Chapter.2-1



自暴自棄みたいになってた。自分でもそういう自覚はあった。でもそれを誰かに気づいて欲しかったとか、何かへの当てつけのつもりでやっていた訳じゃない。
ただ、かったるかった。なにか大事なものと俺はきっと向き合えてなくて、それと向き合わなきゃいけないんだろうなとは薄々わかっているのに、だけどどうしてもそれが億劫で、やりたくなくて、だから見ないようにしてたんだと思う。

大学一年の前期の途中で、ひろに「別れてほしい」と言われた。
それを言われる数ヶ月前から、ひろが何かを言い淀んたり考え込んだりしていることがあって、俺はそれに気づいていたけど何も言わないでいた。なんとなく、その蓋を開けたら楽しくない話が始まるんだろうなと思って、だから目を逸らした。
ひろは俺に告げる時、何回も「ごめんね」と繰り返した。それから「好きじゃなくなったわけじゃない」ということと「今まで本当に楽しかった」ということを、言葉を変えながら、何度も俺に伝えた。

ひろとは高校二年生の夏頃から付き合い始めたから、別れを切り出されたのはそれから一年半くらい経って、ということになる。
その一年半の間、毎日ずっと、俺は本当にひろのことが好きだった。多分ひろも、俺の自惚れじゃなければだけど、俺のことを好きでいてくれてたと思う。
別れを切り出された時、真っ先に「なんで」と聞いた。ひろはその問いに「一緒にいると、どこかがボロボロになっていく気がする」と答えた。
俺は短気だ。売られた喧嘩もすぐ買う。怒ると言葉は乱暴になるし、それに加えてガサツで面倒くさがりだ。
ひろが言ってるのはそういう部分のことなんだろうか。
けど俺は、ひろに怒りをぶつけたり喧嘩をしてあたったりしたこともない。それからひろは俺のだらしないところに時々困った顔はしてたけど、それでも本気で嫌な顔をされたことなんて、なかったように思う。
…いや、きっとどちらも違うんだろう。ひろが俺と別れようと思った理由は、そういう部分じゃない。

「どこ直したらいい?直すよ」
「ううん、違う。ほ、穂輔くんは悪くないよ」
「いや言ってよ。直すっつってんじゃん」
「違うよ、私が弱いからいけないんだ。ほ、穂輔くんじゃない」
「なんなの、そんなんで俺が分かりましたって言うと思ってんの?」
「うん、そ、そうだよね。ごめんなさい」

ひろの言う言葉が、一つも理解できなかった。一年半も一緒にいて、今もこんなに好きなのに…おかしいよな。俺はその時本当に何一つ分からなかったのだ。
そして、分からないことにイライラした。嫌いになったんじゃないなら、なんで別れるとか言い出すんだよ。納得できる理由をちゃんと言えよ。
その苛立ちを何とかひろ自身にぶつけないよう気をつけながら、俺はひろの手を取る。

「別れたくないんだけど」
「…」
「俺、ひろが好きなんだけど」
「…」
「ねえ、やなんだけど」
俺の言葉にひろは答えなかった。伏せていたひろの目に、どんどん涙が溜まる。なんだよ、まるで俺がいじめてるみてーじゃねえか。
「…泣きてえのはこっちだよ」
呟いたどうしようもない本音は、吐き出した後その格好悪さに気付いてみっともなく真下に落っこちていった。ひろの思いを汲み取ってやれないくせに、こんな言葉は平気で投げつけるんだ。自分が最低な奴に思えた。

「…ほ、穂輔くんに、大事に、さ、されてないんじゃないかって」
やっと口を開いたひろの、その言葉に俺は心底驚いた。
「ずっと…ふ、不安があって、そ、それが消えなかった」
「…」
「ごめんなさい…消えなかったです…」
大事にされてない。ひろが言った言葉を頭の中で何度も再生する。俺がひろを、大事にしてない。…なんで?どういう時に、どういう風にしてそれをひろは感じたわけ?
「俺の気持ちが信用できないってこと?」
「そ、そ、そうじゃないよ」
「は?じゃあなんなの」
「…ほ、穂輔くんの気持ちは、いつも、ちゃんと伝わってたよ」
「じゃあ何で不安になんの?わかんねえよ、ちゃんと説明してよ」
伏せられたひろの顔を強引にこちらに向かせ、その目を見つめる。
ひろは、泣いていた。まっすぐ頬を滑り落ちる涙をそのままにして、ひろはその軌道と同じまっすぐさで俺を見ていた。
「す、す、好きだと思ってくれてるのは、わかるよ。だけど、大事にされてるかは、今も分からないです」
「…」
もう俺は、何も問いただせなかった。ひろの言ってることを理解したからじゃない。ひろの声と目にあまりにも迷いがなくて、それにたじろいでしまったからだ。

「…あ、そう」
わからないまま、貰った言葉を受け取る。握っていた手を解いて頭を乱暴に掻いた。ひろの言葉を繰り返しなぞるが、それでも俺の頭はまるで遮断するように、その言葉の意味を欠片も噛み砕こうとはしない。
「…わかったわ」
ああ、今の言い方はひどいなと自分でも思った。捨てるように、吐くようにして放り投げてしまったのだ。
だけどひろは俺を責めない。涙を手の甲で拭いてから「今までありがとう」と、最後にそれだけ言って、俺に頭を下げてみせた。

それから、今までは当たり前のように隣にいたひろがいない生活が始まる。
今日こんなことあってさ、とか、今度の休みはどこ行く?とか、○○のCD買ったから一緒に聴こうとか、あれ美味しかったまた食べようとか、会いたいとか好きとかおやすみとかおはようとか、それら全部を伝える相手がいなくなって、俺は馬鹿みたいに途方に暮れた。
開いた穴はでかすぎて、それが一体どれくらいの大きさなのか自分ではよくわからない。分かってしまったらいよいよ自分の足で立ってることもできなくなりそうで、怖くて、だから俺は考えるのをやめた。

考えるのをやめる、というのは、物凄く簡単なことだった。





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