好みの女…… 1


業務終了の鐘が鳴り、今日も一日終わったのか……と、大きく伸びをして席を立つと、飛び込んで来たハンジと……後ろには見慣れねぇ男と女が立っていた。

「何か用か?」
「雑誌で、リヴァイの特集記事を書いてくれるんだってさ!」
「……頼んでねぇが」
「いや、そうじゃなくて……」
「めんどくせぇ……」
「エルヴィンが許可したんだよ」
「チッ、クソが……」

大きく舌打ちした俺に、戸口に立ったままだった二人は怯んだ。

「こ、これも仕事だからねっ、愛想良く……」
「仕事なら仕方ねぇ、さっさと済ませろ」

二人をソファーに座らせ、反対側に座ると、ハンジに茶を淹れろと言って足を組んだ。

「何を……すりゃ良いんだ?」
「簡単な質問にお答え頂いたり、お話を伺いたいのですが、宜しいでしょうか?」

女の方がそう言うと、男は紙とペンを用意していた。

「あぁ、構わねぇが……俺の事を知りてぇ奴なんて居るのか?」
「も、勿論です!」

気を遣わねぇで……良いぞ……?

「売れなくても知らねぇぞ……」
「大丈夫です!」

にっこりと笑った女を見て、俺はふっと息を吐いてから、始めてくれと促した。

身長、体重、スリーサイズ……女じゃねぇから、サイズまでは気にしてねぇと言えば、男が測ると言い、許可したのだが……

「す、凄いですね! この硬さ……全部筋肉なんですね!」
「あ、あぁ……」
「成程、だから、スリムなのに思ったよりも体重があるんですね」

二人は興奮して話していた。

「脱いだら凄いんだよ〜!」

紅茶を持ったハンジが、戻るなり余計な事を言いやがった。

「脱がねぇぞ……」
「えー、ファンサービスってやつじゃん。エルヴィンなら……『そのくらい、見せてあげなさい』って言うと思うけどなぁ……」
「……見てぇのか?」

二人に訊けば、大きく縦に首を振っていた。

仕方なく、上だけだと言って脱いで見せたが……女の裸なら未だしも、男の裸を見てぇというのはどうなんだ? と、疑問に思った。

男は、真剣な顔で絵を描いていた。

そのあと幾つか質問されて答えたが、最後に……と、訊かれた事に俺は困った。

「女の……好みだぁ?」

そのまま黙っちまった俺に、女は可愛い感じが良いか、それとも美人が……性格は……体型は……と、次々に訊いてきたが、そもそも、俺にそんなものは無い。

「……適当に書いておけ。そうなってみなきゃどんなもんかなんてわかりゃしねぇ、俺にそういう相手は居ねぇからな……」

今度は、訊いた方が驚いた顔をしていたが、知ったこっちゃねぇ。




雑誌の記者が来ていたと聞いて、それがリヴァイ兵長の所だと知った私は、2ヶ月本屋に通い詰めて……やっとその時の記事が載っている雑誌を手に入れた。

身長、体重、す、スリーサイズまで!

本部に戻るのも待ちきれなくて、私は公園のベンチで読んでいた。

日課は掃除……うん、わかる。
趣味は読書……これは意外かも。

頷いたり、驚いたりしながら、知らなかった兵長を知るのは楽しかった。

兵長の裸っ?

筋肉の凄さを伝えるため……と、絵が描かれていたのを見て、ドキドキした。何ページも兵長の事ばかりで嬉しくなった。けれども……

好きな女性のタイプ……?

そこで、読むのを躊躇ってしまった。

私は、決して可愛い方では無い上に、他の娘達よりも太っている。サイズは全部、兵長よりも大きな数字だった。
訓練も調査も人並み程度にはこなせているけれど、同じ身長の娘よりも服のサイズが大きいのは、そういう事だろう。

でも、気になるものは気になる……と、恐る恐る読み進めると、そこには『どちらかと言えば、細目で大人しい女性』そう書かれていた。

やっぱり……

がっくりと肩を落とした私は、早々に次のページへと捲った。
兵長のページは終わってしまったけれど、そこには……『ワンサイズ下の服を着よう!』という見出しで、痩せるための特集記事が載っていた。

