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04


神様がいるとしたらイタズラが過ぎませんか?
あたしの下には今朝も押し倒してしまった並盛最強の風紀委員長殿。
彼はやっぱり不機嫌な顔であたしを睨んで。

二度あることは三度あるって言うけれど、二度起こってしまった非常事態はやっぱりもう一度起こるのだろうか。


***


う、うわ…どうしようこの状況。
あたしこの人から逃げてたはずなのに…また上空からタックルとか!ありえん!
慌てて手をついて上半身を起こせば、あからさまに不機嫌顔の風紀委員長殿が切れ長の目で睨んでいらっしゃる。
今朝より怖い顔してるよ!眉間に皺寄ってるよ!!
そんな綺麗な顔で凄まれたら、失神する…!
こ、こわ!!!


「…いつまで乗ってるの。咬み殺すよ」

「ご、ごめんなさい!」


静かな口調だけど明らかに怒りの篭った委員長殿の言葉で跳ねるように身体をどけた。
そして彼が完全に起き上がる前にあたしは、反射的に朝同様踵を返して逃亡する。
校舎に続くドアに飛び込んで階段を駆け下りる。
いくらなんでもこれはヤバいでしょ…!!!
罰則どころの話じゃないよ。
あの『雲雀恭弥』の呼び出しを無視した挙句、1日に2回も押し倒すなんて・・・!

こーろーさーれーるぅぅぅぅぅぅ!!!

兎も角鞄とギターを取りに一旦教室に戻って、力の限り逃げるしかない!
逃げ切れる自信なんてないけど、ボコられるのは嫌だ。
逃げて、逃げて、逃げまくるしかないっ!
今日は何て厄日なの…!

ダッシュで教室に向かう廊下で、「雅ちゃん!」と前方から声をかけられた。
あたしのギターと鞄を持って血相を変えて走ってくるのは……


「ツナ!」

「授業中もさっきもヒバリさん教室に探しに来たよ」

「げ!マジ?!」

「午後の授業も出席しないし、てっきりヒバリさんに捕まってると思ったのに。何してたの?」

「い、行こうと思ってたのよ?ただね、例の発作が…」

「えぇ?!あんな時まで曲作ってたの?!」

「う、うん」

「……凄すぎるよ、雅ちゃん」

「あは、あははは!」


呆れとある種の尊敬の混じった顔でツナは呟いた。
だってあたし、夢中になったらもう回り見えないんだもん。
ちょっと和やかムードになりかけて、大変なコトを思い出す。


「…って笑ってる場合じゃないっ
 今その雲雀さんにバッタリ遭遇して逃げてるのよ!!」

「そうなの?!あ、じゃぁコレ持ってきて正解だったかな」

「うん!」

ツナの機転に感謝して荷物を受け取って、ギターを背負う。
こうしている間にも雲雀さんは追って来ているに違いない。
少しでも彼から遠くへ離れなきゃ。


「ありがと、ツナ!」

「う、うん。頑張って逃げて」


お礼を言いながら走り出したあたしの背中を、ツナの心配そうな声が追った。
雲雀さんに見つからないかとヒヤヒヤしながら昇降口に走る。
廊下で擦れ違う何人かの生徒は、あたしの必死の形相と走りに驚いて端に避けた。
形振りなんて構っていられない!
雲雀さんに捕まったら顔の原型が分からなくなるくらいボコられるに違いないっ
何とか無事に昇降口まで辿り着く。
急いで上履きを脱いで下駄箱に突っ込み、靴に履き替えて一気に正門まで駆け抜けた。


正門を抜けたところでゾクッと背筋に悪寒が走る。


振り返って屋上を見上げると、黒い人影がこちらを見下ろしている。


ひ、雲雀さん…!!


流石に距離があるからその表情までは読み取れない。
けど彼の纏う殺気のようなモノが視線を通してあたしの身体に突き刺さる。


肉食獣に狙われているような危機感。


本能的に身震いする。
ヤバい人に目をつけられたと後悔しても後の祭り。
雲雀さんの気迫に後退りして、彼の視線を振り切るようにまたあたしは走り出した。
早く彼の目の届かない所へ逃げたかった。

心臓がありえない速さで脈打つ。

走っているからじゃない。
今まで自分が経験したコトのない生きるか死ぬかの、生命存続に係わる恐怖心からだ。
ドキドキを超えてバクバクしてる。
きっといつもの通学路を通ったんだろうけど、頭の中は真っ白でどこをどう通って帰ったかも分からない。

ただひたすらに雲雀さんから逃げるコトだけを考えて走って。

自宅に辿り着いた時にはもう息も絶え絶え。
もたつく手で鍵を取り出して、勢い良くドアを開け玄関に滑り込む。
鍵をかけて階段を駆け上がる。
自室に入り鞄をその辺に放り投げ、ギターを背から下ろしベッドにバタンと倒れこむ。


心臓の音と荒い呼吸が鼓膜に響いて煩い。


深呼吸をしながら目を閉じれば、雲雀さんの不機嫌に歪んだ顔がパッと浮かんだ。
とても怒っていたけど、その顔立ちは美しくて。

黒髪と白い肌のコントラスト。

他人の身体を竦ませるほどの強烈な鋭い眼差し。

男の子に言うのは可笑しいのかも知れないけど、雲雀さんは本当に綺麗で。
あたしは今までの人生の中であんなに綺麗な男の子に逢ったコトがない。


……雲雀さん、どんな風に笑うんだろう。


さっきまで怖くて仕方なかったのに。
まだ動悸はするけれど、少なくても怖さから来るのとは違う気がした。
この感じは何だろう…。
良く分からない気持ちがぐるぐると胸の中で巡る。
慌ててポケットの中のペンと手帳を取り出したけど、書き留める言葉が見つからない。

モヤモヤする。

今まで自分の気持ちを歌う為に沢山言葉にしてきた。
だけど、今回は浮かばない。
何とか言葉にしようと頭を捻るが、分からない感情を言葉で表現出来るわけもなく。

ダメだ…。

あたしは諦めてペンと生徒手帳を放り出した。
まだ制服のままだったのを思い出して、のろのろと起き上がる。
制服を脱ぎ捨てて部屋着に着替える。
そのうちすっかりドキドキも落ち着いてある種の興奮状態が冷めると、身体が痛むのに気が付いた。
痛むところを確認すると膝は青紫色になっていて、掌は擦り剥けていた。
そりゃあんな所から飛び降りて、しかも予定外の妨害が入れば着地も失敗する。
ちょっと動かすとピリピリした痛みが掌に走った。
いっ痛ぁ〜っ
……そういや雲雀さん怪我しなかったかな。
てっきり追いかけてくるものだとばかり思ってたのに、屋上にいたし。
もしあたしのせいで怪我してたらどうしよう。

……あたし近いうちに死ぬかも。

再び恐怖心が競り上がって来て、ブルッと身を振るわせる。
だって学校に行かないわけにはいかないし、行けば雲雀さんに見つかっちゃうし…。
5時間目も教室に来たってツナが言ってたし、授業中に来られたら今日みたいに逃げられない。
うっかり蜘蛛の巣に引っ掛かってしまった蝶の気分だよ。

明日からどうしよう…!



2008.8.21


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