偽りの恋物語 4


馬車に乗り会場まで行く。二人きりの車内で、リヴァイは窓の外ばかり見ていた。

「リヴァイ……気に入らなかった?」

思わず訊いてしまったけれど、やはり私にはこんな格好は似合わないのだろうと溜め息を吐いた。

「良く、似合っている。貴族の娘にも負けねぇよ……」
「じゃぁ……」

何で機嫌が悪そうなのか……それは訊けなかった。

「見せてやるのが、嫌になった……他の野郎に見せたくねぇと思っちまった……」
「み、見せるために行くのに?」
「あぁ、いや、いい。忘れてくれ」

それは、もしかして私と同じ……そう思っても、口に出せる筈も無い。此方を向いたリヴァイは、寂しそうに笑った様に見えた。

(シンデレラになりきらなくちゃね……)

程無くして、馬車は会場に着いた。習った通りに、リヴァイのエスコートで会場へと入った。




馬車の中でナマエに言った言葉の意味を考えていた。

(俺は一体どうしたいと言うんだ……)

会場に入ると、一気に空気が変わった。皆が俺とナマエを見ている様だった。

「み、見られてます……ね」
「あぁ、堂々としていればいい」
「……はい」

明らかに緊張しているナマエは、気付いていないだろうが、腕を掴む力が強くなった。それが嬉しいと思う気持ちを押し込めて、挨拶をして歩いた。

「色々と、大変なんですね……」

チラッとエルヴィンの方を見たナマエは、人だかりの途切れない様子に驚いていた。

「あぁ、アイツは兵団の顔だからな、愛想良くしてねぇと資金も集まらねぇ」
「……そうなんですね」

挨拶が落ち着き、歓談もばらつき出すと、ダンスが始まる。代わる代わるナマエにダンスの相手をして欲しいと言われ、その度に断っていた。

「俺は自分の女を貸してやる趣味はねぇ」

その度にそう言っていたが……

「もう少し違う言い方は無いもんかねぇ……」
「まあ、リヴァイだから出来る断り方だろう」

エルヴィンとハンジは呆れていた。
断るのも疲れたと、俺はナマエの手を引いてフロアに出た。

「リヴァイ……」
「大丈夫だ、練習の通りにやればいい。俺の足を踏みたきゃ……好きなだけ踏んでろ」

クスクスと笑ったナマエは、緊張が解けたのか、スムーズに踊り……いつの間にか周りが開けて中央で踊っていた。
パーティーもダンスも嫌いだった。だが、このままずっと踊っていたいとさえ思った。

「そろそろ疲れただろう?」
「まだ、平気……リヴァイと踊りたい」
「あぁ……」

そのまままた、暫く踊り続けた。

「もう、充分アピール出来ただろう、あまり遅くなってもいけないからな、帰るとしようか」

フロアから戻った俺達にエルヴィンが言った。夢の時間は終わりだ。

帰りの馬車では、少し興奮気味のナマエが色々話していた。俺はそれを穏やかな気持ちで聞いていた。




兵団に戻り、ドレスを脱いだ私は……魔法が解けてしまった様で、悲しくなった。

シンデレラの時計は確実に12時へと進んでいる。でも、仕事なんだからちゃんとやらないと……と、その後のパーティーも食事もきちんと仕事をした。

(これが最後だ……)

とうとう、最後の食事となった。
私はいつもよりも少し多くお酒を飲んだ。
リヴァイも、口数が少なく……飲む量が多い気がした。

食事が終わり、リヴァイの執務室へ戻った頃には、12時近かった。

(全ての魔法が解けてしまう……)

「リヴァイ……好きです。大好きでした」

仕事中の本気を終わらせなくちゃいけないと思った。

「あぁ、俺もお前が好きだった」

優しく抱き締めてくれた。

「最後に、お別れのキスを……」

してくださいと言い終わる前に、口を塞がれてしまった。




お別れのキスをと言われて、頭が真っ白になった。
最初で最後のキスだ……と、優しく甘く口付けた。離してしまったら終わるであろうとわかっている。

(離れたくない……)

夢中で互いを求めたが、時計の針がカチリと動いた音かやけに大きく耳に響いた。
そっと離すと、ナマエは泣いていた。

「お仕事は、終わりですね」
「あぁ、終わりだな……」
「リヴァイさん、ありがとうございました」
「礼を……言うのは俺の方だろう?」

「リヴァイ」では無く、「リヴァイさん」と呼ばれた事に胸が痛くなった。

着替えるのを待って、送って行った。
だが、手は繋がなかった。
それが物凄く辛く感じた。

会話も無いままに、ナマエの家に着いた。

「リヴァイさん、素敵な人を見つけてくださいね。私も頑張って探します」
「あぁ、そうだな」
「でも、その前に仕事探さなくちゃですけど」
「あぁ、頑張れ。物覚えはいいんだ、自信を持てば大丈夫だ」
「ありがとうございます」

