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46


オーディションの参加者は20名。

既に全員が控え室に集まっていた。
各々が自分の歌う課題曲や髪型のチェックをしている。

みんな、歌上手そうだな…って、いけない!
集中、集中。

独特の雰囲気に半ば飲まれていたあたしは、手元の楽譜に視線を落した。
それは並プロに所属するアーティストの楽曲で、今回の課題曲だ。
かなり有名で知らない人はいないんじゃないかってくらい。
一般公開だからこそこの曲が選ばれたのだろうが、優劣を付け易いというのもあるだろう。
課題曲が決まってから何度も練習したし、大丈夫。
睡眠だってきっちり取ったし、喉の調子も良い。
不安要素は何もないんだ。
―――絶対上手くいく。
心の中でそう自分に言い聞かせながら一通り楽譜に目を通し終わったところで、控え室のドアがガチャリと開いた。


「これより皆さんには会場の方へ移動して頂きますので、準備の方お願いしまーす!」


係員のヒトの言葉で一瞬にして控え室の空気が引き締まる。
この場に居る全員がライバル―――――絶対、勝ち残るんだ。
自分自身と、応援してくれるみんなの為に!
あたしは楽譜をバッグに仕舞い、代わりに昨日雲雀さんから貰ったピックを取り出す。


雲雀さん…あたし頑張りますっ!


ぎゅっと一度握り締めてから、あたしはピックをスカートのポケットに忍ばせた。


***


オーディション会場は並盛ホールを貸し切って行われる。
収容人数はそう多くはないものの、たまに芸能人がコンサートを開催することもあるくらい音響に定評のあるしっかりしたホールだ。
場内から沸き起こる拍手の中、あたしを含め、参加者は全員緊張した面持ちでステージ中央へ上がった。
所定の位置について正面を向く。
目に飛び込んできた光景に、あたしはゴクリと唾を飲み込んだ。


うわ…っ凄い圧迫感…!


階段状に設計された観客席には、思ったよりも一般客が入っていた。
ステージよりも照明が暗いとはいえ全く見えないわけじゃない。
更にその前列は音楽関係者っぽい人達と審査員が陣取り、既に鋭い眼光でこちらを値踏みするように見ている。
もう審査は始まっているんだ。

参加者全員がステージに上がり司会者が高らかにオーディションの開催を宣言すると、場内は大きな拍手で満たされた。

1番の人から司会者の紹介を受けて、順々に歌っていく。
あたしの出番は12番目。
初めの方でも最後の方でもなく、変に緊張しなくて良い順番。
それでもやっぱり初めての体験ドキドキが止まらない。


それに、やっぱりみんな上手い…!


同じ曲を歌っているのに、歌い手が違うだけで印象が全く変わる。

一音一音丁寧に歌うヒト。
強弱のつけ方が絶妙なヒト。
流れるように歌うヒト。

それぞれに味があって―――――惹き込まれる。
流石、狭き門に自らチャレンジしようと決めた人達だ。
きっと初めてのオーディションじゃない。
緊張しているけれど、歌う時は堂々としていて……場慣れしている感じがする。


―――――こんなに凄い人達と競うの?


あたしはこれが初めてのオーディション。
参加者の中でも最年少の、しかも中学生。
歌うコトが大好きで、ただそれだけでここまで来た。
みんなに上手いと言ってもらって、雲雀さんにも沢山聴いてもらって、倉元さんに声を掛けてもらって…あたし、いい気になってた。

経験の差があり過ぎる…!


「次はエントリーナンバー12番!音ノ瀬雅さんです!」


いつの間にか舞台の床を見つめていたあたしは、自分の名前を呼ばれてハッとする。
顔を上げると、司会者が舞台中央に出てくるようににっこり笑って手招きをしていた。
呼ばれるままにそこへ行くと、マイクを持たされる。


―――――重い。


路上ライブで使っているマイクよりも、ずっと。
何の変哲もないマイクなのに、まるで鉛の塊を持っているみたい。
隣であたしの紹介を司会者がしているはずなのに、遠くに聞こえる。


「それでは音ノ瀬雅さん、どうぞ!」


司会者の言葉を合図に課題曲が流れ始めた。
ドキドキしていた心臓はそれを通り越してバクバクし始め、それに呼応するように指先が冷え、震える。

前奏が終わる。


う、歌わなきゃ…!


あたしは力の入らない手でマイクを必死に握り、歌い出しに合わせて大きく息を吸う。



けれど―――――吐き出した空気に、音は無かった。



2010.7.30


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