これ……

私はそれを何度も読み返し、よし! と、本部へ戻った。




「……俺は、こんな事は言ってねぇぞ?」

出来上がった雑誌が届き、ハンジが持って来たのだが、好みの女性について書かれたところを見て、眉間に皺が寄った。

「んー、でも、無難な答えなんじゃないかな」
「だが……」
「適当に書いておけ……って言ったのはリヴァイだし……」

ハンジに言われ、そんな事を言っちまったなと、溜め息を吐いた。

「あー、こういう事か」
「……?」
「ほら、見てよ……」

ハンジは次のページを開いて、細目で……というのは、そのページへの感心を高める役割があると言った。見れば、痩せるための方法などが書かれていた。

「そういう事かよ……」

まぁ、奴等も仕事でやってる訳だからな……利益に繋げても仕方ねぇ、そう思えば幾らか気分も落ち着いた。

体型……か。

あれから色々と考えてみたのだが、よくよく見れば、体型は個々に違う。

俺の好みは……

相変わらず、良くわからねぇままだった。

それから数日後、食堂で辺りを見回した俺は、何となくだが、違和感を覚えた。
食堂は不思議なもんで、どこに座ろうが構わねぇ筈だが、時間によって多少変わりはするけれど、皆ほぼ同じ場所に座っている。

何が……?

疑問に思った俺は、暫く様子を見ていた。だが、代わり映えしない様子にしか見えない。

「おばちゃーん! 大盛りでお願い!」

姿を見なくてもわかる、ハンジの声が聞こえ、ざわついていた食堂の空気が変わった。
一斉にハンジの方を見た女達は、浮かない顔であったり、悔しそうな顔をしている。

中でも、いつも美味そうに笑って食っていた奴は、途中で席を立って出て行っちまった。

何なんだ……?

違和感に疑問、どこを見るでも無く考えていると、いつの間にか向かい側に座ったハンジが俺を見ていた。

「珍しいね、途中で手が止まってるなんて……」

どうかしたかと訊かれたが、訊きてぇのは俺の方だ。

「食堂の雰囲気がおかしくねぇか?」
「……それなんだけどね」

ハンジは、あの雑誌の効果なんだと、あっさりと答えを言ったが、俺の好みと痩せる特集ページが原因だと、困った様に笑った。

そこで、俺は一番の違和感に気付いた。

アイツ……あまり食ってなかったな……

いつも視界に入る場所に座っていた、さっき出て行っちまった奴を俺は思い出していた。




良いな……

ハンジ分隊長、沢山食べてもあのプロポーションだし、体型で悩んだりした事は無いんだろうな。

雑誌を見てから、食事の量を少し減らして、訓練以外にも走っているし、お風呂でマッサージもして、夜更かしもしない様にしている。でも、何だか辛いだけで変わらない気がしていた。

「ナマエ、どうかしたの?」
「えっ?」
「何か元気がないみたいだけど……」
「そ、そんな事無いよ」
「そう? 明日の休みは、新しいカフェに皆で行こうって話してたんだけど、ナマエも行くよね?」
「ごめん、明日はやりたい事があって……」

いつもなら、きっと飛び付いていた。新しいカフェはケーキも美味しいって評判で、甘いものも好きな私は、雑誌を買う前に一度行っている。

でも、今は我慢……

「そうなんだ、じゃぁ、また今度行こうね」
「うん、ありがとう」

何で皆、太らないのかなぁ……

子供の頃から、少しぽっちゃりしているという自覚はあった。

でも……今は痩せたい。

痩せたからといって、兵長と……なんて事があるとは思っていない。でも、今まで他の娘みたいに堂々と見ていたり、話したりは出来なかった。

きっと……兵長だって不愉快に思うよね。

だから、それを変えたいと思ったから、一度くらい話し掛けてみたいと思って、頑張ろうと決めた。

それから1ヶ月、本を見ながら私は頑張った。




「あの娘……だいぶ痩せた様に見えるよね」

食堂でハンジが、俺の視線の先を見てそう言った。

「あぁ、だが……」
「かなり無理してる感じがするよね」
「あぁ」

痩せたと言うよりは、窶れたと言う方が正しいだろう。

あれ以来、笑顔も見ちゃいねぇ……

「訓練に支障が出なきゃ良いけど……」
「……あぁ」

そんな会話をしてから3日、俺は王都に出掛けていた。
ハンジに頼まれていた菓子を買いに行った店で、新商品だという菓子を見せられた。

これを食ったら……笑うだろうか?

俺は、それもくれと……あるだけ買い占めた。

「最近、お客様が減ってしまって……また、新しいものを考えておきますので、お近くにお越しの際はお立ち寄り下さいませ」

店主はそう言って品物を手渡したが、いつもならば入るのを躊躇う程賑わっている店内は、俺の他に客はひとりしか居なかった。

まさか、これもあの雑誌の効果なんだろうかと、俺は足早に店を出て、本部へと向かう為に馬車に乗った。



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