Chapter.3-7





「……」
数秒後ゆっくりと唇を離したが、とーこさんも俺もそれだけでは終われなかった。お互い、そんなことは最初から分かってる。とーこさんの手が俺のスーツの生地をそっと掴むから、俺はそれを解いて代わりに自分の指を絡めてやる。
「…もっとしてもいい?」
「……」
とーこさんは困った顔で、だけど頷く。ソファーの背もたれにかけていた腕をとーこさんの肩へ移動させ、それから抱き寄せる。
もう一度唇を繋げる。とーこさんは抵抗しない。絡んだ指の一つでとーこさんの掌をくすぐると、彼女の手が分かりやすく震えた。それが嬉しくて、可愛らしくて、俺はキスをしながら彼女の掌を指の腹で緩くこすり続けた。
「…ん、ん…」
息継ぎの僅かな合間を縫うようにして、とーこさんの可愛い声が漏れる。もっと責めたい気持ちを駆り立てられた。唇の隙間を狙ってゆっくり舌を突き出す。とーこさんは少し驚いたようだったが、それでも俺を拒むことはなかった。
とーこさんの口内に舌を這わせる。彼女の舌や歯、唇を舐める。舌を動かす度に唾液が掻き回されて音を立てた。
「…ん、ぁ…」
とーこさんも俺につられるようにして、段々と舌で応え始めてくれた。舌を繋げたまま薄目を開けて彼女を盗み見る。口を開けて俺の舌を乞うとーこさんは煽情的だ。興奮した。
「…とーこさん」
とーこさんの口の端から溢れた唾液を舐めとって名前を呼ぶ。とーこさんはゆったりと瞼を持ち上げ、言葉の続きを待つように俺の方を見た。
「こっち触りたい」
繋いでいた手を解いて、とーこさんの足の付け根、その間を、服の上から撫でた。
とーこさんは俺の顔と、下半身に置かれた俺の手を交互に見て、慌てた様子で「だめ」と言った。
「…だめ?」
「だめだよ、だって、そんなの…」
とーこさんの言葉尻が弱々しく途切れる。だめと言いながらとーこさんは俺をじっと見つめている。ああ本気の拒否ではない。少しだけ笑うととーこさんはさらに困った顔で「だめ」と繰り返した。
「ほんとにだめ?なんで?」
尋ねながらゆっくり、スカートの裾から手を侵入させる。薄手のタイツの上を、俺の手が登っていく。
俺はクズだから。どうしようもねえバカだから。そうやって唱えるだけで躊躇なんて消えてく。手前勝手に諦めて、匙を投げて、こうやって自分以外の誰かに容易く手を伸ばすのだ。
ねえとーこさん、俺クズなんだよ。ごめんね。
「だめ、ほすけくん」
「ん?そっか、だめかぁ」
適当な相槌を打ちながらそれでも俺は手を止めない。タイツは太腿の途中までしかなかった。てっきり腰まで続いているものだと思っていたから嬉しい。足の付け根だけ露わになっている素肌を、堪能しながら撫でる。
「だめ…」
とーこさんの、もう意思を特に持たないその二文字を聞きながら下着を触る。薄い生地だ。上下に指を動かすと段々と湿った感触がしてきた。
「あ、あ、だめ…あ」
「…んー?」
耳元で尋ね返すように言いながら、俺は指の力を少しだけ強くする。とーこさんの下着はもっと濡れて、内側に貼り付いて、性器の形を俺の指先へ正確に伝えた。
「や、やぁ…あ、あん、あ」
とーこさんの微かな喘ぎ声が溢れる。周りに聞かれないようにと思っているのか、とーこさんは自分の口元を手でしっかりと塞いでいた。でもそんなの気にしなくていい、奥まったこのテーブル席は通路からも遠く、誰かに気づかれてしまいそうな気配はまるでない。薄暗さは俺たちの姿を程よく隠していたし、店内に流れるBGMはとーこさんの小さな声などいとも簡単に包み込んでいた。
とーこさんの耳に唇を這わせながら、ゆっくり下着の中に手を入れる。とーこさんは僅かに首を横に振って、だけど俺の手を払いのけるようなことはしなかった。
割れ目に沿って撫で、中指を間に割り入れる。クリトリスをそっと触るととーこさんの体は分かりやすく震えた。
「やっ、あ、ぁ…」
とーこさんはもう、ぬるぬるだった。滑るように指を動かしながらとーこさんの反応を伺う。口を抑え薄目で喘ぐとーこさんは色っぽくて、もっといやらしい顔を見せてほしいという欲望が湧いた。
「あ、ぁ…っ、あぁぁ…」
「とーこさん、手、口から離して」
とーこさんは数秒してから、おずおずと手を離した。下唇を力強く噛んで耐えてる様子だったが、俺は噛まれたその下唇ごと覆うようにキスをする。何度か舐めると次第に噛む力を弱め、とーこさんは素直に俺のキスに応じた。
「あん、あ、あぁん…あっ、やあぁ…」
彼女の口から零れ落ちる声に興奮しながら、俺は指の動きを速くする。奥からもっと汁が滲んで、とーこさんはますます濡れていく。
「やぁん、や、あ、あっ、いっちゃう」
キスの合間にそう漏らすから、とーこさんの口の端からは唾液が垂れてしまう。俺はそれを舐めとって「んー?」と聞き返した。
「もういっちゃうの?そっかぁ」
「あ、あん、だめ、いく、いっちゃう」
「いいよ、ほら」
とーこさんの顔を見ながら一層速く彼女のクリトリスを責め立ててやる。聞こえはしないがきっと、俺の指に弄られているとーこさんの性器はグチャグチャとやらしい音を立てているんだろう。とーこさんはひっきりなしに喘いで、細い足に力を入れた。
「や、あん、あんっ、もういっちゃう、いくいくっ…や、あ、あああぁ…」
体を震わせながらとーこさんはいった。何かに捕まっていたくなったのか俺のスーツの襟をしっかりと握って、小さく喘ぎ続ける。余韻は長く、いった後もしばらくは下半身がビクビクと動いていた。
