空の落とし物


三日間続いている嵐の最中、俺は不本意ながら森に居た。地上に出て初めて見た自然の猛威に、ただ、驚くばかりだったが、それにしても……

「クソッ、何で俺がこんな……」
「まぁ、これも仕事の内だから、仕方ないと思って諦めようよ……」
「で、何でお前まで付いて来たんだ?」
「……暇だから?」

盛大に溜め息を吐いて横を見ても、気にする様子も無い。

「危ねぇだろうが、少しは考えろ」
「だって……最近忙しかったから、一緒に出掛けたりも出来なかったし……」

それを言われると耳が痛い。確かに、忙しくて余り構ってやれなかった。

「だからってな……お前、自分の事わかってるよなぁ?」
「ん、まぁ、一応?」
「わざわざ災難呼び寄せる様な奴が、嵐の中に出てどうする」
「リヴァイが強運だから何とかなるんじゃないかなー? って……」

こいつ……ナマエは、何か事が起これば大概巻き込まれているか、中心にいる人騒がせな奴だ。
こうしている今も……崩れた地面に引き込まれそうになったのを拾ってやっている……

「しっかり見て歩けねぇのか?」
「ごめんね、助かったよ」

こいつと居たら、俺も命がいくつあっても足りない気がしてくるが、こいつの言う通り、俺は強運らしい。

ぬかるむ足元は、歩きにくい……

「あ、見えてきたよ! 弾薬倉庫」
「あぁ、あれか……無事そうだな」

風で木が倒れたりする被害があちこちで出ているため、各地の倉庫の点検に駆り出されたのだ。
嵐が去ってからでは、壊れて盗まれたり事故があっても困るからだと言うが……

「あっ!」
「……これじゃ中は確認出来ねぇな。帰るか」

目の前で木が倒れた。建物の入り口を塞ぐ様になったが、建物自体は難を逃れた。建物に入ってからなら、確実にヤバかったと思うのは、きっと俺だけじゃないはずだ。

「やはり、お前は来るべきじゃなかったな……」
「……そうみたい。帰ろう……」
「あぁ……」

大きな目を悲し気に半分にして、視線を落としたナマエはゆっくりと来た道を戻り始めた。
こんな時、俺は上手い事を言えない自分が嫌になる。

歩き出して数分後、今度は先の方で木が倒れ、同時に突風が吹いた。

「うぐぁっ」

いきなり何かが顔にぶつかって……変な声が出た。
視界を塞ぐ……コレは何だ?

「り、リヴァイ……」
「ったく……何だ……」

顔についた物を摘まんでぶら下げた。

「鳥の……雛だね……」
「ヒナ? 種類か?」
「へっ? いや、赤ちゃんの事だよ……可愛いなぁ…………いっっ!」

触ろうとしたナマエがつつかれた。
慌てて手を掴んで見ると、血が出ていた。ゆっくりと舐めてやると、顔を染めていた。

「……可笑しな奴だな、消毒だろう?」
「何でそんな色っぽい顔でっ……」
「……ナマエの反応が楽しいから、だな」
「……」

ピイピイと雛が鳴き出した……親を探しているんだろうか?俺は高く手を上げてみた。

「親はどこだ?」
「……巣から落ちたら、人の手に触れたら、可哀想だけどこの子はもう、親のところへは帰れないんだよ……リヴァイ」
「そうか……」

手に乗せると、大人しくなった。
仕方なく、そのまま持って帰った。



「てめぇ……クソはそこでするんじゃねぇって教えただろうが!」
「ピィ」
「出来なきゃ餌はやらねぇからな」
「ピィ」

言葉が通じているのかわからねぇが、掃除の手間を増やされるのは御免だと、何度も教えた。

「リヴァイ、餌捕ってきたよ」
「あ、あぁ、すまねぇな」

ほら、と……見せられたが、見たくない。ミミズは気持ち悪ぃよ……何でこいつは平気なんだ……?

摘まんでぶら下げたナマエが雛の口元へ持って行ったが、見向きもしない。
再度寄せると、思いっきりナマエの手をつついた。

「痛い……ミミズ嫌いなのかな?」

仕方なく、紙に乗せて俺が近づけたら、可愛く鳴いて食べた。

「えーっ! ずるいっ!頑張って捕ってきたのあたしなのに……」
「その子はリヴァイが親だと思っちゃったんだろうね……」

いつの間にか居たハンジがナマエの頭を撫でてやっていた。

「何の用だ?」
「リヴァイがペットを飼っていると聞いて、見に来ただけ……しっかし、リヴァイが親とか……」

笑い転げるハンジは、そのまま部屋から蹴り出した。

「俺が育てなきゃならねぇのか?」
「そうなるね……ミミズ触れないくせに」

俺はナマエの手を消毒して包帯を巻いてやったが、その間ずっと雛はギャァギャァ鳴いていた。




それから二週間経った。
フワフワして、毛玉みたいだった雛は、所々フワフワを残して羽が生えていた。なんだかみすぼらしく見えるのは、中途半端に残っているフワフワのせいなんだろう……

「会議に行くぞ」

声を掛けると、肩にピョンと乗る様になった。
本来なら、置いて行きたいところだが、昨日置いて行ったら……気に入らなかったらしく、部屋がめちゃめちゃに荒らされた。

「大人しくしていろ。出来なきゃ外へ放るからな」
「ピィ」

返事もする。どこまでわかっているかは……謎だがな。

「あ、リヴァイ……と、ヒナちゃん」
「……ヒナちゃん?」
「この子の名前でしょ?」
「いや、名前なんかつけてねぇよ……なぁ、雛」
「ピィ」
「それ、絶対名前だと思ってるよ……その子は……」

呆れた様に笑ったナマエがいつもの様に腕を組もうとした時、反対側の肩から移動した雛がナマエの顔目掛けて飛び掛かった。

驚いて引き離したが、足の爪が頬の皮膚を破り、目を狙っただろう嘴(くちばし)は、目の上を深く傷付けていた。
引き離した雛を床に投げて、座り込んだナマエの顔を上げさせたが、右と左で違う色の涙を流し、悲しい目で俺を見た。

「ヒナちゃんに……嫌われてたんだ……私……ごめんね、リヴァイ……」
「何故、お前が謝る?」

抱き寄せようとした腕を払い除けて、もう一度「ごめんね」と言ったナマエは立ち上がり、走り去った。

訳が……わからねぇ……

「俺の大事な女の顔に傷付けやがって……次やったらてめぇを殺してやるからな」
「……ピッ……」

本当なら、今すぐにでも切り刻んでやりたいくらいだったが、ナマエが「森から預かった大切な命、頑張って帰してあげようね」と笑っていたのを思い出してやめた。


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