恋する俺の一発勝負 5


外へ出た俺は、先ず……ナマエの位置を確認して、リーダーらしき男から距離をとった。
幸いな事に、本来ならドアから遠いリーダーの横に人質は居るもんだが、慣れてないのか、ドアに近い所にナマエは居た。

(巻き込んですまねぇ……)

適当に避けつつ、受けた振りを続け、少しふらついて見せたりしながら時間を稼いだ。

そろそろだと思った時にドアが開いた!

リーダーの方へ一人吹っ飛ばし、怯んだ隙にナマエを奪い、一瞬だけ強く抱き締めて「すまなかった」と囁き、振り向き様にハンジへと放り投げた。

鍵の閉まる音を聞いた俺は、迷わずリーダーへと走り、米神に回し蹴り一発で倒した。肋が悲鳴を上げたが、後は庇いながらでもなんとかなった。

「今後この店に関わったら、次は無いと思え。間違いなく殺してやる。よく覚えとけ」

そう言ってそいつは態(わざ)と逃がしてやった。

もう、動ける奴は残っていないのを確認して、ドアをノックした。

「……お見事。流石はリヴァイ……」

外を見回したハンジはそう言ってから俺を見た。

「大した事じゃねぇ…… あいつは無事か?」
「傷ひとつ、ついてないよ。ほら……」

俺を店内へと促したが、俺はハンジの後ろの方で怯えた目のナマエを見つけ、入るのを止めた。

「俺はもう帰る。後は任せた……」

そのまま、背中を向けて歩いた。

恐ろしいものを見る様なナマエの目が……慣れている筈のその目が、怖かった。
最初で最後だろうと抱き締めた感触は、ずっと感じていたかった。

翌日から俺は……運がいいのか悪いのか、王都での会議のため、定例会の直前まで王都で過ごした。




定例会は退屈だ。
幹部連中は絶対参加だが、普段は従うだけの兵士達の意見などを聞いたり、作戦などの問題点を話し合ったりする場で、俺はただ聞いているだけの立場だ。

「打ち上げ、ちゃんと参加してよね?」

何故か隣の席のハンジが声を掛けてきた。

(誰だ、席を決めた奴は……)

「幹部は強制だろうが……」
「まぁ、そうなんだけどね」
「行かなきゃならねぇなら、行くしかねぇよ」

本音を言えば、行きたい筈もない。また、怯える姿を見せられたら……俺だって辛い。

定例会は予定通り終わり、幹事であるハンジに連れられて、一足先に店へと向かった。私服ではない姿で店を訪れるのは初めてで、先日の件も併せて俺の足は鉛の様に重かった。

先に入ったハンジが何やら話している横を通り、俺はいつもの席に座った。だが、前を見る訳でもなく……横にあるテラスへと続く窓から外を見ていた。

いつの間にか集まった兵士達の話し声で、店内は賑やかになった。
パンパン! と、注目を集めたハンジの横でエルヴィンが挨拶をして、乾杯をした。

打ち上げは、所謂、親睦会だ。
次から次へと酒が注がれていくのを流し込むのが続いた。

「相変わらず人気だねぇ、リヴァイは……」
「知るか、これも仕事だからやるだけだろう?」
「みんなリヴァイと話してみたいのさ」
「俺は別に……」

女性兵が入れ替わり立ち替わり来るが、興味も無いから話も聞いている様で聞いていないのが現実だ。
俺が話したいのは……酒を注いで貰いたいのは……と、ナマエを見れば、目が合った。しかし、スッと逸らされた。

(もう、此処へ来る事もねぇだろうな)

俺は身体中の痛みよりも痛む胸を誤魔化す様に……浴びる様にグラスを空けていった。

追加の料理が運ばれたが、俺の居るテーブルに ナマエは近付かない。

量を飲めば、当然……用を足したくなる。渋々立ち上がり、戻ったらエルヴィンに一声掛けて帰るかと、考えていた。

戻った俺が見たのは、班員がナマエに絡む姿だった。ゴロツキの様な絡み方ではないが、しつこく横に座れと腕を引いている。

「いいのかい?」

いつの間にか横に居たハンジが囁く……

(良い訳がねぇだろうが!)

