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50


後ろ髪を引かれる思いで並盛トリオと別れ、昇降口で急いで上履きに履き替える。
階段を駆け上がって、あたしは何度も通った応接室の前までやって来た。
一度深呼吸をしてからドアをノックする。
返答はない。
そっと開けて中を覗いてみる。
わずかに開いた窓から入る微風がカーテンを揺らしているだけで、そこに雲雀さんの姿はなかった。
屋上、かな。
見回りにさえ出ていなければ、雲雀さんは高確率で屋上にいる。


―――――きっといる。


あたしはドアを閉めて、一目散に屋上を目指した。
気持ちに追いつけない足で転びそうになりながら屋上に続く階段を駆け上がる。
その勢いのまま、ドアを押し開いた。


「雲雀さん!雲雀さんいますか?!」


乱れた呼吸を整える時間も惜しくて、すぐ様彼を探す。


「雲雀さーん!!」

「そんな大きな声で呼ばなくても聞こえてるよ」


探し人の声は上から降ってきた。
慌てて見上げると、給水タンクの上に座っている雲雀さんを見つけた。
良かった…!雲雀さんいた…!
雲雀さんは給水タンクの上からひらりと飛び降りると、ホッと胸を撫で下ろしているあたしの前に軽やかに着地した。


「そんなに慌てて、何かあったのかい?」

「は、はい!オーディションの合否通知が届いて…!」

「…どうだったの?」


あたしは何度か深呼吸をして呼吸を整え、心なしか緊張した面持ちの雲雀さんに向かい合う。


「―――落ちちゃいました」


あたしは苦笑いしながら言って、持っていた合格通知の封筒をクシャリと握り潰してしまった。
あんな勝手なコトして受かるはずないって分かっていた。
アレがあの時のあたしの全力だから後悔はしていない。
それでもやっぱり残念で、悔しくて。
雲雀さんは少し声のトーンを低くして、残念そうに呟いた。


「…そう。お守り、役に立たなかったね」

「そんなコトないです!あのピックがあったからあたし歌えたんです!
 雲雀さんが来てくれたから……歌えたんです」

「雅…」

「あ、でも、残念なお知らせばかりじゃないんですよ?
 実は倉元さんが上の人に掛け合ってくれたみたいで、特別に歌のレッスン受けさせてもられるコトになったんです」


届いた合格通知の封筒の中には、その旨が書かれた紙も同封してあった。
あのヒトが路上ライブをしていたあたしに目を留めてくれたから、オーディションも受けられた。
本当に倉元さんには頭が上がらない。


「へぇ。それじゃぁ、またオーディションに挑戦するのかい?」

「勿論です!今回は本当にいい勉強になりました。
 まだまだ自分が未熟だって分かったし、沢山の人に自分の歌を聴いてもらえる喜びも知りました。
 あたし、もっともっと頑張って、ヒトの心を振るわせられるような歌を歌いたいです!」


胸の前でストラップを握り、意気込んで言うあたしの頭に雲雀さんがゆっくり手を伸ばした。
大きくて温かい手が髪に触れる。


「……僕には届いてたよ。君の声」


そう言って、雲雀さんはあたしの頭を優しく撫でながら柔らかく笑った。

トクン、と心臓が鳴る。


―――――あぁ、好きだ。あたしはこのヒトがどうしようもなく好きだ。


溢れてくる想いが止められない。



「……好きです。あたし、雲雀さんが好きです」



思わず口から零れてしまった。
一瞬置いてハッとする。
全然言うつもりなんてなかったのに…!
流石の雲雀さんも突然の告白に少しは驚いたようで、切れ長の瞳をちょっとだけ見開いた。
今までの関係が壊れてしまうかもしれない。
雲雀さんに歌を聴いてもらえなくなるかもしれない。

けれど、夕暮れの空気を震わせてあたしの口が紡いだ言葉は、もう元には戻せない。

覚悟を決め、あたしは漆黒の瞳をジッと見つめて雲雀さんの答えを待った。
きっと、相手にしてもらえない―――そう思ったんだけど。


「知ってるよ」


雲雀さんはいつもと何ら変わらぬ調子でさらりと言った。


「…へ?」


拍子抜けして何とも間抜けな声が出てしまった。
そんなあたしの反応に、雲雀さんはくつくつと笑った。


「言っただろ?僕には君の声が届いてたって。
 雅はいつだって僕の為に歌ってくれてた。違うかい?」


―――違わない。
雲雀さんに出逢ってからのあたしは、いつだって彼の為に歌っていた。
雲雀さんのことを想って、歌っていた。


ちゃんと聴いていてくれたんだ、雲雀さん。
あたしの想いを、ちゃんと―――――


それだけで十分過ぎるのに。
嬉しくて声も出せないでいると、雲雀さんは天地が引っ繰り返るくらい驚く発言をした。


「…でも、好きになったのは僕の方が先だよ。
 何てったって、出逢う前から僕は君の声に惹かれていたんだからね」


え?え?
そ、それって、雲雀さんもあたしを好きってコト?
そんな夢みたいなコトあっていいの?
何だか信じられなくて、惚けたまま目の前で微笑む雲雀さんに確認する。


「あたし、雲雀さんのこと好きでいいんですか?」

「あぁ」

「これからも雲雀さんの為に歌っていいんですか?」

「勿論。…そうしてくれないと、ちょっと困る」


少しだけ照れ臭そうに呟いて、雲雀さんはあたしの手を攫って給水タンクの方へ歩き出す。


「ひ、雲雀さん?」

「今日はもう風紀の仕事は手につきそうにないから、歌ってくれる?」


肩越しに振り返ってそう言った雲雀さんの口元には柔らかい笑み。
今更心臓が騒ぎ出す。
繋がれた雲雀さんの手をぎゅっと握って、あたしはとびきりの笑顔で「はい」と答えた。


「あたしも歌いたくてうずうずしてました!」


あたしを見て、また雲雀さんが優しく笑う。
きっとこれからも、あたしは歌い続ける。

雲雀さんの、この笑顔が見たいから。


茜色に染まる屋上で、ギターを掻き鳴らし、自由気ままに歌う。

ただひとつ。

この想いが初めて好きになった貴方に、全て届くように祈りながら。


奏でられた旋律は、校舎を吹き上げる風に乗って舞い上がり、暮れなずむ空に吸い込まれていく。


ねぇ、雲雀さん。


あたしの声は聴こえますか―――――?


2010.11.11  fin.


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