偽りの恋物語 3


荷物が多いからと言って、家まで送った。出迎えたガキは、俺を見て逃げた。

「す、すみません……」
「いや、慣れているから構わねぇ」

奥から、父親が出て来た。俺はナマエの話を思い出して、事情を説明した。身内にまで黙って心配をさせるのは違うと思ったからだ。

「遅くなる日は、必ず送る……心配をさせてすまなかった……」

人に頭を下げるなど、殆どした事が無かった。ちゃんと出来ているかすら、不安に思った。

事情がわかればそれでいい……と、笑った父親が今度は、娘を頼みますと頭を下げた。困り果てた俺に、ナマエが助け船を出してくれて、父親は頭を上げた。見れば……具合が悪いと聞いていた、母親も戸口で頭を下げていた。

娘を大切に育て、心配している姿を見ていて、どうしようも無く苦しくなった。手が震えている……

(家族……)

俺の異変に気付いたナマエが、そこまで送ってくると言って、俺を家から遠ざけた。

「大丈夫ですか?」
「あぁ……すまねぇ……いい、家族だな……」
「いつか、自分で作れます! 大切な人が出来たら、そこへ帰りたいと思う……素敵な家族と家庭を作ってください」
「俺が……作るのか? そんな事……」
「出来ます!」

俺を抱き締めて、ナマエは言った。

愛し方がわからなくても、本当に好きになれば、自然とどうするべきか、どうしたいかがわかる筈だ……と。

「……そうか、いつか……そんな時が来たらいいな」
「はい」
「ナマエ、明日から1週間は休みだ。ゆっくり休んでくれ」
「え?」
「壁外調査の準備があるから、誰も相手をしてやれねぇ」
「わかりました。気を付けて行って来てください」
「あぁ、お前の努力を無駄には出来ねぇからな、必ず帰る」
「待ってます」
「あぁ、また心配するから、もう戻れ」

そのまま別れて、俺も戻った。




見送りながら、自分は何て事を言ったのだと後悔した。彼は……調査兵団の兵士なのに、「いつか」なんて、必ず帰れるなんて……無いかも知れないのに……

走って帰って、いつもなら心配掛けまいと我慢して来たのに、母に泣き付いてしまった。

「それでも、もしかしたら彼にとって、新しい希望になったかも知れないよ?」

そう言って、母は私を撫でていてくれた。




休みになって3日目に、門が開くと聞いた。

見送りに行きたい気持ちがあったけれど、私は本当の恋人では無い。行ったら迷惑だろうと思った。

「お世話になっているんだから、行く理由にはなるんじゃないかしら?」

落ち着かない私に、母が言った。
すぐに立ち上がって、門の近くまで走った。

(先頭……辺りに居たよね……)

以前、友人に連れられて行って、見た事があった。顔まで覚えていなかったけれど、名前は覚えていたから、あの時すぐにわかったんだと、思い出した。




準備のために休みだと言ったが、ノックがある度に、ナマエの姿を思い浮かべては、溜め息を吐いていた。

「リヴァイ……そんなんで大丈夫?」
「あぁ、習慣化しただけだ、問題無い」
「……なら良いけどね」

心配そうな顔をしたハンジを見て、俺にも心配してくれる仲間が居たのだと気付いた。

(俺は、周りを見ようともしていなかったって事か?)

そう思い、それに気付けたのは、ナマエのお陰だろうと感謝した。

「すまねぇな……」

驚いた顔をしたが、その後にニヤリと笑った。

「ナマエちゃんのお陰かな?」
「……かも知れねぇな」

これなら大丈夫そうだと言って、ハンジは立ち去った。
必ず戻ると約束した。だから、何としても帰ると入念に準備をした。

出立の朝、俺は人混みにナマエの姿を探している自分に気付いて戸惑った。

(何時とも言ってねぇ、来るとも言ってねぇ……)

探すだけ無駄だろうと列に並んだ。

「見送りは無いのかな?」
「今日とも教えてねぇよ」
「そうなんだ、それじゃしょうがないよね」
「あぁ、そんな事まで仕事の内容には入ってねぇだろうが」
「そうだけどさ、何となくね……」

その時、何気無く見た路地の奥に……ナマエの姿があった。

前までは来なかったが、まっすぐに此方を見ていた。
俺が何かを見ている事に気付いたハンジも、見つけた様だった。

(必ず……戻る)