……俺は、走り出した。
周りが全てスローモーションの様に見え、班員を椅子ごと蹴り倒し、ナマエを肩に担ぐ様に抱え、そいつからかっ拐った 。
そのまま、開いていたテラスの窓から外へ出て、柵も飛び越えて走った。
近くの宿へ入り、部屋を取り、黙ったままのナマエをベッドに降ろして……押し倒した。

両手首を掴んでベッドに捕らえた体勢で……俺はハッとして我に返った……

(俺は……一体何を……)

そろりと手を放して、柔らかい肢体の上からゆっくりと離れようと体を起こそうとしたが、ナマエが自由になった手を首に回してしがみついた。

「怖い思いをさせて……すまなかった」
「ち、違います……」
「……違わないだろう? 俺のせいで怖い思いをしたんだ。今も……そうだろう?」

小刻みに体を震わせるのは、恐怖からだろう。
俺はそっと離そうとしたが、ぎゅうぎゅうと締め付ける腕に、諦めて額をベッドに着けた。

「このままじゃ、俺は何をするかわからないぞ? 頼むから……放してくれないか? そして……黙って帰ってくれ。俺はもう店にも行かないから、安心していい……」
「い……や……です……」

耳元で、やっと絞り出した様なか細い声も震えている。なら、俺はどうしたら……?

「ナマエ……頼むから……」

身体が……熱い。猛り狂う劣情と、はち切れんばかりの欲望に酒が加担しているのだろう……ギリギリのところで踏ん張っている理性はもう、限界だった。

「わ、私を……」
「……何だ? 言ってくれ……」

消え入りそうな弱々しい声に、全ての神経が集中する。

「……抱いてください……」

……は? ちょっと待て!
劣情と欲望と理性も常識も総動員したが、何故その言葉が出て来たのかが理解出来ずに、俺は言葉が出なかった。

「すみません……嫌……ですよね」

ナマエの腕の力が抜けて、俺の下から這い出した。ベッドから降りようとするナマエに気が付いて、俺は後ろから抱き付いた。

「……いいのか?」

コクンと頷いたナマエを、今度はゆっくりと横たわらせた。

「あ、あの……」
「……やめるか?」
「すみません……どうしたらよいかわからなくて……ふ、服は脱いだ方がいいですか?」

オロオロとする様を見て、諦めにも似た感情がじわりと侵食していく……

「……初めてか?」
「……すみません」
「それなら、やはり……俺なんかじゃなくて、好きな奴と……」
「はい……あの、すみません……」

あぁ、勢いでどうにかしなくて良かったと思う気持ちと、あのまま食っちまえば良かったと思う気持ちに溜め息を吐いて目を閉じた。

「で、ですから……貴方に……」
「……はぁっ?」
「すみませんっ! ご迷惑ですよね……」

真っ赤になり、震えて……とうとうナマエは枕で顔を隠してしまった。

ちょっと待て、今何て言った?
俺は今日、何回自分の耳を疑えばいいんだ? と、そっと枕をどかした。

「ナマエは謝ってばかりだな……」

髪を撫で、頬をなぞり、唇に触れた。

「ナマエ……お前が好きだ。俺だけのものになってくれるか?」
「はい!」

そう言ったナマエの顔は、数日ぶりに見た……一番見たかった極上の笑顔だった。

その後は……ゆっくりゆっくり時間を掛けて肌を馴染ませ、何度も何度も互いを求めた。



それからも、俺は忙しかった。
父親の許しを貰い、毎日毎日……ナマエが絡まれない様に見張った。

あの笑顔は……俺だけのものになった。

End


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