Chapter.5-1




人は死んだら、こういう場所にやって来るのかと思った。真っ白い天井に丸い電気がいくつかついていて、なんか全体的に殺風景で静かで、ふうん、こういう場所にやって来るんだって。

程なくして、ここが病室なのだと分かった。俺はベッドで寝ていて、左右を見ればカーテンで仕切られた他の誰かのベッドがある。
それから自分の体を見てみる。右腕と右足は包帯で固定されていて動かない。動かそうとすると痛い。痛いと感じるということは、死んでないということだ。…俺は、生きてんのか。左腕は動かせることに気づいて、自分の頭を触ってみる。額に一箇所、ガーゼが貼ってある。後頭部が痒くてかこうとしたら、ちょうど包帯が巻いてあってかけなかった。
「……」
段々と思い出した。俺、事故ったんだ。キーくんのバイクで走ってたら車とぶつかって、そのままバイクごと吹っ飛んで。
…バイクはどうなった?あの時からどんくらい経ってる?ここはどこの病院で、俺はどうやってここに来たんだろう。
周囲を見渡すが、ベッド横のサイドテーブルにはあの時ポケットに入れていた財布しか乗っていなかった。程なくして病室の壁に時計がかかっているのを見つけ、時刻だけ知ることができた。4時半。部屋も窓の外も明るいから、午前ではなく午後なんだろう。
左肘を支えにして上体だけ起き上がる。右側の背中がつったように痛くて、ここもきっと事故った時に打ったんだと思った。でも息は普通に出来るし、意識もしっかりしてる。生きてる。俺、死ななかったんだ。終わったと思ったけど、死んでなかったんだ。
少しして看護師が部屋に入ってきた。看護師は俺が起きているのに気付くと少し驚いて、それから軽く頭を下げた。
「稲田さん。おはようございます」
「…おざす」
「もう体を起こせるんですね。事故に遭われて、昨日の夜救急で運ばれてきたんですよ。覚えてらっしゃいますか?」
看護師の言葉で、今は事故から1日経っているのだと理解した。そっか、たった1日。もっと長い時間経っているのかと思った。
「…はあ」
「通行人の方から119番に連絡があって。どうですか?体は痛みますか?」
「はあ、いや…まあまあ」
「でもはっきり話されてますね。良かった。頭は軽く打っただけだったみたいで、大丈夫だろうって先生が…。あ、ごめんなさい、また後で詳しくお話しします。ちょっと待っててくださいね」
看護師は時計をチラリと見て少し慌て、そこで話を遮った。タライと布巾が乗った作業台を押しながら、俺の奥のベッドへ進み「○○さん」と声を掛けそっとカーテンを開ける。隣で、看護師とじいさんの会話がなんとなく聞こえた。
「……」
窓の向こうに見える空が、夕日に染まっている。少しだけ窓が開いているのか、時折カーテンが揺れた。遠くで車のバックする音や飛行機が飛ぶ音がする。嘘みたいに穏やかだった。自分がここにいるのが、なんかの間違いなんじゃないかと思うほど。

それから数十分後、俺が起きたことをさっきの看護師が知らせてくれたんだろう、担当医と名乗る医者がやって来て事故の時の俺の様子や手術の内容を教えてくれた。右足と右腕は骨が折れているが、それ以外は軽傷だったらしい。処置も無事に終わっていて、数週間後には退院できるだろうということも。
「正面からじゃなくて、こう…多分横から当たって横転したんだと思います。事故の衝撃でというより、バイクの下敷きになって骨折した感じなので、命に関わるような状態ではなかったですよ。良かったですね」
「…はあ」
「えーと、そうだ。ご家族の方には今朝連絡をしまして。数時間前にいらっしゃってたんですけど、もう帰られましたかね。お話できました?」
医者の言葉に一瞬体が固まる。…親父が、来てたのか。
「…や」
「そうですか。また日を改めていらっしゃるかな。ゆっくりお話してください」
「…はい」
「また経過を伺いに来ますね。この後夕飯の時間なんですけど、食べれそうだったら食べてください。片手だから、ちょっと大変かもしれないけど」
医者は最後に笑って、それから席を立った。
俺は一人残され、ベッドの上で色々なことへ思考を巡らせた。考えたくないのに、それ以外にできることがない。

親父はどんな思いでここに来たんだろう。どんな気持ちで、ベッドの上の俺を見たのか。想像して、そしたら消えたくなった。呆れただろう。心底見損なっただろう。怒りさえ湧かなかったかもしれない。…会いたくないな、どんな顔をしたらいいのか分からない。ほんとに、分からない。
また逃げたくなって、だけどもう自由に動かせないこの体じゃここから逃げ出すこともできないんだと分かった。
会いたくない。会いたくないよ。もうやだな、なんで俺くたばらなかったんだろう。
キーくんのバイクはどうなったかとか、あの時の車はあのまま逃げたのかとか、クレさん達にはもう知られているのかとか、いろんな考えが頭をよぎったけど、でも何より頭の中を占拠したのは親父だった。
そっか、そうだよな、家族ってこういう時一番に連絡が行くんだ。顔合わせてなくても、どんだけ遠くなったような気がしてても、親父は俺の父親で、俺は親父の子どもなんだ。
やだな、ほんとにやだ。いつでも逃げられる気でいたけど、違うじゃん。逃げらんないじゃん。全然逃げらんないじゃん。
無性に煙草に縋り付きたくなって、だけど今はそれすら無理なんだと知って絶望した。だってベッドから抜け出すことさえできない。なんにもできない。
事故に遭う前まで、バイクに乗ってれば逃げれるとか本気で思ってた。俺は俺を手放せるって、自分から逃げ切れるって。
バカだな。ほんとにバカだ。なんでそんなこと思ってたんだろう。考えることをやめた脳みそはどこまでもおかしくなって、やっぱまともじゃなくなるのかな。

「……」
左手の人差し指と中指を立てて口の前に当てる。息を吸い込む。そこに、煙草はない。だから、吸えないんだってば。考えるより先に動いた手と肺に自分で呆れて、思わず笑いそうになってしまった。マジで馬鹿じゃないの。それしかないの、お前。
…そうだよ、これしかない。これしかなかった。吸わせてよ。今すぐ誰か持ってきてよ。頭おかしくなるよ。なんか考えてたら頭おかしくなるから、ねえ早く誰でもいいから持ってきてよ。
否応無しに巡ってしまう思考を止めたくて、思わず叫びそうになった。やだよ。怖い。今すぐ逃げたい。
人差し指と中指の間の隙間に縋り付くように、俺はまた強く息を吸った。いくら吸い込んでも目を瞑って呼び起そうとしても、それは当たり前のように、なんの味もしない。




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