言葉には出来なかったが、強く思った。号令に……前を向いた。




また、多大な犠牲を出して……帰還した。
門の近くの人混みにはナマエの姿が無くてホッとしていた。こんな……情けない姿は見せたくなかった。
だが、本部の近くにポツンと立っているのが見えた。

「お帰りなさい!」

気付かない振りをして、通り過ぎたかった俺に、ナマエが叫んだ。
ゆっくりと振り向いた俺を見て、嬉しそうに笑ってくれた。

そのまま動こうとしないナマエに、馬を降りて近付いた。

「約束、守ってくださってありがとうございます。お疲れ様でした」
「あぁ、今帰った……だが、仕事は休みの筈だよな」
「はい、休んでます」
「なら、何故此処に」
「雇い主でも上司でも何でも……恋人では無くても、リヴァイさんが無事に帰ったら、お帰りなさいと言いたかった。それはいけなかったですか?」
「いや、構わない」

「ただいま」と、小声で言った。
「お帰りなさい」と、返してくれた。
それはどんな言葉よりも嬉しいと思った。




休みが終わって仕事に行くと、パーティーや食事の予定が告げられた。

「結構あるんですね……」
「あぁ、普段は断れるものは出ないからな……だが、今回は目的があるから受けたそうだ」
「本当に大丈夫でしょうか? 私で……」
「お前にしか出来ねぇよ」

優しく目を細めた顔に、胸が苦しくなった。

(これは、私にじゃない……間違えるな)

そして、最後の仕上げと言って、ダンスはリヴァイと踊った。
私は、シンデレラの話を思い出した。
魔法が解けたシンデレラは、ガラスの靴を残して行くけれど、私は、それさえも出来ないのだと思った。

そんな事を考えている場合では無いと思った瞬間、ガッツリ足を踏んでしまった……

「……っ、ご、ごめんなさい」
「平気だ。だが、何を考えていた?」
「本番で間違えたらどうしようかと……」
「俺としか踊らせねぇ、安心しろ」

足を踏もうが間違えようが、気にせずに踊れと言われた。足元は皆見てないのだそうだ。

本番はもう、目の前だ。そう思って気合いを入れたけれど、その後が……終わりが見えてしまった様で、切なくなる。




今夜はパーティーだ……ダンスの練習の時に、初めて見た時の様な浮かない顔をしたナマエが気掛かりだった。だが、その後すぐに、笑顔に戻ったからそれ以上は訊けなかった。

「そろそろ、時間だな……着替えに行くぞ」
「はい、リヴァイも?」
「何だ? 一緒に着替えたいのか?」
「そ、そんな事じゃ……」
「冗談だ、男は簡単だからな、まだ早いが、女は時間が掛かるだろう? 場所がわからねぇだろうから、一緒に行くだけだ」

頬を染めたナマエを、抱き締めたいと思った。だが、それは出来ない。ナマエにとっては、これは仕事だ……必要も無いのに出来る訳が無い。

着替える部屋に入る様に言って、俺は部屋に戻った。

(もうじき……終わっちまうのか?)

約2ヶ月、ナマエはとても頑張った。それこそ、やった事が無いから知らなかっただけで、覚えはとても早いし正確だと皆が褒めていた。
ダンスも、考え事さえしなければ、驚く程上達していた。

(そろそろ、着替えるか……)

俺も支度をして、エルヴィンと共に女達の着替えが終わるのを待った。

「おっまたせー!」
「……馬子にも衣装という言葉があるそうだが、まさにそれだな」
「エルヴィン……それって誉め言葉かなぁ?」
「さあ、どうなんだろうな」
「ま、いいや、リヴァイ見て見て! ナマエちゃん可愛いよぉ!」

とても小柄なナマエが、ハンジの後ろから顔を出した。

「ほらほら、隠れてないで見せてあげなよ〜」
「ど、どうでしょうか?」

思わず……見惚れた。

ふんわりと上げた髪が、普段隠している首の辺りで揺れ、胸元の白さがドレスの濃い色で余計に目立つ。ドレスは試着で見ていたから、驚きはしなかったが、アクセサリーとメイクも手伝って、まるで別人の様に見えた。

「リヴァイ……?」
「あぁ、悪くない」
「可愛い過ぎて、言葉も出なかったんでしょう!」
「……行くぞ」

その通りだ、出来れば誰にも見せたくねぇと思った。だが、見せるためだ……

腕を出すと、そっと手を添えたナマエに鼓動が速まった。


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