * *

翌日、午前10時。わたしは3番道路に来ていた。
昨日はさすがに疲れていて、夕食のあとすぐにみんな寝てしまった。日付が変わって今日、朝食のあとチェレンはポケモンたちの調子を確認すると、真っ先にジムに向かった。今頃、バトルの真っ最中だろう。トウコは昨日のうちにジムに挑戦しており、今日はベルの特訓に付き合うそうだ。

……というわけで、チェレンのジムバトルが終わって一息つきそうな時まで、わたしたちは3番道路で軽く特訓することになった。1つ気になることがあって、トウコやベルとは別行動だ。――その『気になること』というのが、

「……シママいるかな……」

ミジュマルとヨーテリーをボールから出した状態で思わず呟くと、2匹はなんで、と問いかけるように鳴き声をあげた。特にミジュマルにとっては苦手なタイプのポケモンだ。怪訝そうな表情を浮かべている。

「あ、いや、……昔ここで、色違いのシママに会ったことがあるの。その野生のシママは怪我をしてて、治療のあとすぐにどこかへ行っちゃったから……どうしてるかなって思って」

ふうん、というような反応を見せる2匹。そのあと、ジェスチャーで「チョロネコみたいだ」と話した。

「あ、確かに。そしたらきっとまた会えるよね!」

屈んで、つい嬉々として答えればミジュマルもヨーテリーも頷いてくれた。そうしてから、ふっと突然思い出したこと。……ニックネームを決めようとして、まだそれを2匹に伝えていなかった。

「ね、ところでさ。話は変わるんだけど、キミたちにニックネームを付けたいんだけど……いい?」

きょとん、とする2匹に、実はずっと考えていたんだよ、と説明する。併せて、ニックネームというのは親しみを込めた呼び方のことで、トウコやチェレンのようにわざと付けない人もいるけど、わたしは付けたい派だと、そう伝えた。
すると、ちょっと考えた素振りを見せたあと、ミジュマルもヨーテリーも了承してくれた。思わず2匹の前足を手に取る。

「ありがとう! それじゃ早速……ミジュマルは『アオイ』。ヨーテリーは『シグレ』、……どう?」

いろいろと考えて、これ! と感じた名前を伝えると、2匹はにこやかに了承してくれた。抵抗なく受け入れてくれた2匹に、じんわりと嬉しさがこみ上げる。

「それじゃ、今後もよろしくね! アオイ、シグレ!」

 **

正午を迎えるくらいの時間になって、一息つこうとポケセンに一度戻ることになった。
シママには結局会えなかった。誰かにゲットされたのか、住処を移動したのかは分からない。進化した野生のポケモンはテリトリーを移動する場合が多いとも聞くから、いずれにしても近いうちに会えたら、と思う。

ポケセンのホールでタマゴケースを足の間に挟んだ状態でソファに座り、アオイとシグレに自前の傷薬を使っていると、向かいのソファに乱暴に座る人影があった。視界の端に映った、白と黒、そして青という、見覚えのある配色の服装に顔をあげて――思わずギョッとした。

「どうしたの、その傷! 大丈夫!?」

幼馴染のお転婆少女は、頬っぺたや腕、手首に絆創膏や湿布を貼った姿で現れた。しかも、あからさまに不機嫌そうだ。
トウコは時々眼光が鋭くなることがある。今回のこれは腹の虫の居所が悪い時の鋭さだ。

「……ケンカ」

ふくれっ面で頬杖をついたトウコ。端的な言葉に、わたしは首をかしげる。

「ケンカって……誰と? そんな怪我負わせる人、思い浮かばないけど……ベルもいないし」

ポケセンを見回して、金髪の幼馴染を探してみたけど、その姿は見当たらなかった。……トウコが今、幼馴染やポケモンたちとケンカをするとは到底思えない。

それにトウコがケンカをする時は、いつもきちんとした理由があった。小さい頃からそうだ。大事な存在が傷付けられたとか、大切にしているものを無下にされたとか。その背景には絶対誰かの姿があった。いつだって勇ましさと愛情深い想いが同居している。
サンヨウに共通の知り合いはいないし、プラズマ団は昨日会ったばかりで何かするとは思えない。だというのに、当のトウコは話しづらそうに沈黙していた。

「まさかベルに何かあった!?」
「違うよ! ベルは大丈夫!!」

トウコは言って、それから「そうじゃなくて……」と口ごもり、そして口をつぐむ。視線が落ちて、キャップのツバがトウコの顔に影を落とした。

「……ごめん。無理に聞こうとして」
「いいのよ、それは別に……心配してくれてるんでしょ」
「うん……わたし、トウコたちに何かあったら嫌だよ」
「……あたしも同じ。みんなになんかあるのは嫌」

なんと言葉を続けたらいいのか分からなくて、わたしは黙って救急箱をしまう。
心配そうに顔を覗き込んだアオイとシグレを、トウコは優しくなでてくれた。

「……飲み物買ってくるね。何がいい?」
「ミックスオレ……」
「分かった。アオイ、シグレ。トウコのこと、お願い。トウコ、ちょっとタマゴ抱っこしててもらえる?」

トウコは黙ってタマゴのケースを受け取る。わたしは鞄だけ持ってその場を離れた。
少し距離ができたところで振り返る。トウコの背中からは、なんとなく苛立ちと悲しみが感じられるような気がした。