無理に笑っている様な、そんな風に見えた。なかなか、中に入ろうとしない。

(もう一度だけ……)

手を伸ばして引き寄せた。
強く抱き締めると、ナマエも俺を抱き締めた。数秒だったのか、数分だったのかもわからない……「元気で……」そう囁いて腕を離し、顔も見れずに走り去った。




数日後、見合い相手から断りの手紙が届いたとエルヴィンが言った。

「見事だったな、3件とも断りが来るとはな」
「3件だと? 聞いてねぇぞ」
「ああ、計画を立ててから来たから言わなかっただけだ」
「断りが来なかったらどうするつもりだったんだ……」
「いいじゃないか、リヴァイ……あのラブラブな状態を見て、当分はそんな話もないだろうしねっ」

その後、話題はナマエの事になったが、俺は参加せずに団長室を出た。
思い出さない様にしていたからだ。

だが、ふとした瞬間に、俺を呼ぶ声が聞こえて来そうな気がしてしまう。
まだ、何日も経っていない……それでも、元気にしているかと顔が見たくなる。

(本気で……好きだった……)

こんな出逢いじゃ無ければと、何度も思った。




更に1ヶ月が経った頃、 俺に異変が起きた。朝起きようとして、体が動かなかった。医者が診ても、原因がわからないと言われ、皆が途方に暮れていたが、一番そうしたいのは俺だ。

「何か変なもの食べたとか?」
「そんな訳ねぇだろうが……てめぇじゃあるまいし」
「しかし、困ったな……」
「だから、一番困ってるのは俺だ!」
「口だけは達者だよね……」
「だから何だ……」
「煩いなと思ってね……」
「だったら出て行けばいいだろうが」

医者はストレスじゃ無いかと言ったが、そんなもんありすぎてわからねぇ……

(先ず、コイツらを排除してくれ!)




2度目の失業から1ヶ月……なかなか仕事が見つからないで、私は家に居た。
破格の報酬のお陰で、それでも全然困ってはいなかったけれど、いつかは底をつく。

溜め息ばかり吐く私に、母はまるで恋してるみたいねと笑った。

(その通りです……)

とも言えず、気を紛らわせる為に大量の洗濯をして、干していた。

「こんにちは」
「は、ハンジさんとモブリットさん?」
「元気そうで良かった」
「体だけは元気なんですけど……」
「仕事が見つからないとか?」
「はい、その通りです」

はぁ、と、溜め息が出てしまった。

「ちょうど良かった!」
「な、何がです?」
「実はね……」

この靴にピッタリ合うお姫様を探しているんだ……と、箱を開けて見せられた靴は、最後の日に履いていた淡い水色のハイヒールだった。

「シンデレラのお話しみたい……」
「おねぇちゃおひめさま?」

まさか、そんな……そう思って固まっていた。

「実はね、王子様が病気なんだ。原因もわからなくて、でも、お姫様を連れて行ったら治る気がしてね」
「えっ? 病気なんですか?」
「あぁ、もう3日も寝たきりで……手を動かす事も出来ないんだ」
「そ、そんな……」
「行ってらっしゃい、行きたいんでしょう?」

バッと振り返れば、母が笑っていた。

「治るまで帰って来なくても平気よ」
「それは有難い! では、お借りします!」

え? と、思考の追い付かない私を無視して、靴を履くのも無視して、話は急展開で大混乱?

私はお城……では無く、調査兵団のリヴァイ兵士長の自室へと連れ去られた。




食事もままならない、動けない事がこれ程苦痛だとは思わなかった。

(ナマエに逢いてぇ……)

気を紛らす事など何も無い……考えるのはそればかりで、眠れば仕事をしていた時や、パーティーで踊っていた時などを夢で見た。それこそ、寝ても覚めてもな状態で、話す元気すら無くなって来た。

(眠い……頭が疲れても眠くなるのか……?)

でも、夢で逢えるなら、それでもいいかと、目を閉じた。

だが、すぐに目が覚めてしまった。やはり……疲れてはいないからか……?
しかし、目の前にナマエが居た。

(とうとう、幻覚まで見える様になったのか? それとも、まだ俺は寝ているのか?)

「リヴァイさん、起きましたか?」

その声に、意識が急速に覚醒した。

「本物……か?」
「はい、本物……だと思います」
「曖昧だな……」

触れたい、そう思ったら手が動いた。覗き込む様に見ていたナマエに触れて、気が付いたら抱き締めていた。

ドアの隙間から覗いていた目が笑って、そっとドアが閉まった事は知らない。

「ずっと……逢いたかった」
「私も逢いたかったです」

嬉しくて、キスをした。そのまま抱きたいと思った……が、そう都合よく体も足も動いてはくれなかった。





「俺の帰る場所になってくれ……」
「はい」


ナマエは、王子様と永久就職先を手に入れた。

End


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