返しの風に吹かれて


この世界に生まれた事を……呪った

ガキだった俺を踏みつけた汚ねぇ大人供を……呪った

夜の闇すら呪い、あらゆる物を呪った

そして最後に……
俺は最愛の恋人に呪いを掛けた




少人数の壁外遠征が試される……
そんな情報が寝起きの俺に、お前と共に飛び込んで来たのは数日前。
一瞬、この世の終わりかとも思える言葉がお前の口から紡ぎ出され、俺を縛り付けていく様に感じた。

「リヴァイ、ちょっと訓練見てくれない?」

少人数……その中に俺の名前は無かった。
だが、恋人であるナマエは普段ならば俺が置かれるポジションに……一番危険な、死に近い場所に名前が書かれていた。

「あぁ、今行く……」

決定事項は覆らない……それでも俺は、人生初であろう我儘というやつを発した。
エルヴィンが決めた訳じゃねぇのもわかっていたが、聞き分けのねぇガキの様に……感情を顕にした。
黙って聞いているだけのエルヴィンに、徐々に力を失って行くかの様に……みっともなく床に崩れ落ちた俺は、「人間らしくなったな」と、抱き締められた。

そうだ、それは全てナマエのお陰だ。そんな大切な相手を、壁の中で待つなんて事は、俺にとってはどんな拷問よりも耐えられねぇと思った……

「リヴァイ、ありがとうね」
「急に何だ、そんな……」

(別れの挨拶みたいじゃねぇか……)

「絶対は存在しないとわかってるから。それでも最善は尽くすよ。でも、言葉に出来る事は、リヴァイに預けていく……」
「ナマエ……」
「大好き、愛してる……ただ、死を待つだけだと思ってた。でも、リヴァイに逢えて、こんな世界だけど……生まれて良かったって思った。凄く幸せだよ」
「あぁ、預かってやる。だが、貰ってはやらねぇから、取り返しに来い」
「ありがとう。返して貰ったら、次はちゃんと貰ってもらわなくちゃね」
「あぁ、だから、何を失っても……俺の処へ帰って来い」
「うん、リヴァイに帰る」

作戦と訓練と……空いた時間は共に過ごした。

どんなに抱いても、拭えない不安は同じだろう。普段ならば、恥ずかしがって言わない「もっと」と強請り、「もっと強く、もっと激しく」そう言って意識を飛ばさねぇと眠れなかった。




「……明日……だね」
「あぁ、明日だな」

それ以上言葉を発しないナマエは、震えていた。
流石に、今夜は体力も温存したい。意識を飛ばしてやる事は出来ねぇから、明日に響かない程度の睡眠薬をハンジに貰って……今飲んでいる紅茶に入れてある。

(俺に出来る事なんざ、その程度か)

不意に窓の方へ向かったナマエは、しきりにカップの中を覗いている。一服盛ったのがパレたのかと思ったが、そうでは無いらしい。

「……どうした?」
「おまじないを教えて貰ったから、お願いしてたの」

今夜は満月だ……満月は魔力を強めるとも聞く。呪(まじな)いにはもってこいかも知れねぇな……、と、カップに落とした月を飲むのを見ていた。

「カップを寄越せ……」

飲み終わったカップを机に置いた俺は、月を見上げ……月明かりに包まれたナマエを後ろから抱き締めた。

「リヴァイも……祈ってて……くれる?」
「あぁ……いや、祈るよりも……俺はお前に呪(のろ)いを掛けてやる」
「の、呪いぃ?」
「あぁ、俺が呪えば下手な呪(まじな)いよりは効きそうだろう?」
「た、確かに……そんな気がするけど……」

でも、呪いなんて……と、困った顔が窓に映る。

「俺はお前に……幸せになる呪いを掛けた」
「リヴァっ……」

振り向かせ、口を塞いだ。
ゆっくりと……想いも願いも……全てを注ぎ込む様に、深く強く……このまま眠りに落ちる様にと、甘く長く口付けた。

徐々に力が抜けて行き、ナマエは眠りに落ちた。だらりと垂れた腕、首筋に食らい付く俺は、宛ら吸血鬼の様だと思った。

抱き上げて月を振り返る……

(もう二度と……何も呪わずに生きてぇ)

想いは……呪いは……叶うのか……




出立の朝、とても穏やかに目覚めた。
私を抱いて眠るリヴァイに感謝した。

(キスで気絶はしないもんね……)

キスされた後の記憶が無い時点で、眠らされたのだろうとわかる。でも、それが私は嬉しかった。
こんなに優しい人を、置いて逝ける訳が無い……と、涙が出たけれど、悲しくはなかった。

無垢な寝顔を曝すリヴァイの顔をじっと見ていると、視線に気付いて起きてしまう。でも、見ていたかった。

「……起きたのか?」

目も開けずにそう言ったリヴァイに、思わず笑ってしまった。
私は、身動きすら我慢していたのに、気付いてしまうんだ。

「ありがとう、凄く気分がいいよ」
「……そうか」
「……うん」

ぐっと抱き締めている腕に、これでもかと力を込めて来る。それは……「行くな」とは言えない、リヴァイの言葉の様だった。
嬉しくて、黙ってされるままになっていたけれど、ミシッと骨が軋んだ気がした。

「リヴァイ……」

フッと力が緩み、今度は頬を刷り寄せて来た、

「お前は俺のもんだ……巨人になんかくれてやるなよ……」
「うん、髪の毛1本だってあげない」
「あぁ、悪くない」

支度をして、一緒に食事をした。
リヴァイが掬ったスープを私に飲ませて、私もお返しに飲ませた。幸せだよ……と、二人で笑った。

周りの兵士達は、どんな風に見ていたのだろう……痛々しいと思ったか、可哀想とでも思ったか……でも、私は幸せだった。

門の前に並び、壁上のリヴァイを見た。スッと手を挙げると、人影が消えた。付いて行けないなら、門に近寄る巨人を掃除するのは任せろと、リヴァイが指揮をしてくれている。

門を飛び出した私は、よく見える位置に居たリヴァイに手を挙げた。気づいたリヴァイもブレードを高く挙げて見せた。

「行ってきます!」

届く訳じゃ無いけれど、叫んで、前を向いた。




本部に戻った俺は、報告をするためにエルヴィンの所へ向かった。
擦れ違う兵士が皆、俺から目を逸らして道を開けていく。皆知っているからだろう……

(俺は今、どんな顔をしてるんだ……)

重い足を、それでもなんとか動かして歩く。団長室の扉を開けると、幹部連中が揃っていた……が、エルヴィンの驚いた顔を見て、視界がブラックアウトした。




何もしてやれない、助けに行くどころか……状況を知る事すら出来ねぇ。

救護室で目を開けた俺は、横に居たハンジにどれくらい寝ていたか訊いた。

「半日だよ、どうせなら帰還まで寝てられれは良かったのにね」
「あぁ、そう出来れば苦労はねぇな」
「医者もストレスだろうと言ってた。他は健康そのものだってさ」
「だろうな……」
「お盛んだったそうで……」
「あぁ、溜まる暇も無かったな」
「あー、そりゃ良かった」
「良かねぇよ……」

明日までもたねぇと言えば、苦笑いだ。
帰還は……明日の午後を予定している。




巨人の領域には、昔の貯蔵庫が点在していて、未だ回収されていない塩がある。貴重な物だとわかるけれど、遠征ルートから外れた小さな倉庫だからといって、少人数は危険な任務だった。

1日掛かって、夕方には目的地 である倉庫のある町だった場所に着き、来るだけで、10名も失った事を知った。空の荷馬車でそれなら、荷を守る帰りはどうなるのかと不安に思った。

夜は、眠れないかと思ったけれど、疲れからか、いつの間にか眠っていた。

翌朝、昨日のうちに荷は積んであったので、明るくなり始めた頃には帰還するために発った。

半分以上進んだ辺りで、後方に数体の巨人が迫った。

(逃げ切れない……)

人命よりも物質……リヴァイなら……と、冷静に考えた。

「時間を稼ぎます!」
「任せた!」

私の他に5名が隊列から離れた。

(リヴァイなら、俺が倒すと言えるんだろうなぁ)

それでも、今回の遠征は次期の精鋭部隊候補が何人もいた。そして、私と共に来たメンバーは腕の立つ者ばかりだった。

全部で8体……私も1体討伐した。
無傷とは行かなくても、誰も失わなかった。

「また出ないうちに後を追いましょう!」
「でも……馬が……」

巻き添えを食らった馬が2頭、倒れていた。トップスピードで追えば追い付けるかもしれない。でも、それは諦めて、二人で乗る馬の速度に合わせて走った。




俺は、地下牢に居た。
囚人を預かるから鎖等の点検をしてくれと言われ、中に入るなり閉じ込められた。

「リヴァイ、ごめんよ? エルヴィンの判断なんだ」
「……そうか、ならもう戻れ。逃げようとしたりはしねぇよ」

見送って戻っただけでぶっ倒れたんだ、これでもし……ナマエが戻らないなんて事があったら、正気で居られるか……俺ですらわからねぇ 。
かえって助かったと思うべきだろう。

何時間経ったのか、エルヴィンが食事を持って来た。

「食事……? まだ……戻らねぇのか?」
「ああ、その様だ。帰還していない」
「そう……か……」

嫌でも浮かぶ、全滅という可能性…… それでも、暗くなって朝を待つ場合だってある……と、床に落とした視線を戻した。

「帰還したら知らせてくれ」
「ああ、もう暫く辛抱してくれ」
「わかっている、こうしてくれた事に感謝している。今の知らせも部屋に居たら、冷静には聞けなかっただろう」

エルヴィンにしても、これで本当に全滅なんて事になれば、落ち着いてなど居られないだろう。そう思えば、まだ落ち着いて居られる。

だが、その時既に本隊は帰還していたのを俺は知らなかった。
他の誰かでは、俺に悟られてしまうだろうと、エルヴィンが来た事も。
本隊だけで、ナマエは帰還していなかった。けれども、遅れていてもまだ諦めていない。だからこそ、俺にはまだ何も知らせるつもりは無かったのだと後で聞かされた。




早朝……だろうか? 眠れないでいた俺は、足音に顔を向けた。壁にある鍵を取り、入口を開けたのは、ナマエだった。

「遅く……なってごめんね……」
「あぁ、お帰り……ナマエ」

寝台に座ったままの俺に近付いたナマエは、俺を抱き締めた。

俺はナマエにキスをして、そのまま押し倒した。服を剥ぎ取り、脱ぎ捨て……夢中で抱いた。それこそ、正気じゃなかったかも知れない。
ぐったりと……意識を失ったナマエを、それでもまだ突っ込んだままで、座って抱き締めていると、ハンジが現れた。

「感動の再会はどう……って、あぁ、終わってはいるみたいね」
「……あぁ」
「その様子じゃ、当分起きそうもないだろうから、昼にまた起こしに来る。リヴァイも少し眠れば? 寝てないんでしょう?」
「あぁ、すまねぇが……コイツの服も頼む」
「無惨な事になってるね……了解」

ゲラゲラと下品な笑いが遠ざかると、俺も眠く感じて、抱き締めて眠った。
目を覚まして、取り敢えず服を着た。丁度そこへハンジが来て、服を貰った。
まだ起きそうに無いナマエに服を着せて「団長室に来てね」と言われたから、ナマエを抱いて向かった。

そこで、昨日伏せられた事実を聞かされた。

「そうか……」
「騙して悪かった」
「いや、正直俺は……コイツが戻れば問題ない」
「……その様だな」

横でゲラゲラとまた笑っているハンジに聞いたのだろう、エルヴィンも笑った。

「だが、次は無いと思ってくれ」
「ああ、人類最強の殺人鬼を産み出したいならどうぞと……上には言っておくよ」

そのまま今日は休めと言われ、部屋まで抱いて歩いたが、擦れ違う兵士達が皆微笑んだ。
きっと俺は今、幸せな顔とやらをしているのだろう。



「呪いはね……掛けた人に返るんだって……リヴァイ、ねぇ……幸せ?」
「あぁ……幸せだ」


『 Happiness which a wind carries 』

End


『 Happiness which a wind carries 』
(風が運ぶ幸せ)


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