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―――――声が、出ない…!
そんなコトはお構いなしに無情に流れる課題曲。
ど、どうしよう…!
歌わなきゃって思うのに、あたしの口は浅い呼吸を繰り返すばかりだ。
大勢の観客、そして審査員の視線に身が竦む。
ヤバい、頭真っ白…!
流れていた曲がピタリと止まり、様子のおかしいあたしに気が付いて場内がざわめき始める。
「緊張し過ぎちゃったみたいですね!さ、深呼吸してリラックス、リラックス!」
司会者が傍に駆け寄ってきて、わざと陽気な調子であたしに声をかけてくれる。
「吸って〜、吐いて〜」と言われるままに深呼吸をしてみるけど、上手く呼吸が出来ない。
落ち着くどころか焦るばかり。
余計にテンパって、丸々歌詞が飛んでしまった。
いざ本番になったら声すら出ないほど緊張するなんて情けない…!
鼻の奥がツンとして、涙が込み上げてくる。
―――――もう、ダメ…
歌うコトを諦めてマイクを握る手をだらりと下げた、その時だった。
突然暗いホールに一筋の光が差し込み、観客席後方の扉が開く。
現れた人物に、あたしはハッと息を呑んだ。
雲雀さん……!
いつもと変わらず学ランを肩から羽織った彼は、真っ直ぐにステージに立つあたしを見た。
そして閉じた扉を背にして立つと、徐に懐から愛用の仕込みトンファーを取り出し、鈍く光るソレを胸の前で構えて見せた。
自分の武器―――マイクを構えろと言わんばかりに。
離れていても分かるほど綺麗な漆黒の瞳が、歌えとあたしを挑発する。
歌えって言ってる。
雲雀さんが、歌えって―――――
「音ノ瀬!」
「雅ちゃん!」
不意にかけられた声に驚いて観客席を見ると、山本とツナが立ち上がって心配そうにあたしを見ていた。
ツナの隣には獄寺もいて、腕組しながら何してんだって顔で睨んでる。
並盛トリオ、観に来てくれてたんだ…。
あたしはもう一度雲雀さんを見る。
昨日戦うのはあたし自身だと諭してくれた彼は、ゆっくり、大きく頷いた。
まるであたしを勇気付けるように。
その瞬間、緊張で押し潰されそうだった気持ちがスーッと軽くなる。
早鐘のように打っていた鼓動がウソのように落ち着いて、震えも止まる。
―――――あたしの歌を聴きたいと言ってくれるヒトがいる。
ずっと沢山のヒトにあたしの歌を聴いて欲しかった。
ここはそれが叶う場所―――――ステージだ。
自由に自分を表現していい場所なんだ。
みんなに支えられてあたしは今、ここに立っている。
頑張るって約束した。
経験や結果なんてどうでもいいじゃん。
歌ってもいないのに諦めるなんて、どうかしてる。
折角掴んだチャンスを逃してなるもんか!
あたしは自分の想いを歌いたい!!
ポケットに忍ばせたお守りのピックをスカートごとぎゅっと握り締め、反対の手でマイクを胸の前で持ち直す。
一度深呼吸をしてから、あたしは深々と観客席に向かって頭を下げた。
「すみません!課題曲歌えません!」
審査放棄とも取れるあたしの発言に、ホール内にどよめきが起こる。
その場に居合わせたほぼ全員が驚いている感じだ。
想定外の事態に固まっていた司会者が、小声で「こ、困るよ、音ノ瀬さん…!」と話しかけてきた。
申し訳ないけど、ここで止められちゃったら堪らない。
あたしは急いで言葉を続けた。
「代わりに、あたしの歌を聴いて下さい!」
どよめきが更に大きくなる中、あたしは深く胸に空気を吸い込む。
そして歌い始める。
―――――大切なヒト達への『想い』を乗せて。
2010.8.14
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