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45


山本も帰り食卓に戻ったあたしを待ち受けていたのは、案の定両親の質問攻めだった。
どうにか誤解は解いたけれど、終始母さんはニヤニヤ父さんはオロオロしていて、なんとも落ち着かない夕食になった。

怒って帰ってしまった雲雀さんとは、翌日の朝校門で顔を合わせた。
別れ際があんなだったし口きいてくれないんじゃないかとビクビクしてたんだけど、雲雀さんは拍子抜けするくらいいつも通りで。
それくらいあの質問は雲雀さんにとってどうでも良かったのかな。
だったらどうして怒って帰っちゃったんだろう。


―――――もし、もしもあたしが同じ質問をしたら……雲雀さんは何て答えたのかな。


オーディションに向けて集中しなくちゃいけないのにそればかりが気になって。
それでも彼に自分の歌を聴いてもらえるのが嬉しくて、あたしは二次審査までの2週間、彼のいる応接室へ足繁く通った。


***


二次審査を明日に控えた放課後の応接室。
向かい側のソファに深く腰を埋めて歌を聴いていてくれた雲雀さんは、1曲歌い終わり次の曲を歌おうとすると静かに横に首を振った。


「今日はもう終わりにしておきなよ」

「でもまだ1曲しか歌ってないし、時間もまだ…」

「今無理をして喉を痛めたらどうするの」

「毎日歌ってるし、あたしそんな柔な喉してませんよ」


少しおどけて言ったあたしの言葉が気に障ったのか、雲雀さん切れ長の目をスッと細めた。
そして薄く笑う。


「雅。僕は何か間違ったコト言ってるかな?」

「い、言ってません!雲雀さんが正しいです!」


ひー!怖いっ
雲雀さんの静かな怒りを感じ慌ててギターを膝の上に置く。
全面的に降伏するあたしの姿に、雲雀さんは「それでいい」と満足そうに口の端を上げた。
その様子にホッとしながらも、あたしは少し残念な気持ちになる。

雲雀さんの言うとおり喉を温存しておくのがベストなんだろうけど……うぅ、もう少し聴いてもらいたかったな。

本番は明日だっていうのにあたしは既に緊張していた。
昨日までは寧ろオーディションが待ち遠しかったのに、今日は朝からドキドキしっ放し。
このまま帰っても明日のコトばかり考えちゃって、絶対精神衛生上良くない。
雲雀さんに歌を聴いてもらっていた方が何倍も楽だし、リラックス出来るんだけどなぁ。


―――――明日、あたしはちゃんと歌えるだろうか。


音楽の授業とかは別として、歌で他人と競うのは生まれて初めてだった。
勿論勝ち残るつもりでチャレンジする。
けれど、比べる基準がないから酷く不安に駆られる。

自分の歌は、声は、プロに通用するだろうか。


…って、あぁぁっヤバい!また緊張してきた!


「何ひとりで百面相してんの、雅」

「ふぇ?!あ、いえ!何でもないです!」


雲雀さんに指摘されて、あたしは自分の考えが顔に出ていたのに気が付いた。
うっわ…凄い恥ずかしい。
このままここでうだうだしてるのは雲雀さんに迷惑だし、今日は大人しく帰ろう。

―――――でも、その前に。


「あ、あの、雲雀さん」


あたしは思い切って目の前に座る並盛中風紀委員長に声を掛けた。


「何?」


ギターをソファに置いて立ち上がる。
小首を傾げる雲雀さんの傍まで行って、あたしは両手を差し出した。


「勇気、分けてもらえませんか?」


我ながら大胆だとは思ったけど、ギターを弾く手を大好きな雲雀さんに握ってもらえたら、頑張れそうで。
…雲雀さんの強さを少しでいいから分けてもらいたい。
速まる鼓動に耐えながら、あたしは雲雀さんの答えを待った。
けれど雲雀さんは自分の前に差し出された手をジッと見つめた後、怪訝そうにあたしを振り仰いだ。


「明日戦うのは僕じゃない。君だよ。
 雅は自分の戦いに他人の手を借りるのかい?」


尤もな言葉を返されて、一瞬硬直してしまった。
最近雲雀さん優しいから忘れてたけど、そうだよ、弱音を吐く人間なんて大嫌いなヒトだったよ…!
というコトは、あたし今雲雀さんが一番嫌う行動したんじゃない?!
や、ヤバい。緊張で冷静な判断が出来なかったとはいえ、あたし何てコトを!
雲雀さんを怒らせちゃった。
あたしはゾッとして、慌てて差し出していた手を引っ込めて背後に隠した。
そして強張る自分の顔に作り笑顔を貼り付ける。


「そ、そうですよね。自分の力で頑張らなきゃダメですよね。
 変なお願いしちゃってスミマセンでした!明日に備えてもう帰りますね!」


あたしは自分の座っていたソファに戻り、その上に置かれたギターを抱きかかえた。
振り返ろうとした刹那、白いワイシャツに包まれた腕が後ろから伸びてきて、ふわりとあたしを捕らえる。
驚いて首を後ろに回すと、雲雀さんの弧を描いた唇がすぐ傍にあった。
え?えぇ?!雲雀さんに、だ、抱き締められてるぅー?!
自分の置かれている状況を把握した途端、血の気の引いていた顔が一気に熱くなる。


「ひ、雲雀さん…?!」

「仕方ないね。緊張しているみたいだから、ちょっとだけ手助けしてあげるよ」


クスリと耳元で笑った雲雀さんは、ギターを抱えるあたしの手を開かせ、掌に小さな物体を落すように置いた。
それは雲雀さんの髪と同じ黒色のピックだった。
しかも並中の校章入りの。


「君はあまり使わないみたいだけど、お守り代わりにと思ってね。
 特注品だから大事にしてよね」

「あ、ありがとうございます!」


雲雀さんは腕を解くと、穏やかな笑顔を浮かべてあたしの頭をぽんぽんと軽く叩いた。


「僕にここまでさせたんだ。オーディション受からなかったら咬み殺すよ?」

「!!は、はいっ頑張ります!」


ドキドキする胸が苦しくて月並みな言葉しか出てこなかったけれど、あたしは力一杯答えた。
それでも雲雀さんは満足気に頷いてくれた。

バカだな、あたし。
初めから頑張れって言ってくれてたじゃないか。


雲雀さんが応援してくれる。


それだけでこんなに嬉しくて心強い。
本当に明日は頑張らなくちゃ。
改めてそう思って、あたしはぎゅっと手の中のピックを握り締めた。



2010.7.3


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