Chapter.1-5





俺の手元にスマホが戻ってきたのは、俺が病院に運ばれた翌日のことだった。
液晶画面はバキバキだし裏側も擦り傷だらけで、これはもうさすがに起動しないんじゃねーかと思ったけど、よかった、なんとか起動と操作はできた。(画面の上側三分の一は真っ黒で見えなくなっていたけど)

スマホと荷物を届けに来てくれたのは、連中のうちの一人の、その彼女さんだった。顔は何回も合わせたことあるのに咄嗟に名前が出てこなくて、やばいド忘れしてしまったと思い焦る。
取り敢えず頭を軽く下げたらその人は片手を上げて「よ」と言って丸椅子に座った。

「…生きてて良かった。ほんと」
「……はあ」
「痛い?…よね。だいじょぶ?…いや、だいじょぶじゃないか」
いつも連中といる時は、もっと明るい感じの人なのに。病室の中、俺に話しかけるその人は俯きがちで、いつもよりだいぶ声が小さい。
「…だいじょぶっす」
そう答えるのが一番いい気がした。実際、動かさなければ痛くないし、怪我も大層なもんじゃない。
運が良かったと思う。転倒した瞬間のことを思い出して、今こうやって普通に息をしてるのがすごいことのように感じた。
映像が、フラッシュバックする。
ああ死んだな。あの時そう思った。誰もいない夜の道、真っ暗な世界の中に一人取り残されたような気がした。音も映像も、何もない。意識が遠くなっていって、ああこのまま俺は死ぬんだなと悟ったのだ。

「……もうあいつらとつるむのやめな」
自分の足元に視線を落としたまま、彼女はそう言った。
「ホスケがこんなことなってんのに、一人も見舞いに来ないじゃん」
「…まあ、でも別に…自分で勝手にコケただけなんで」
「でも心配くらいするでしょ普通は。…責任だってあるよ、あいつらがホスケに色々教え込んだんじゃん、なのにさ…。こんなのおかしいよ、仲間じゃない」
「……」
俺も、仲間ではないと思う。俺がそう思うように、あいつらも誰一人俺のことをそんな風には思っていなかっただろう。だから俺は誰かを責める気もないし、あいつらが責任を感じていないことにも腹は立たなかった。

「…えっと、バイク弁償するんで。キーくんにちょっと待っててって、伝えといてもらえたら」
「いい。あれ超ボロかったし、もう捨てて買い換えるって言ってたから。そんなん気にしなくていい」
俺の言葉を遮って彼女はそう言った。目が合った彼女は、怒りを噛み殺すような顔をしていた。
「…私も、もうあいつらとつるむのやめる。キーに誘われてももう行かない」
「…そーすか」
「…だからアンタとも、今日で多分バイバイだけど」
「…はあ」
なんと返せばいいか分からなくて、俺はまた困る。
そういえば昔、この人と一緒に買い出しでコンビニまで歩いたことがあったな。あの時は二人きりでどんな話をしていたっけ。こんな気まずかった筈、ねーんだけどな。

「…これ、届けてくれてあざした」
そういえばお礼を言ってなかったと思い出して頭を下げた。彼女はぶっきらぼうに「どういたしまして」と言って、その後はまた黙ってしまった。
「……」
二人で沈黙を持て余す。気まずいまま、なんとなく足に巻かれた包帯を見つめていたら、サイドテーブルに乗せておいたスマホが震えた。
「電話?」
「や、メール…」
俺はそう言いながら画面に表示されてる名前を見て、スマホへ伸ばしかけた手を動かせなくなった。
古手川ひろ。画面にはそう表示されていた。

「…どしたの?」
俺の変な間を不自然に感じたんだろう、彼女はこちらの様子を伺うようにしてそう尋ねた。
「……なんでもないっす」
そのままスマホを裏向きに置いて、テーブルの上に戻す。メールを開く気にはなれなかった。目を瞑り、暗闇の中に浮かんでくる送信者のフルネームを何処かへ追いやろうと、俺は少しだけ頭を振った。
「……スマホ、壊れてなくて良かったね。絶対点かないと思った」
「ああ、そうすね。俺も絶対無理だと思った」
「タフだね」
「そうすね」
「…」
「…」
またお互いに言葉をなくして、少しの間黙った。

「…じゃあ、あたしこの後仕事あるんで。もう行くね」
先に口を開いた彼女はそう言って、足元の鞄を肩にかけ、それから立ち上がる。
耳からこぼれた髪の毛を直す仕草を見ながら、俺は「あ」と声が出た。この時やっと、彼女の名前を思い出したのだ。
「こずえさん」
「なに?」
思い出せたはずみでつい呼んでしまっただけだったので、聞き返されて戸惑う。
どう言葉を繋げようか慌てて考えるが、いいセリフが思いつかなくて、だから仕方なく「お疲れっした」と言った。するとこずえさんは、ここに来てからようやく初めて笑った。
「仕事これからだっつの。まだ疲れてないわ」
つっこまれて、俺も笑う。
「間違えた。あざした」
「あは。うん、じゃあね」
「うす」
こずえさんは軽く手を振って、それから病室を後にした。…親切な人だな。俺のスマホと荷物を持って、わざわざ電車に乗りここまで来てくれたんだ。最後に、その背中に向かってもう一度「ありがとうございました」と、心の中で頭を下げた。

こずえさんの姿が見えなくなってから、俺はふと、もう一度テーブルの上のスマホに目を向ける。
迷惑メールや勧誘なんかのDMが増えすぎて煩わしくなり、メールもラインもずっと放置していた。通知バッジの未読数を知らせる数字は、どちらも1000を超えている。もしかしたらこの中には他にも、知っている人からのメッセージがあるのかもしれない。

…俺、いつからこんな風になったんだっけな。高校の奴らや昔働いてたバイト先で知り合った人たち、一人一人のことを思い出して、その度に心の中の倦怠感が増していく。
誰にも会いたくないと思うのは、好きじゃないから、じゃない。俺が俺のことを、きっと、誰にも見せたくないからなんだろうと思う。

タバコ吸いに行きてーけど、この足で歩いて喫煙所まで行くのはかったるいだろうなと思い直す。
薄い水色の患者服と白いシーツ。右の裾から覗く手首の刺青が、その色合いの中でやけに浮いて見えた。
へんなの。なんだかひとりぼっちに思えた。





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