Chapter.2-2




それからは大学に行くのもかったるくなって、出席日数が危ない講義の日以外は家でダラダラ過ごすことが増えた。
とりあえず煙草を吸って、とりあえず缶ビールを空けて、CDを爆音でかけて一人それを聴く。
高校卒業と同時に、数年続けていたバイトを辞めていたから俺は金欠だった。親父は学費を払ってくれ、毎月少しの小遣いもくれていたが、それもほとんどが煙草と酒に消えていた。親父に金をせびることはさすがにできなかった。
親父は仕事が忙しくて家を空けていることが多い。それをいいことに大学を休んで家で時間を浪費してる自分に、さすがに負い目を感じていた。

そういえば明日は単位が危ない講義がある日だ。とりあえず大学に行かなければ。そんな風にして、まるで気まぐれのように大学に通う。このままじゃ良くないとは分かっているのに、それを立て直すことが今の自分にはできない。楽しみややりがいのない毎日は消費と浪費の繰り返しだ。俺の目には日々が灰色一色に映っていた。

ひろと別れてから半年と少し。考えることを手放したまま、俺は大学二年生になっていた。

コマの間が空く時は大抵、校舎内の喫煙所で煙草をふかす。その日もいつものようにipodの中の曲をヘッドホンで聴きながら煙草を消費していた。
煙草が切れたので新しいものを買おうと自販機の前で財布を開く。けれど中には300円しか入っていなくて、俺は思わず舌打ちをした。
くそ、ついこの前5000円札を崩したばっかりなのに。何にそんな金使ったんだろ俺…いや、煙草と酒か、そうだった。
次に親父に小遣いを貰う日は一週間くらい先だ、それまで煙草は吸えそうもない。耐えられるだろうか、いや自信がない。何か手っ取り早く金を得られる方法はないか、考えるけれど特に方法は思い浮かばず、もう一度を舌打ちをした瞬間、後ろから誰かに声をかけられた。
「アメスピっしょ?買ってやろっか」
振り返ると茶髪の男がそこにいた。知らない奴だ。きっとここの学生ではあるんだろうけど、俺はその男の顔は勿論、名前や学年も知らなかった。
「…いや、えーと…」
買ってもらう義理などないので断ろうとするが、男は俺の言葉を待たずに自販機に500円を投入し、俺がいつも吸っている銘柄のボタンを押した。
「ほいどーぞ」
「…どうも…」
新品の箱を受け取って、とりあえずお礼を言う。男は気に留めず灰皿の方へ移動して自分の煙草に火を点けた。
「困ってる時はお互い様っつーことで」
「…はあ…」
「たは、先輩の受け売りなんだけどねコレ」
男はニッと笑って煙草を美味そうに吸い込んだ。
どうして俺の吸っている銘柄を知っているのか、そもそも何故見ず知らずの奴に煙草を買ってやろうなんて思ったのか。分からないことばかりだったが、最近は物事に対してすっかり考えることがが億劫になっていた、そのせいだろう。この時も俺は深く考えずに煙草の箱のフィルムを開けたのだ。
「きみの事よく見るんだよここで。一年?」
茶髪の男は俺が煙草に火を点けるところを見てから話し始めた。
「…二年す」
「へー、俺ね、今五年生」
「そうなんすか」
「うん、ちょっと今年も卒業できるか怪しいけど。や〜遊び過ぎたかな」
「……」
特に聞きたいこともないので黙って煙草を吸っていると、男は笑った顔のまま俺の方を見た。
「ね、イケメンだね」
「…は?」
「彼女いる?」
「……」
「いや、いるか。なんか可愛い彼女いそう」
「…いねえよ、なんなんだよさっきから」
唐突に振られた話題に腹が立ち、不快を隠す気もないまま答えた。すると男は「たははごめんごめん」と、全く悪気がなさそうに謝って笑った。
「じゃあ今フリーなんだ、ふーんそっか、ほ〜」
「…」
男が何を言いたいのか分からない。触れられた内容も苛々する。この一本を吸い終わったら少し早いけどここから移動しよう。そう思いながら煙草を乱暴に吸い込むと、男は短くなった煙草を灰皿の中央に押し付けながら話を続けた。
「メチャクチャ割のいいバイト知ってんだけど、やる?」
「…」
「前借り制度もあるから即金で貰えるよ。日給二万は固いかな。ど?」
「…は?」
男は間髪入れず新しい煙草に火を点ける。男の手の中のラッキーストライクはみるみるうちに短くなって、ああこの人も随分消費が激しい方なんだなと思った。
「試しに1日やってみて、合わなかったらやめてもいいし。ど?」
「…怪しい仕事なんじゃないんすか」
「まー勤務時間は夜だけど。でも怪しくはないかな〜。うん」
俺の心は傾いていた。だって金が欲しい。最近の自分は本当にチェーンスモーカーのようだと思う。嘘みたいに煙草がなくなっていくのだ。
財布の中身と煙草の残りの本数を気にしながら吸うのは煩わしくて、いつも俺をげんなりさせていた。…そういう思いを、しなくて済むようになるなら。
「初日で辞めても、二万貰えるんすか」
「貰えるよ!よっしゃ決まりね、今夜空いてたら一緒に行こ!」
強引とも言える男の返答に、俺は異論を唱えることはしなかった。金が欲しい。だって今の俺には煙草と酒くらいしか、時間を潰せる方法がない。

茶髪の男はそのあと、自分のことを「クレ」と名乗った。本名は結局、今も知らないままだ。
「んーと。きみの名前は?」
「…稲田」
「イナダ?おっけおっけ。下の名前は?」
「穂輔」
「ホスケ?へぇ変わった名前。ホスケね、おっけー!」
クレさんと連絡先を交換した後、先に喫煙所から離れたのはクレさんの方だった。夜の9時くらいに連絡するからと言われ、俺は貰った煙草の7本目に火を点けながら頷いた。


←prevBack to Mainnext→

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -