嫌悪の裏側
〜奪ってたなんて知らねぇよ〜


明るく、元気なナマエの姿は目立つ。
班長という立場からかも知れないが、近くに居る事も多く……目障りだ。
そして、よく通る特徴のある声は耳障りでしかない。

(……不愉快だ)

午後の訓練が終わり、体はそれ程疲れてはいないが、あの声を聞いていると疲れが増す様に思えた。

「うっわ、機嫌悪そうだね」

放って置けば良いものを……そう思いながらも、声を掛けて来たハンジに足で答えた。

「相当悪いね、ったく、容赦無いんだからさ……」
「なら、声を掛けて来なければいい。違うか?」
「そうなんだろうけどね、最近ずっとじゃないか……皆心配してるんだよ?」

要は……探って来いと言われて来た訳か。

「特に何も無い。気のせいだろう?」
「元々機嫌がすっごく良さそうという事も特に無かったけどさ、今よりは全然普通だったと思うよ?」
「……他に用が無いなら俺は戻る」

チラッと見た先には、此方へ歩いて来るナマエが見え、俺はハンジの返事も待たずに踵を返した。

「あ、ちょっ、リヴァイ……」

呼び止める様に叫んだが、付いて来る訳でもねぇ。そのまま足早に……まるで逃げる様に立ち去った。

(何故、俺が避けなきゃならねぇんだ)

執務室へ戻ったが、書類を見るのも億劫になり、ソファーに横になった。




班長になってから、近くに居る事が増えた兵長にアピールしようと頑張っていたけれど、やっぱり無理か……と、足早に去る背中を見た。

先日、同期の娘に「その後どう?」と、しつこく訊かれて濁していたけれど「兵長はどう?」と、やたらと食い下がるから「全然興味も無いと思う」と答えた。

「今日も兵長格好良かったね、あのアンニュイな雰囲気が素敵だよね……」
「そうだね……」

私と彼女は、憧れ組だった。簡単に言えば、お姿を見られるだけでいい……という感じで、私はそこから抜け出して、いつか告白したいと思う様になった。
彼女から見れば、格好良いのかもしれないけれど……

(凄く不機嫌にしか見えない……)

特に、ここ数日は酷い。しかも、避けられている様な気さえするのは自意識過剰ってやつなんだろうけど、こっちを見てから立ち去った様な……?

(何かやらかしちゃったのかなぁ……? 記憶には無いんだけど……)

「どうかしたの?」
「え? あっ、何でも無いよ」

考えても仕方が無い……と、私はそのまま自室へ戻った。




……苛々する。
考えない様にしようとすればする程に、頭に浮かぶ姿……耳に残る声。
じわりと蝕まれていく様な、侵食されていく様な、不快感が胸を占める。

「リヴァイ……」
「なんだ、クソ眼鏡……ノックくらいしやがれ」
「リヴァイだってしないじゃないか」
「……用件は何だ」
「話題変えてるし……」

眉間の皺を更に深くすれば、仕方ないと言った様子で息を吐いている。

「ちょっと気になった事があってさ……」
「……」
「リヴァイはさっき、ナマエが来たから急いで行っちゃったんじゃない?」

コイツは本当に要らねぇところで鋭い……

「否定しないの?」
「……」
「リヴァイがナマエをねぇ……」

急に優しく笑って、敢えて言葉を隠しやがった。

「……何だと言うんだ、目障りで苛つくだけだ」
「へ? ぶふっ! 自覚なかったのか、そうか、あぁ……それなら納得だわ……」
「何が自覚だ、勝手に納得してんじゃねぇよ」

……気分は最悪だ、反対側でソファーを叩きながら笑い転げるのを、黙って見ていた。
テーブルが無けりゃ、ソファーごと吹っ飛ばしてやりてぇが……何故か、気力も削がれた。

「ねぇ、リヴァイ……何でそんなに苛つくのに気にするのさ?」
「それがわからねぇから余計に目障りなんだ」
「あー、重症だね」
「……俺は病気なのか?」

病気だから……なのか?

「そうじゃない、病気よりある意味厄介ではあるけどね」
「……何なんだ?」
「これは……」
「…………?」
「恋患いだ!」

俺は愕然とした。

(恋……だと? 俺が……?)

驚きと怒りと苛立ちと……根刮ぎ持って行かれちまった俺は、真っ白だった。
あぁ、思考という物が機能することを忘れた様だと言ったらいいのか?

