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「け!相変わらず変な女ッスね、アイツ」
走り去る雅ちゃんの後姿を目で追いながら、獄寺君がオレの隣で悪態をついた。
確かに獄寺君の言うとおり、今の雅ちゃんはちょっと変だった。
それに山本も…。
オレは未だ雅ちゃんが駆けて行った方向を向いたまま、動かない山本を見る。
あ…またこの背中。
前にも見た、淋しそうなソレ。
獄寺君も気が付いてオレの方を向いて首を傾げた。
2人で声を掛けていいのか迷っていると、山本がぽつりと呟いた。
「…ダメだなオレ。行くなって言えなかった」
「山本、もしかして雅ちゃんのこと……」
「あぁ、好きだぜ」
いつもの笑顔で振り返り、山本はさらっと気持ちを打ち明けた。
オレはやっぱりって思ったけど、獄寺君は心底驚いたような顔をした。
「げっマジかよ…」
「あぁ。…でもよ、音ノ瀬には歌とヒバリしか見えてねーのな。
告るコトも出来ずに終わっちまった。ハハ、なっさけねー」
「山本…」
オレは明るく振舞う山本の笑顔が痛々しくて、視線を地面に落した。
雅ちゃんがヒバリさんを好きかどうか。
それは直接訊いたわけじゃないから分からない。
ただ雅ちゃんがヒバリさんを好きなんだって知ってしまったのなら……これから先、山本が自分の気持ちを雅ちゃんに伝えるコトはないだろう。
山本は強くて優しいから、雅ちゃんの気持ちを優先すると思うんだ。
それは凄く切なくて、勇気の要る決断だとオレは思う。
……やっぱり山本は凄いや。
完璧な失恋じゃないけど、好きなヒトに想い人がいるってショックだよな…。
こういう時何て言って励ましたらいいんだろう。
ロクな言葉も思いつかないで困っていたら、獄寺君が舌打ちした。
「チッ女に振られたくらいで落ち込むなんてらしくねーんだよっ!この野球バカッ!」
「ご、獄寺君!!まだ振られたって決まったわけじゃ…!」
「いーんスよ、10代目!ただでさえこいつ、ボンゴレと野球、二足の草鞋履いてんスよ?
この上女になんざに現抜かされたら堪んねーッス!」
な゛、何言っちゃってんの、このヒトーーー!!
ボンゴレ関係ないから!!
山本はあくまで友達だから!!!
そんなオレの心の叫びを余所に、獄寺君は山本を睨む。
「おい、野球バカ。今日は部活サボれ」
「へ?」
「こういう時はパーッと遊ぶんだよ!パーッと!
まぁ、あんま金はねーけど……オレ様と10代目が付き合ってやっから感謝しやがれ!」
きょとんとしている山本に、獄寺君はビシッとゴツイ指輪を嵌めた人差し指を突きつけた。
獄寺君なりに慰めようとしてるのは分かるけど、何で上から目線?!
しかも勝手にオレも行くコトになってるし…。
勿論、異論はないけど。
目をパチクリした山本はプッと吹き出した。
「獄寺、おまえやっぱいいヤツな!」
「んな゛…?!気持ち悪ぃーコト言ってんじゃねー!」
「アハハ!照れんなって!」
「誰が照れるかっ!
…で、どーすんだよ。行くのか行かねーのかさっさと決めやがれ」
「ツナはいいのか?」
「うん。どうせ帰っても宿題くらいしかやるコトないし。山本がいいなら遊ぼうよ」
笑ってオレがそう答えると、山本は被っていたキャップのつばを摘んで少し下げ俯いた。
「……サンキューな。ツナ、獄寺」
つばに隠れた山本の顔は見えない。
口元は笑みを浮かべているけど、もしかして涙ぐんでる…?
気まずくなりかけた空気を、獄寺君の怒号が一蹴して吹き飛ばす。
「…オラ!待っててやるからとっとと準備して来い!」
「おぅ!」
顔を上げた山本は、いつもの人懐っこい笑みを浮かべていた。
そして「ちょっと行ってくる!」と部室の方へ走って行く。
「…ありがと、獄寺君。オレ何て言って慰めていいのか分からなかった」
「礼なんて止して下さいよ、10代目。これも右腕の仕事ッス」
照れたように笑って獄寺君は頭を掻いた。
不器用だけど獄寺君の優しさが垣間見れた気がして、少しホッとする。
山本に対していつも喧嘩腰だしオレの為だって言うけど、何だかんだ口を出すのはちゃんと友達だって思ってる証拠だよね。
山本も雅ちゃんも、オレにとっては大事な友達で。
どっちも応援したいけれど、どうにもならなくて。
オレはちょっぴり切ない気持ちで山本を見送ったけど、その背中はさっきより淋しくないように見えたんだ。
2010.10.16
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