荷物が多いからと言って、家まで送った。出迎えたガキは、俺を見て逃げた。 「す、すみません……」 「いや、慣れているから構わねぇ」 奥から、父親が出て来た。俺はナマエの話を思い出して、事情を説明した。身内にまで黙って心配をさせるのは違うと思ったからだ。 「遅くなる日は、必ず送る……心配をさせてすまなかった……」 人に頭を下げるなど、殆どした事が無かった。ちゃんと出来ているかすら、不安に思った。 事情がわかればそれでいい……と、笑った父親が今度は、娘を頼みますと頭を下げた。困り果てた俺に、ナマエが助け船を出してくれて、父親は頭を上げた。見れば……具合が悪いと聞いていた、母親も戸口で頭を下げていた。 娘を大切に育て、心配している姿を見ていて、どうしようも無く苦しくなった。手が震えている…… (家族……) 俺の異変に気付いたナマエが、そこまで送ってくると言って、俺を家から遠ざけた。 「大丈夫ですか?」 「あぁ……すまねぇ……いい、家族だな……」 「いつか、自分で作れます! 大切な人が出来たら、そこへ帰りたいと思う……素敵な家族と家庭を作ってください」 「俺が……作るのか? そんな事……」 「出来ます!」 俺を抱き締めて、ナマエは言った。 愛し方がわからなくても、本当に好きになれば、自然とどうするべきか、どうしたいかがわかる筈だ……と。 「……そうか、いつか……そんな時が来たらいいな」 「はい」 「ナマエ、明日から1週間は休みだ。ゆっくり休んでくれ」 「え?」 「壁外調査の準備があるから、誰も相手をしてやれねぇ」 「わかりました。気を付けて行って来てください」 「あぁ、お前の努力を無駄には出来ねぇからな、必ず帰る」 「待ってます」 「あぁ、また心配するから、もう戻れ」 そのまま別れて、俺も戻った。 見送りながら、自分は何て事を言ったのだと後悔した。彼は……調査兵団の兵士なのに、「いつか」なんて、必ず帰れるなんて……無いかも知れないのに…… 走って帰って、いつもなら心配掛けまいと我慢して来たのに、母に泣き付いてしまった。 「それでも、もしかしたら彼にとって、新しい希望になったかも知れないよ?」 そう言って、母は私を撫でていてくれた。 休みになって3日目に、門が開くと聞いた。 見送りに行きたい気持ちがあったけれど、私は本当の恋人では無い。行ったら迷惑だろうと思った。 「お世話になっているんだから、行く理由にはなるんじゃないかしら?」 落ち着かない私に、母が言った。 すぐに立ち上がって、門の近くまで走った。 (先頭……辺りに居たよね……) 以前、友人に連れられて行って、見た事があった。顔まで覚えていなかったけれど、名前は覚えていたから、あの時すぐにわかったんだと、思い出した。 準備のために休みだと言ったが、ノックがある度に、ナマエの姿を思い浮かべては、溜め息を吐いていた。 「リヴァイ……そんなんで大丈夫?」 「あぁ、習慣化しただけだ、問題無い」 「……なら良いけどね」 心配そうな顔をしたハンジを見て、俺にも心配してくれる仲間が居たのだと気付いた。 (俺は、周りを見ようともしていなかったって事か?) そう思い、それに気付けたのは、ナマエのお陰だろうと感謝した。 「すまねぇな……」 驚いた顔をしたが、その後にニヤリと笑った。 「ナマエちゃんのお陰かな?」 「……かも知れねぇな」 これなら大丈夫そうだと言って、ハンジは立ち去った。 必ず戻ると約束した。だから、何としても帰ると入念に準備をした。 出立の朝、俺は人混みにナマエの姿を探している自分に気付いて戸惑った。 (何時とも言ってねぇ、来るとも言ってねぇ……) 探すだけ無駄だろうと列に並んだ。 「見送りは無いのかな?」 「今日とも教えてねぇよ」 「そうなんだ、それじゃしょうがないよね」 「あぁ、そんな事まで仕事の内容には入ってねぇだろうが」 「そうだけどさ、何となくね……」 その時、何気無く見た路地の奥に……ナマエの姿があった。 前までは来なかったが、まっすぐに此方を見ていた。 俺が何かを見ている事に気付いたハンジも、見つけた様だった。 (必ず……戻る) 言葉には出来なかったが、強く思った。