「リヴァイ……?」
「……」
「おーい!」
「……」
「あちゃー、機能停止しちゃってるかな……こりゃ……」

それから、ハンジ曰く小一時間掛かって俺の思考はゆっくりと機能し始めた。
俯いていた顔を上げると、ハンジが俺を見ている。

「最初から、そんな感じだったのかい?」
「いや、そうじゃ無かった」

俺はゆっくりと動き出した思考の中で、ナマエの会話を思い出した事を話した。

『兵長はどう?』
『興味無いと思う』

その時から、どうにもなら無いと思った時点で、俺の中で捩れてしまったんだろう……と、ハンジは言った。

「今はどうだい?」
「……よく、わからねぇ」

苛立ったり目障りだと思ったのは、八つ当たりか責任転嫁だったのだろう……だが、どうにもならないのは事実だ。

「ナマエを抱き締めたいとか思わない?」
「……」

それどころか、腹いせと言わんばかりに、夜毎めちゃくちゃにしてやる夢やら想像で、何度……

「欲しいと思った……自分のものにしたかった」
「そっか、良かったよ」
「何がだ、何にも良くねぇだろうが」
「ちゃんと目的があるじゃないか。はっきりと本人に言われた訳じゃないから、諦められきれない気持ちが苛立ちの原因だったのさ」

(諦めきれない……?)

「告白してみたらどうかな?」
「無駄だとわかっているのにか?」
「そうさ、きちんと振られて、ちゃんと諦めるんだ。でも、まだ可能性も無いとも限らないでしょう?」
「だが……」

可能性がゼロじゃ無いにしても、それでも、諦めるのにそこまでしなきゃならねぇ意味がわからねぇ。

「なんだ、リヴァイは思ったより臆病だったんだね」
「……」
「毎回断ってるけどさ、リヴァイに告白してる女の子達の方が勇気あると思わない? 上手く行くなんて、皆思って無いんだよ……」

だったらしなきゃ良いだろう……何故、わざわざ辛い顔をしに来るんだ……

「でもね、そうやってけじめをつけて、ちゃんと終わりにしてから、また新しく恋をするのさ」
「こんな事にもけじめをつけたりするのか」
「そうだね。中にはダメ元でも、上手く行ったらラッキーなんてのも居るみたいだけどね」

苛つきは、殆ど無くなっていた。だが、希望が持てるかと言われたら、それも無い。
ハンジの言う様に、女よりも勇気が無いと言われても、悔しいと熱くなる程ガキでもねぇ……

そんな俺の頭の中を見透かす様に、ハンジがニヤリと笑った。

「じゃあさ、リヴァイは何にもしないでナマエが誰か他の男のものになっても平気なんだね?」
「平気……じゃねぇよ!」
「そう? じゃぁ……どうすんのさ」

俺は盛大に舌打ちして立ち上がった。
座っているハンジを横目で見下ろせば、悔いの無い様にと手を振っていた。




俺は、直接ナマエの部屋へ向かったが、生憎留守だった。だが、今じゃなきゃもう、勢いすら無くなっちまう……と、探し歩いた。

もう、此処で最後と開けた書庫で……山と積まれた資料を片付けるナマエを見つけた。
幸いな事に、部屋の中にも外にも人は居なかった。

「兵長? 資料ですか?」
「……」

咄嗟に言葉が出なかった。
見つめたまま近寄った俺に、ナマエは何故か後ずさった。

「へ、兵長……すみません、やっぱり何かやらかしましたか? 私は……」
「あぁ、派手にやらかしてくれた」
「す、すみません……」

壁まで下がったナマエを壁に縫い止めた。

「お前は……俺の目も耳も、心も奪った。だから、取り返さねぇで……お前も俺が奪ってやる」

驚いた目は、確りと俺を見て、耳は今、俺の声だけを聞いている。何か言おうにも、言葉にならない様で、言葉も奪った。

「俺を見て声を聞いて、言葉も奪った。お前の……心も奪いたい」
「……ど、どうぞ? でも、そんなものはとっくに兵長に奪われちゃってますが……」

怖かったのか、ビックリしたのか、嬉しいのか悲しいのか……ポロポロと涙を流すのを見て、手を離して抱き締めた。

「お前は俺に興味が無いと言っていた……」
「何で……聞いて……?」
「たまたま、後ろを通った」
「あれは……『兵長が、私には興味が無いと思う……』という意味で言ったんです」
「俺はお前が好きで、だが、興味が無いと知って……苦しかった。お前は……」
「多分、兵長より前から、私は奪われたままです」

そこで、会話は終わった。
互いの中にある想いを取り返すためか、更に送り込もうとしたのか……長い長いキスをした。




翌日から、前日までの不機嫌が嘘の様に消え去り、不気味がられたが、ハンジは結果がわかっていた様だ。

あのままだったら、どうなっていたのだろうか……?
本当に誰かに奪われてしまったかも知れないと思うと、そうならなくて良かったと思う。

本物の温もりや肌は夢や想像ではわからない。
あれから1ヶ月……

「今夜……来ないか?」
「……はい」

俺はやっと……

End


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