やった! また減ってる。 体重を見るのが日課となり、食事の量を更に減らしたり、時には食べずに過ごす様にもなっていた。 もっと……減らさなきゃ…… 当初の目的など、いつの間にかどこかへ行ってしまっている事にも、私は気付かず…… 「ナマエ……食事に行こう?」 「あ、後から行くから、先に行ってて」 「ナマエ……ちゃんと食べてね」 「うん、わかってる」 同室の娘が心配してくれている事にすら、気付く筈もなかった。 そんな事を続けていれば、体力が落ちて当たり前……疲れやすく、朝起きる事が辛くなったけれど、私の頭の中には痩せる事しかなくなっていた。 暑いな…… 普段汗をかかねぇ俺でも、今日は暑いと感じる程で、訓練中の皆の顔は辛そうだった。 「休憩だ! 日陰で水分補給しておけ」 昨日は帰りが遅かったから、今日、訓練が終わったらナマエを呼んで菓子を食わせようと思っていた。 だが、朝は居た筈だが、ナマエの姿が見当たらねぇ……? 「オイ、お前の班……ひとり足りなくねぇか?」 「えっ? あ……あれ? た、足りません」 「どこまで覚えてる?」 「最初の森を抜けた時は居ました!」 「わかった、俺が探しに行く。他の班にも、予定通り訓練を続ける様に伝えておけ」 俺はすぐに、来た道を戻った。 通った辺りを探しながら戻ると、岩の陰に足が見えた。 「オイ! 無事か?」 声を掛けて近寄ったが、動く気配がねぇ…… 軽く飛び越せる筈の岩を踏み外し、滑り落ちたのだろうか? 手や顔に擦り傷が出来ていた。 「こんなん……なっちまって……」 ふっくらとしていた頬は、近くで見ると思った以上に痩せこけ、まるで病人の様にも見えた。抱き起こして抱えても、想像していた以上に軽かった。 「やせ……なきゃ……」 うっすらと目を開けたナマエは、そう呟いた。 「何故、そんな事をしなきゃならねぇんだ?」 その問いに答える事も無く、ナマエはまた気を失っちまった。 抱えて戻った俺は、ひとまず救護室に預け、ナマエの同室の奴に話を聞きに行った。そして……やはり、あの雑誌が原因だと知った。 報告の為に団長室に行くと、あの時の二人の記者とハンジも居た。 売り上げがとても良かったと、また俺に取材をさせろと言ってきたが、俺は無言で男の方の胸ぐらを掴み、持ち上げた。 「ちょ、リヴァイ! 何してんのさ!」 「リヴァイ! 止めろ!」 「煩ぇ、コイツ等のせいで……兵士がひとり死にそうな目に遭ってんだよ!」 「それって……」 ハンジがナマエの事かと訊いたところで、男を降ろしてやったが……いつも美味そうに笑って食ってた奴が、食事を減らし、オーバーワークを続け、ここ数日は食事も殆どしていなかった。 「そして、さっき訓練中に倒れた。栄養失調と脱水症状で、放っておいたら死んじまったかも知れねぇと……医者は言った」 そこまで言えば、誰も何も言えねぇんだろう。皆、俯いたままだ。 「王都の菓子を売る店も、客足が途絶えちまったそうだ……影響力があるなら、煽る様な真似はしちゃいけねぇんじゃねぇのか? 他にも数人の兵士が、栄養失調で救護室に来たそうだ」 尻餅をついた男と、口を押さえて呆然としている女を……交互に見た。 「どうしたら……」 男が俺にそう言った。だが、それを考えるのはお前等だろう? と、顔を背けた。 「……そういう事だ、俺は救護室に戻るが問題ねぇか?」 「ねぇ、リヴァイ……もしかして……」 ハンジは「そうなの?」と、珍しく微笑んで見せた。 「……あぁ、どうやら俺は、どんな質素な食事だろうと、笑顔で美味いと言って食ってる奴が好みだったらしい。体型じゃねぇ……」 そう言い残し、急いで救護室に向かった。 「気が付きましたか?」 看護兵……さん? ぼんやりとした視界には、白衣の女性と白い部屋が見えた。 「何で、私……」 「栄養失調と脱水症状で、訓練中に倒れてしまったそうですよ」 「もど……らなきゃ」 起き上がろうとすると、叱られた。お医者さんも来て、死んでしまったかも知れない状態だったのだと言われた。 「何故、こんな事に?」 「痩せたかった……」 「健康診断の記録でも、貴女は太ってはいないと思いますよ?」 