号令に……前を向いた。 また、多大な犠牲を出して……帰還した。 門の近くの人混みにはナマエの姿が無くてホッとしていた。こんな……情けない姿は見せたくなかった。 だが、本部の近くにポツンと立っているのが見えた。 「お帰りなさい!」 気付かない振りをして、通り過ぎたかった俺に、ナマエが叫んだ。 ゆっくりと振り向いた俺を見て、嬉しそうに笑ってくれた。 そのまま動こうとしないナマエに、馬を降りて近付いた。 「約束、守ってくださってありがとうございます。お疲れ様でした」 「あぁ、今帰った……だが、仕事は休みの筈だよな」 「はい、休んでます」 「なら、何故此処に」 「雇い主でも上司でも何でも……恋人では無くても、リヴァイさんが無事に帰ったら、お帰りなさいと言いたかった。それはいけなかったですか?」 「いや、構わない」 「ただいま」と、小声で言った。 「お帰りなさい」と、返してくれた。 それはどんな言葉よりも嬉しいと思った。 休みが終わって仕事に行くと、パーティーや食事の予定が告げられた。 「結構あるんですね……」 「あぁ、普段は断れるものは出ないからな……だが、今回は目的があるから受けたそうだ」 「本当に大丈夫でしょうか? 私で……」 「お前にしか出来ねぇよ」 優しく目を細めた顔に、胸が苦しくなった。 (これは、私にじゃない……間違えるな) そして、最後の仕上げと言って、ダンスはリヴァイと踊った。 私は、シンデレラの話を思い出した。 魔法が解けたシンデレラは、ガラスの靴を残して行くけれど、私は、それさえも出来ないのだと思った。 そんな事を考えている場合では無いと思った瞬間、ガッツリ足を踏んでしまった…… 「……っ、ご、ごめんなさい」 「平気だ。だが、何を考えていた?」 「本番で間違えたらどうしようかと……」 「俺としか踊らせねぇ、安心しろ」 足を踏もうが間違えようが、気にせずに踊れと言われた。足元は皆見てないのだそうだ。 本番はもう、目の前だ。そう思って気合いを入れたけれど、その後が……終わりが見えてしまった様で、切なくなる。 今夜はパーティーだ……ダンスの練習の時に、初めて見た時の様な浮かない顔をしたナマエが気掛かりだった。だが、その後すぐに、笑顔に戻ったからそれ以上は訊けなかった。 「そろそろ、時間だな……着替えに行くぞ」 「はい、リヴァイも?」 「何だ? 一緒に着替えたいのか?」 「そ、そんな事じゃ……」 「冗談だ、男は簡単だからな、まだ早いが、女は時間が掛かるだろう? 場所がわからねぇだろうから、一緒に行くだけだ」 頬を染めたナマエを、抱き締めたいと思った。だが、それは出来ない。ナマエにとっては、これは仕事だ……必要も無いのに出来る訳が無い。 着替える部屋に入る様に言って、俺は部屋に戻った。 (もうじき……終わっちまうのか?) 約2ヶ月、ナマエはとても頑張った。それこそ、やった事が無いから知らなかっただけで、覚えはとても早いし正確だと皆が褒めていた。 ダンスも、考え事さえしなければ、驚く程上達していた。 (そろそろ、着替えるか……) 俺も支度をして、エルヴィンと共に女達の着替えが終わるのを待った。 「おっまたせー!」 「……馬子にも衣装という言葉があるそうだが、まさにそれだな」 「エルヴィン……それって誉め言葉かなぁ?」 「さあ、どうなんだろうな」 「ま、いいや、リヴァイ見て見て! ナマエちゃん可愛いよぉ!」 とても小柄なナマエが、ハンジの後ろから顔を出した。 「ほらほら、隠れてないで見せてあげなよ〜」 「ど、どうでしょうか?」 思わず……見惚れた。 ふんわりと上げた髪が、普段隠している首の辺りで揺れ、胸元の白さがドレスの濃い色で余計に目立つ。ドレスは試着で見ていたから、驚きはしなかったが、アクセサリーとメイクも手伝って、まるで別人の様に見えた。 「リヴァイ……?」 「あぁ、悪くない」 「可愛い過ぎて、言葉も出なかったんでしょう!」 「……行くぞ」 その通りだ、出来れば誰にも見せたくねぇと思った。だが、見せるためだ…… 腕を出すと、そっと手を添えたナマエに鼓動が速まった。 [ *前 ]|[ 次# ] [ main ]|[ TOP ] |