馬車に乗り会場まで行く。二人きりの車内で、リヴァイは窓の外ばかり見ていた。 「リヴァイ……気に入らなかった?」 思わず訊いてしまったけれど、やはり私にはこんな格好は似合わないのだろうと溜め息を吐いた。 「良く、似合っている。貴族の娘にも負けねぇよ……」 「じゃぁ……」 何で機嫌が悪そうなのか……それは訊けなかった。 「見せてやるのが、嫌になった……他の野郎に見せたくねぇと思っちまった……」 「み、見せるために行くのに?」 「あぁ、いや、いい。忘れてくれ」 それは、もしかして私と同じ……そう思っても、口に出せる筈も無い。此方を向いたリヴァイは、寂しそうに笑った様に見えた。 (シンデレラになりきらなくちゃね……) 程無くして、馬車は会場に着いた。習った通りに、リヴァイのエスコートで会場へと入った。 馬車の中でナマエに言った言葉の意味を考えていた。 (俺は一体どうしたいと言うんだ……) 会場に入ると、一気に空気が変わった。皆が俺とナマエを見ている様だった。 「み、見られてます……ね」 「あぁ、堂々としていればいい」 「……はい」 明らかに緊張しているナマエは、気付いていないだろうが、腕を掴む力が強くなった。それが嬉しいと思う気持ちを押し込めて、挨拶をして歩いた。 「色々と、大変なんですね……」 チラッとエルヴィンの方を見たナマエは、人だかりの途切れない様子に驚いていた。 「あぁ、アイツは兵団の顔だからな、愛想良くしてねぇと資金も集まらねぇ」 「……そうなんですね」 挨拶が落ち着き、歓談もばらつき出すと、ダンスが始まる。代わる代わるナマエにダンスの相手をして欲しいと言われ、その度に断っていた。 「俺は自分の女を貸してやる趣味はねぇ」 その度にそう言っていたが…… 「もう少し違う言い方は無いもんかねぇ……」 「まあ、リヴァイだから出来る断り方だろう」 エルヴィンとハンジは呆れていた。 断るのも疲れたと、俺はナマエの手を引いてフロアに出た。 「リヴァイ……」 「大丈夫だ、練習の通りにやればいい。俺の足を踏みたきゃ……好きなだけ踏んでろ」 クスクスと笑ったナマエは、緊張が解けたのか、スムーズに踊り……いつの間にか周りが開けて中央で踊っていた。 パーティーもダンスも嫌いだった。だが、このままずっと踊っていたいとさえ思った。 「そろそろ疲れただろう?」 「まだ、平気……リヴァイと踊りたい」 「あぁ……」 そのまままた、暫く踊り続けた。 「もう、充分アピール出来ただろう、あまり遅くなってもいけないからな、帰るとしようか」 フロアから戻った俺達にエルヴィンが言った。夢の時間は終わりだ。 帰りの馬車では、少し興奮気味のナマエが色々話していた。俺はそれを穏やかな気持ちで聞いていた。 兵団に戻り、ドレスを脱いだ私は……魔法が解けてしまった様で、悲しくなった。 シンデレラの時計は確実に12時へと進んでいる。でも、仕事なんだからちゃんとやらないと……と、その後のパーティーも食事もきちんと仕事をした。 (これが最後だ……) とうとう、最後の食事となった。 私はいつもよりも少し多くお酒を飲んだ。 リヴァイも、口数が少なく……飲む量が多い気がした。 食事が終わり、リヴァイの執務室へ戻った頃には、12時近かった。 (全ての魔法が解けてしまう……) 「リヴァイ……好きです。大好きでした」 仕事中の本気を終わらせなくちゃいけないと思った。 「あぁ、俺もお前が好きだった」 優しく抱き締めてくれた。 「最後に、お別れのキスを……」 してくださいと言い終わる前に、口を塞がれてしまった。 お別れのキスをと言われて、頭が真っ白になった。 最初で最後のキスだ……と、優しく甘く口付けた。離してしまったら終わるであろうとわかっている。 (離れたくない……) 夢中で互いを求めたが、時計の針がカチリと動いた音かやけに大きく耳に響いた。 そっと離すと、ナマエは泣いていた。 「お仕事は、終わりですね」 「あぁ、終わりだな……」 「リヴァイさん、ありがとうございました」 「礼を……言うのは俺の方だろう?」 「リヴァイ」では無く、「リヴァイさん」と呼ばれた事に胸が痛くなった。 着替えるのを待って、送って行った。 だが、手は繋がなかった。 それが物凄く辛く感じた。 会話も無いままに、ナマエの家に着いた。 「リヴァイさん、素敵な人を見つけてくださいね。私も頑張って探します」 「あぁ、そうだな」 「でも、その前に仕事探さなくちゃですけど」 「あぁ、頑張れ。物覚えはいいんだ、自信を持てば大丈夫だ」 「ありがとうございます」 無理に笑っている様な、そんな風に見えた。なかなか、中に入ろうとしない。 (もう一度だけ……) 手を伸ばして引き寄せた。 強く抱き締めると、ナマエも俺を抱き締めた。数秒だったのか、数分だったのかもわからない……「元気で……」そう囁いて腕を離し、顔も見れずに走り去った。 数日後、見合い相手から断りの手紙が届いたとエルヴィンが言った。 「見事だったな、3件とも断りが来るとはな」 「3件だと? 聞いてねぇぞ」 「ああ、計画を立ててから来たから言わなかっただけだ」 「断りが来なかったらどうするつもりだったんだ……」 「いいじゃないか、リヴァイ……あのラブラブな状態を見て、当分はそんな話もないだろうしねっ」 その後、話題はナマエの事になったが、俺は参加せずに団長室を出た。 思い出さない様にしていたからだ。 だが、ふとした瞬間に、俺を呼ぶ声が聞こえて来そうな気がしてしまう。 まだ、何日も経っていない……それでも、元気にしているかと顔が見たくなる。 (本気で……好きだった……) こんな出逢いじゃ無ければと、何度も思った。 更に1ヶ月が経った頃、 俺に異変が起きた。朝起きようとして、体が動かなかった。医者が診ても、原因がわからないと言われ、皆が途方に暮れていたが、一番そうしたいのは俺だ。 「何か変なもの食べたとか?」 「そんな訳ねぇだろうが……てめぇじゃあるまいし」 「しかし、困ったな……」 「だから、一番困ってるのは俺だ!」 「口だけは達者だよね……」 「だから何だ……」 「煩いなと思ってね……」 「だったら出て行けばいいだろうが」 医者はストレスじゃ無いかと言ったが、そんなもんありすぎてわからねぇ…… (先ず、コイツらを排除してくれ!) 2度目の失業から1ヶ月……なかなか仕事が見つからないで、私は家に居た。 破格の報酬のお陰で、それでも全然困ってはいなかったけれど、いつかは底をつく。 溜め息ばかり吐く私に、母はまるで恋してるみたいねと笑った。 (その通りです……) とも言えず、気を紛らわせる為に大量の洗濯をして、干していた。 「こんにちは」 「は、ハンジさんとモブリットさん?」 「元気そうで良かった」 「体だけは元気なんですけど……」 「仕事が見つからないとか?」 「はい、その通りです」 はぁ、と、溜め息が出てしまった。 「ちょうど良かった!」 「な、何がです?」 「実はね……」 この靴にピッタリ合うお姫様を探しているんだ……と、箱を開けて見せられた靴は、最後の日に履いていた淡い水色のハイヒールだった。 「シンデレラのお話しみたい……」 「おねぇちゃおひめさま?」 まさか、そんな……そう思って固まっていた。 「実はね、王子様が病気なんだ。原因もわからなくて、でも、お姫様を連れて行ったら治る気がしてね」 「えっ? 病気なんですか?」 「あぁ、もう3日も寝たきりで……手を動かす事も出来ないんだ」 「そ、そんな……」 「行ってらっしゃい、行きたいんでしょう?」 バッと振り返れば、母が笑っていた。 「治るまで帰って来なくても平気よ」 「それは有難い! では、お借りします!」 え? と、思考の追い付かない私を無視して、靴を履くのも無視して、話は急展開で大混乱? 私はお城……では無く、調査兵団のリヴァイ兵士長の自室へと連れ去られた。 食事もままならない、動けない事がこれ程苦痛だとは思わなかった。 (ナマエに逢いてぇ……) 気を紛らす事など何も無い……考えるのはそればかりで、眠れば仕事をしていた時や、パーティーで踊っていた時などを夢で見た。それこそ、寝ても覚めてもな状態で、話す元気すら無くなって来た。 (眠い……頭が疲れても眠くなるのか……?) でも、夢で逢えるなら、それでもいいかと、目を閉じた。 だが、すぐに目が覚めてしまった。やはり……疲れてはいないからか……? しかし、目の前にナマエが居た。 (とうとう、幻覚まで見える様になったのか? それとも、まだ俺は寝ているのか?) 「リヴァイさん、起きましたか?」 その声に、意識が急速に覚醒した。 「本物……か?」 「はい、本物……だと思います」 「曖昧だな……」 触れたい、そう思ったら手が動いた。覗き込む様に見ていたナマエに触れて、気が付いたら抱き締めていた。 ドアの隙間から覗いていた目が笑って、そっとドアが閉まった事は知らない。 「ずっと……逢いたかった」 「私も逢いたかったです」 嬉しくて、キスをした。そのまま抱きたいと思った……が、そう都合よく体も足も動いてはくれなかった。 「俺の帰る場所になってくれ……」 「はい」 ナマエは、王子様と永久就職先を手に入れた。 End [ *前 ]|[ 次# ] [ main ]|[ TOP ] |