「でも……」 「同じ様な身長や体重であっても、体型は個々に違います」 「でも、可愛くなりたかった……」 羨ましかった。平気な振りしてたけど、皆に笑われてるのも知ってた……と、泣き出した私に、看護兵さんは鏡を見せた。 「痩せた貴女は、可愛くなれましたか?」 酷い……顔だった。毎日見ていたのに、こんな風になっていたなんて思わなかった。 「可愛く……ない」 「もう、無理はしないと約束して下さいね」 「……はい」 恥ずかしくて、悔しくて、悲しくて……私は毛布を被って泣いた。 救護室に入ると、カーテンで囲われた中で話しているのが聞こえた。 目を覚ましたのか…… 泣きながら話しているのを聞いて、俺は思った。 可愛くなりたい、か。俺はそうなりたいと考えた事もねぇが、いくら"格好良い"と言われても信じる気にはならなかった。俺はそんなんじゃねぇとしか、思えねぇ。 目付きも悪けりゃ……愛想もねぇ。 俺の魅力は、あるとすりゃぁ肩書きだけなんだろう。俺自身に価値はあるだろうか? 医者と看護兵が出て来て、代わりに俺が入った。 毛布の中で背中を丸めて泣いている……思い出すのは、食堂で笑う姿だが、今は違う。それでも、俺はまた……笑うのが見たいと思った。 ナマエの傍から一旦離れた俺は、医者に菓子を見せ、食わせても良いかと訊いた。 「全く食べていなかった訳では無い様なので、少しなら大丈夫でしょう」 「……わかった」 カーテンの内側に入り、ベッドの横にあった椅子に座ると、ナマエが顔を出すのを待った。 気配が気になったのか、顔を出したナマエは、またすぐに潜った。 「いい加減、出て来い」 「な、何で兵長が……」 「俺が見付けて運んでやったんだ、居て悪いか?」 「そ、そんな事は……」 「顔を見せろ」 「無理です……見せられません」 何度かそんなやり取りをしたが、埒が明かねぇ…… 「命令だと言えば、逆らえねぇか?」 「そんな……」 こんな顔は見せられない……そう言ったナマエは毛布からは出たが、すみませんと言って背中を向けて座った。 「何で、私に構うんですか? バカな奴だって思ってますよね?」 「あぁ、そうだな。お前は大馬鹿野郎だ!」 「……」 「止めてやれなかった、俺はもっと馬鹿野郎だがな」 すると、ナマエは振り向いた。 「何で兵長が……」 「俺は……ずっとお前を見ていた」 「嘘……」 「嘘じゃねぇ、美味そうに飯を食ってるのを……いつも見ていた」 「そんな、知らなかった……」 顔を両手で覆ったナマエに、俺は飯なんてもんは食えりゃ良いとしか思ってなかったと話した。味わって食うなんて余裕も無く、ただ、腹に入ればそれで良かったのだと。 「楽しそうなお前が……羨ましかった」 最後にそう呟くと、ナマエが顔を上げて俺を見た。 「また、笑って見せろ」 持って来た菓子を口元に持っていくが、開こうとはしない。 「俺が惚れた笑顔を……見せてくれよ」 上手く笑えたかどうかはわからねぇが、俺は笑って見せた。 すると、ナマエは小さく口を開いて顔を菓子に寄せた。 「美味いか? お前に食わせようと買って来たんだぞ」 「おいひぃ……れふ」 もごもごと口を動かしながら、また、涙がポロポロと零れ落ちた。 「っ、オイ、泣くな……笑えと言ったんだ……」 そのまま、ゆっくりと笑顔になったナマエを見て、俺はどうして良いかわからず、立ち上がって腹に抱えた。 「早く……元のお前に戻れ……」 それから、確りと食わせて、トレーニング俺と一緒に頑張ったナマエは、以前よりも少しスッキリした体型で落ち着いた。 服のサイズがひとつ下がったと、喜んでいた。 だが、俺は前の体型の方が……抱き心地が良さそうだと思った。というのは、秘密だ。 「……美味いか?」 「はい、とっても美味しいです」 やはり、この笑顔が……俺の好みだ。 記者達は、新たに『美味しく食べる女性の姿が男性に人気』という特集記事を書き、美味しいものを紹介する中に、王都の菓子を売る店も載っていた。 食堂に……日常が戻った。 そして、俺の目の前で美味そうに食うナマエを、俺は独り占めしている。 「……美味いか?」 End [ *前 ]|[ 次# ] [ request ]|[ main ]|[ TOP ] |