飲み物を少し余分に買ってトウコのところへ戻ると、チェレンとベルが戻ってきていた。トウコの様子は変わらず。

「ただいまー。3人ともありがとう。チェレンたちはお疲れさま。どうだった?」

トウコにミックスオレを渡しながら聞くと、チェレンは満足そうに頷いた。

「勝てたよ。みんな頑張ってくれた。今はポケモンたちを診てもらってるところさ」
「そか、おめでとう! ベルは? トウコと夢の跡地に行くって言ってたよね」

「……あ、これ、みんな良かったら飲んで」と付け足しながら、余分に買った飲み物をテーブルに置く。
みんなが飲み物を取るのを尻目に、わたしはトウコからは預けていたタマゴを受け取る。ソファはトウコの隣が空いていたので、そこに座ることにした。

「えっと……あたしはムンナをゲットしたよ! それから、ポカちゃんたちのレベル上げもしっかりできたからジムもきっと大丈夫」
「そう、順調そうだね。よかった」

アオイとシグレが選んだドリンクにそれぞれポケモン専用のストローを差しながら、わたしからもざっくり報告。

「わたしも軽めの特訓……と、それから、ミジュマルとヨーテリーにニックネーム付けたの。改めて、よろしくね!」
「あ、そっか。向こうでもポケモンに付けてたんだよね」

チェレンの言葉に頷く。ジョウトとかで出会いがあったポケモンにも、わたしはニックネームを付けていた。
今回は少し悩んじゃった、とちょっと照れくさく感じながら話す。そして、「アオイ」と「シグレ」というニックネームを付けたことを3人に伝えた。

「タマゴのポケモンにはまだ付けてないの?」
「どんなポケモンが生まれてくるんだろう? なんだか見覚えある柄だけど……」
「この模様はゾロアだよ。性別が分からないから、まだ付けてないの」
「そか、元気に生まれてこいよ、ゾロアー!」

トウコはケースに触れ、声をかける。その手に見えた赤い線に、思わず反応する。

「トウコ、指にも切り傷あるよ」
「あ、ほんとだ。でも大したことないよ。絆創膏貼っとくし」
「……ちょっと。あえて触れなかったけど、その怪我、どうしたのさ?」
渋い顔でチェレンが問いかける。ベルは俯いて、トウコが再び口を尖らせた。

「なんでもないよ。顔面から派手に転んだだけ」
「運動神経も反射神経もいいトウコが?」
「悪くなる時もあるのっ」

トウコがムッとして言い返した瞬間、ふいにポケモンの回復終了のアナウンスが流れる。チェレンが預けていたツタージャたちだろう。

「……そう。それじゃ、そういうことにするよ」

チェレンはどこか慣れたような、それでいて諦めたような様子で、でもトゲを含んだ話し方をする。そして空いた缶を片手に立ち上がった。

「それじゃ、僕は先に行くよ。シッポウシティを観光したいし。コハク、飲み物ありがとう」
「あ、うん……じゃあね」

スッキリとしない感覚を残した状態でチェレンを見送る。残ったわたしたちの間には重い空気。

「ご、ごめん、わたし一言余計だったかも」
「いや、あれ、遅かれ早かれ聞かれてたよ」
「だよねえ……」
「……もしかして、この5年間にもこんな感じのことあった?」

わたしの質問にトウコが重いため息をこぼす。……答えはイエスらしい。

「……プラズマ団なの」

少しの沈黙のあと、トウコがこぼす。

「え?」
「このケガ。……あいつら、今度はムンナに乱暴なことしてたのよ。ムンナが出す『夢の煙』を狙ってた」
「だからトウコが止めようとしてくれたんだけど、プラズマ団と取っ組み合いになっちゃって……その時に野生のムシャーナと、あたしやトウコのポケモンのおかげで助かったの。昨日と違う人だったよ」
「うそでしょ、昨日の今日で!? 仲間に起きたこと、知らないのかな」
「そう思うでしょ!? チェレンにも話したら、あいつストレスで禿げるかもって思って」
「チェレンはちょっと考えすぎちゃうでしょう? だから言わないでおこうってトウコと決めたの」
「うん……それで良かったと思う。さすがに全部把握しちゃったら、胃に穴空く気がするよ。わたしもそれは避けたいな」

でしょ、とトウコは首肯して、軽く手を叩いた。

「これでこの話は終わりね。ベルと2人だけの秘密にしようかと思ったけど、話したら少しスッキリしたわ! サンヨウを出る前にコハクに会えて良かった」

立ち上がったトウコにつられて、わたしたちもポケセンをあとにできるよう片付けを始める。

「どういたしまして。わたしはこれからジムに挑むから、少し会えなくなっちゃうね」
「あたしもサンヨウジムは今からだよ。トウコ、シッポウシティでも頑張ってね!」
「うん! ありがと、先に行ってくるわね!」

バッグを背負い外へ駆け出して行ったトウコを見送って、わたしはアオイとシグレをボールに戻すと、ベルに向き合った。

「それじゃ、行こうか? サンヨウジムに!」
「うん! レッツゴー! ……だね!」


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