「あ、ぁ…」
とーこさんがぼんやりとした瞳で自分の下半身を見つめる。スカートの裾をまくられ、少しだけ足を開かされて、下着の中に手を入れられているとーこさんの姿ははしたなくて良い。
俺も随分前から勃っていた。入れたい。入れて、ちょっと乱暴に動いて、この人をもっと喘がせたい。
「……とーこさん」
そっと名前を呼ぶが返事はない。下着の中から手をゆっくりと引き抜いてスカートの裾を整えてやる。
彼女の顔を見ると、どうしてか泣いていた。俺は驚いて「どしたの」の尋ねる。そんなに無理強いをしてしまったのだろうか、羞恥で泣いているのかとも思ったが、違う。とーこさんの表情にはやりきれない悲しみのような感情が浮かんでいる。
「………私、恋人がいるの」
「……」
へえ、とか、そうなんだ、とか、何か相槌を打てば良かった。だけど俺はとーこさんの言葉に一瞬面食らってしまって、咄嗟に言葉が出なかった。
「…彼が、私を大事にしてくれないから、だから私…悲しくて、悔しくて、彼と同じ方法で彼を大事にすることをやめてやろうって」
とーこさんは両目からぽろぽろと涙を流して思いを綴る。俺はただ聞いていた。彼女の隣で、身を寄せたまま、動けないまま。
「でも気分が晴れない。ほすけくんごめんなさい、私、彼を大事にしない自分のことを、どんどん嫌いになってくの。苦しい」
とーこさんの涙が彼女の膝の上に落ちて、スカートの生地に小さな丸を描く。俺はただその様子を、ぼんやり見ているしかなかった。
「…ほすけくんは、はなから私に興味がなさそうだったから、いいなって思ったの。この人とならお互い悲しい思いもしないだろうなって。優しくされたり、大事にされることもないだろうって」
「……」
頭を殴られたような感覚だった。笑ってしまう。俺は今一丁前にショックを受けたのだ。
「…私、ほすけくんのくれる言葉が嬉しかった。…でも安心もしたの。この人とこれ以上深い関係になることは、きっとないなって」
「……へー」
とーこさんは最初から、俺のことを好きなんて思っていなかった。利用する気で、俺に微笑んだ。俺の本質を見抜いて、クズだってちゃんと分かって、だから、俺を選んだ。
「ごめんね、ほすけくんは私が望んでた対応をちゃんとしてくれてたのに。勝手に苦しくなって、こんな風に泣いてごめんなさい。…もう会いに来ないから、安心してください」
とーこさんはカバンの中からハンカチと財布を出して、まずハンカチで目元を拭いてから財布を開いた。その中から万札を二枚、テーブルの上に置いて「これ、良かったら」と言った。
「……」
とーこさんの心の中には最初から俺など欠片もいなかった。恋人への憎しみと、愛しか。想いなど何一つ込められていない空っぽの二万円は、ただテーブルの上に無言で置いてある。
「…足りないかな…」
とーこさんがもう一度財布から万札を取り出そうとしたので、俺はやっとの思いで声帯を動かす。
「いらない」
「…でも」
「いらないよ、なんも」
ちゃんと、何でもないことのように言わなければいけない。それが俺の役目なのだ。だって俺はさっき「俺になんかできることある?」と、自分から彼女に聞いたんだから。
「俺からなんもあげてねーし、俺もなんももらわなくていーよ」
笑って「ね」と言うと、とーこさんは少し寂しそうに、でもほっとした様子で笑った。安堵する彼女の顔にどこかがギシリと音を立てたような気がしたが、分からない。ただの気のせいだったかもしれない。
「うん。…でも、これはここに置いておくね。もらってくれたら…嬉しいな」
そうしないとすっきりしないんだろう、だったら受け取ることも俺ができることの一つだ。手切れ金として渡された二万円を、俺は「じゃあ」と言って受け取った。
「…ありがとう、帰るね」
とーこさんはそれだけ言って、躊躇する素振りも見せず席を立った。少し遠くでボーイを呼んで会計をしているのが見える。俺はテーブルに一人置き去りにされ、なんの感慨もないまま二万円をスーツのポケットにねじ込んだ。ボーイがテーブルの清掃にやって来て「おつかれさまでーす」と声をかける。追い出されるようにして俺はソファーから立ち上がった。
「…俺、このままあがるんで」
テーブル上のグラスを片す彼にそう伝えると「うぃーす」と軽い返事が返ってきた。そのまま裏へ移動して、タバコを吸いながらスマホを取り出す。待ち受け画面にはラインの通知がいくつか来ていて、一番上のメッセージはクレさんからだった。
『今日は別場所で初日の女の子の送迎あるんでタクってねー』
何人かに同時送信しているだろうメッセージに既読だけつけ、俺は裏口から店を出る。
外は寒かった。自分の吐く息の輪郭をぼんやり見つめながらタクシーが拾える場所までたらたらと歩く。

寂しいとか、悲しいとか、悔しいとか。そんな感情はもう、どこかに置いてきた。ここには何もない。何もなくていい。俺の中から生まれるものなんて、もう何一つなくていい。
とーこさんから貰った二万円はタクシー代と帰りにコンビニで買ったタバコのカートン二つ分に、溶けて消えた。





←prevBack to Mainnext→






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -