仕事場の雑貨屋が、店を閉める事になって……私は職を失った。 たまたま、こんな日に飲みに行く約束があって、そんな気分じゃないけれど飲まなきゃやっていられない……そう思って来ていた。 (みんな楽しそうでいいなぁ……) こんな時は、どうしたって自分だけが不幸な気分にさえなる。楽しい振りでもしたいところだけれど、家族に何て話そうと考えてしまったら、それも出来なかった。 浮かない顔をしていた私に、「どうしたの?」と訊いてくれたので、仕事が無くなった話をした。 驚いて、大きな声になってしまった友人に、テーブルを囲む皆が私を見た。皆私の家庭環境を知っているから、それは大変だと心配してくれた。 病気で寝たり起きたりの母と、靴職人の父と……弟や妹が、なんと5人も居るのだ。当然、父だけでは食べていけない。私が失業したなんて、母は倒れてしまうかも知れない。 (どうしよう……) 特に何かが出来る訳では無い自分は、雇ってくれる所を探すだけでも大変だった事を思い出した。 そこへ隣のテープルから女性が来て、人を探していると言われてしまえば、すがりたくなるのは当たり前だと思う。 「リヴァイの恋人……婚約者の方がいいかな……その役をやってもらいたいんだ」 話を聞いて驚いた。 友人達が格好いい、美形だと話していた、目の前に居る人のお相手を探している? 探さなくても良いだろうと……普通に思った。顔もあるけれど、兵士長なんて立派な人がモテない筈が無い。 私みたいな女に頼むのは何かの間違いだろうと思った。 (恥ずかしくて、顔もまともに見れない……) そして、耳を疑う言葉が聞こえた。 「どんなイメージかはわからねぇが、俺にはそういった相手がひとりもいねぇから、こうして頼んでいる」 悪いことを言ってしまったのだと、焦った。 何か理由があるのだろう、私に等わからない……何かが。 (特殊な性癖でも……まさか、男色……?) 妙に納得しかけて、いやいや、それこそ失礼だ! と、頭から追い出した。 仕事内容と報酬を聞いて、断れる筈が無い……なんと、私の給料の5倍を提示された。明日午後1時半に兵団へ…… (か、必ず行きます!) 午後になり……朝から落ち着かない様子の俺を見たハンジが、嫌な笑いをしている。 もう、3度の蹴りを見舞っているが、懲りないというよりも楽しんでいやがる。 「気になって寝れなかったとか?」 とどめとも言える一言に、壁の一部がパラパラと落ちた。 「図星か……って、それ食らったら、いくら私が丈夫でも重症だよっ」 「その方が静かになるな」 「そ、その拳は下ろそうよ……」 「なら、少しは静かにしやがれ」 そんなに気になるなんて、惚れたのかもね……そう言われたが、それ自体がわからねぇ俺には、違うとしか言い様が無かった。 「外を見てくる……」 「まだ早いんじゃない?」 「……」 「で、でも、まぁ、真面目そうな娘だったからね、早目に来てるかも知れないね……」 時刻は、まだ1時になったばかりだった。 「団長室で待ってるからさ、来たら宜しくね」 ひらひらと手を振るハンジとは逆の方へ歩き出した。 (来るだろうか……) やはり、出迎えるのは俺よりもと振り返ったが、そこにはもうハンジの姿は無かった。 緊張している自分に驚きながらも、ゆっくりと向かい、戸口に立つと……門の外から此方を見ているナマエを見つけた。 足早に向かい、目の前に立った。 「こ、こんにちは」 「答えはどちらだ?」 「え?」 「場合によっちゃもう始まっている」 「お受けします」 「なら、合わせてくれ……」 スッと手を回し抱き締めて、頬にキスをした。 「今からお前は俺の女だ、その様に振る舞ってくれ」 「わ、わかりました」 持っている服の中でも、上等な物を選んで、きっちりお化粧もした。弟や妹はまだ幼い。綺麗にすると、嬉しそうに誉めてくれた。 「無理しなくていいんだからね」 父も母も心配してくれた。雑用と言ってあるが、遅くなる場合もあると聞いて、夜の相手ではないかとまで心配されてしまった。お前は可愛いからな……なんて、そんな事を言ってくれるのは父だけだ。 「行ってきます!」 時間に遅れるよりは待つ方がいい、早目に出た私は門から少し離れた所で時間を待っていた。 (あ、リヴァイ兵士長……?) 戸口からまっすぐに此方へ向かって来た。 「こ、こんにちは」 「答えはどちらだ?」 「え?」 こ、此処でお話ですか? と、驚いていると、「場合によっちゃもう始まっている」そう言われて門番が此方を見ている事に気付いた。 「お受けします」と答えると、抱き締められてキスをされた。演技だとわかっていても、これには心拍数が記録更新しただろうと確信するくらいにドキドキした。 「今からお前は俺の女だ」 あぁ、現実にこんな事を言ってくれる人は現れるのだろうかと思いつつも、仕事の採用決定を告げられただけだと、勘違いしそうな頭を落ち着かせた。 門番に、「こいつは俺の女だ、次からは通してやってくれ」そう言っていた。 ペコリと頭を下げれば、敬礼をしてくれた。 通路を歩く時も、腰に手を添えられていた。 「急にすまなかった……」 「大丈夫です、そういうお仕事ですよね?」 「あぁ、なるべく避けるが、あれが一番手っ取り早かった」 「はい」 頬とはいえ、気にしてくれているのだろうと思うと、嬉しくなった。金を払うんだから、このくらいいいだろうと言われても、文句は言わないのに…… 「連れて来たぞ!」 「ああ、良く来てくれた」 団長さんと握手? 今更ながら、自分は大変な事を引き受けたのかもしれない……と、顔が引き攣った。 ソファーに並んで座り、向かいにはエルヴィンとハンジが座った。 「……と、まぁ、仕事の内容としてはこんなところかな……何か質問はあるかな?」 昨日話した内容を繰り返しただけだが、横を見れば不安そうな顔をしていた。 「高級なお店もパーティーも、経験がありません。マナーも何もわかりません」 言いながら俯いて行く…… 「先ずは、覚えるのが仕事だと思えばいいだけだろう?」 「うん、そうだよ。下手に知っていると言われて失敗するより全然いい」 「俺も此処へ来てから覚えた。すぐに慣れる」 ポンポンと頭を叩くと、頷いた。 「今日は特に何もしないで、リヴァイと色々話してはどうだろう?」 「そうだね、お互いに色々知っておいた方がきっとスムーズに行くよ」 明日も同じ時間に俺の執務室へ来る様にと言って、エルヴィンが立ち上がった。 「明日からは、色々教えていくから宜しくね」 「はい、宜しくお願いします」 深々と頭を下げたナマエを連れて団長室を出た。 通路を歩きながら、走って来た兵士とぶつかりそうになったナマエを引き寄せ、壁側を歩く様にさせた。 「此処が俺の執務室だ」 入口へ戻り、そこから覚えろと歩いて来た。 「失礼します……」 恐る恐るといった様子で入って来た。 「次からは、堂々と普通に入って来い」 「は、はい……」 「あまり気を張らないでくれと言ってるだけだ」 「はい、あの……何とお呼びしたら宜しいでしょうか?」 「……リヴァイでいい」 「呼び捨てですか?」 「その方がそれらしいだろう?」 「わかりました」 ソファーに座る様に言って、俺は紅茶を淹れに行った。 きちんと整頓された、とても綺麗な部屋だった。几帳面な性格なのだろうと思いながら見ていると、紅茶を持って戻って来た。 スッと差し出されて、「ありがとうございます」と言ったら引っ込められた。 不思議に思っていると、少し困った様な顔をした兵士長さんが言った。 「俺しか居ない時でも、仕事だと思ってくれ。そうすれば、少しは自然に出来る様になるだろう?」 「そ、そうですよね、すみません」 「謝る必要は無い、やり直そう」 またカップを私に向かって差し出した。 私は……とても仲の良い両親の姿を思い出した。 「ありがとう、リヴァイ」 「……あ、あぁ、上出来だ」 それからは、自己紹介を兼ねて色々な話をした。私の家族の話をすると、寂しそうな顔をした気がした。調子に乗って、父が変な勘違いをしてしまった話までしてしまったら、今度は凄く困った顔をしている様に見えた。 「り、リヴァイ……?」 「すまねぇ、親に心配させた……」 「気にしないでください。大丈夫だと言ってありますから」 「だが……」 そこから、今度はリヴァイの話になった。 地下街で育ち、ずっと一人だったから親や兄弟を知らない……と。だから、人を好きになった事も無いのだと、そこまで話してくれた。 「それなら、練習になりますね」 「……?」 「いつか、本当に好きな人が見つかった時のために、です」 「あぁ……そうだな」 「本気で恋をしている振りをします……なんて、そんなに器用ではないので、お仕事の間は、本気でリヴァイに恋をします」 「あぁ、俺も出来る限り努力しよう」 「はい」 それからは、毎日の様に通い……テーブルマナーにダンス、パーティーでの振る舞い方やマナーなど、沢山の事を教わった。 「今日は、ドレスを買いに行く」 「ええっ? それは兵団のをお借りするって話だった筈でしょう?」 「俺が気に入らないんだ」 「そんな……勿体無い……」 「俺が……そうしたいんだ、嬉しそうにしてくれ」 本気で恋をするとまで言ったナマエに対して、俺も出来る事は何でもしてやりたくなった。 街へ出ると、ナマエが手を繋いで来る事が、最初は恥ずかしかった。だが、今は腕を絡ませる事にも慣れた。 ドレスを何着も試着させて、似合う物を探した。最終的に絞った4着を買う事にした。それに合うアクセサリーや靴もそれぞれ選んで、兵団に届けて貰う様に手配した。 「まだ、次へ行くぞ」 「は、はい……」 疲れた様だが、次は普段着る服を買いに行った。 「好きな物を選べ」 「……!」 「遠慮すると勝手に買うぞ?」 「それはもっと困りそう……」 「なら、さっさと選べ、頑張った褒美だからな」 選んでいる間に店員を呼んで、ナマエに似合いそうな物をいくつか集めて貰った。先に会計を済ませておき、上下1着ずつ持って来たのを一緒に買った。 「嬉しい、ありがとうリヴァイ」 「あぁ……」 「リヴァイ様、お待たせしました」 店員が先程頼んだ物を袋に詰めて渡して来た。 「リヴァイ……まさか……」 「あぁ、これもお前のだ。何着も持って来ねぇとわかっていたからな、先に選んでおいた」 「な、何でそこまで……」 「喜ぶ顔が見てぇ……それだけだ」 「ありがとう」そう言って笑った顔が胸を叩いた。もっと見たい……そう思った。 食事も、他の誰と行った時よりも……いや、初めて楽しいと思ったかも知れない。 これが、恋をするという事なのだろうか? (ナマエ……これは、終わりが来るんだよな……) [ *前 ]|[ 次# ] [ main ]|[ TOP ] |