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「じゃ、僕はそろそろ帰るよ」
お祝いの言葉を噛み締めているあたしの背後にチラリを視線を走らせ、雲雀さんはくるりとあたしに背を向けた。
―――絶対父さんと母さん覗き見てる。
そう思ってバッと振り返ると、案の定両親の顔が半分ずつ縦に並んで見えた。
ヤダもう!恥ずかしい…っ
あの目は絶対雲雀さんを彼氏だと勘違いしてる…!
あぁ…後で質問攻めにあうな…くぅ。
「…お見送りします」
物凄く背中に視線を感じながら、あたしは靴を履いて外に出る雲雀さんの後に続いた。
当たり前なんだけどもう外は真っ暗で、星がチカチカ瞬いていた。
玄関がちゃんと閉まったのを確認して、あたしは門に手をかけた雲雀さんに謝る。
「ごめんなさい、雲雀さん」
「何が?」
雲雀さんは門に手をかけたまま半身で振り返る。
あたしはちょっと恥ずかしくてポリポリと人差し指で頬を掻いた。
「いやぁ…うちの両親、雲雀さんのことめちゃくちゃ見てませんでした?」
「あぁ、見てたね」
「やっぱり…」
父さんと母さんのバカー!
そりゃあたしは雲雀さんのこと好きだけど、雲雀さんは違うんだからね。
それをジロジロ見るなんてホント失礼…!
嫌われたらどうしてくれる…っ
身体中を駆け巡る羞恥心に耐えながら、あたしはペコペコ雲雀さんに頭を下げた。
「本当にごめんなさい!ちゃんと誤解のないように説明しておきますから。
雲雀さんは並中の先輩で、風紀委員長だから心配して来てくれたんだって」
あたしの言葉に雲雀さんの肩がピクリと動いた。
そして何故か少し不機嫌そうに眉根を寄せる。
「…雅」
「はい?」
「僕は君にとって、ただの同じ中学の先輩?」
「…ぇ?」
雲雀、さん…何でそんなコト訊くんですか…?
門から手を放しこちらに向き直った雲雀さんは、街灯の光を映してキラキラ光る瞳であたしを真っ直ぐ見つめている。
帰る素振りは全くなくて。
答えを、待ってるの…?
胸、苦しい。
さっきからドキドキし過ぎて心臓が持たない。
夕飯時とはいえ閑静な住宅街。
脈打つ音が耳元で聴こえるような錯覚。
雲雀さんの静かに、でも何かを期待しているような視線があたしの緊張を煽る。
あたしにとって雲雀さんはただの先輩なんかじゃない。
笑顔を向けられただけで幸せになれる……とても大切な、初恋のヒト。
そう正直に答えたら、不機嫌そうにあたしを見下ろす雲雀さんはどんな反応をするんだろう。
顔、顰めるかな?
嫌がるかな?
怒るかな?
それとも―――――…笑って、くれるかな?
「どうなの?」
伝えてしまえばきっと今までと同じではいられない。
それでも、あたし…。
雲雀さんに促され、あたしは不自然なリズムを刻む胸を押えて息を吸い込んだ。
そして――――…
「あれ?ヒバリ?」
「「!!!」」
突然聴こえた山本の声に、あたしも雲雀さんも一瞬にして固まる。
こっちの状況なんて知らない山本は、雲雀さん越しにひょっこり顔を覗かせて「よ!音ノ瀬!」とあたしに挨拶をする。
変な汗がダラダラ出てきたが、あたしは辛うじて笑顔を貼り付け片手を振ってそれに答えた。
な、な、何てタイミングで現れるのよ、山本おぉぉぉぉぉ!!!
いや、でもこれ助かったのかな?
雲雀さんの反応は気になるけど、それを知りたくないような気もしてたから。
それに『変化』が怖いと思った。
雲雀さんに歌を聴いてもらえなくなるのは、怖い。
「何でヒバリがいんの?」
雲雀さんは質問には答えず、いつもの能天気な調子で話しかけてくる山本を肩越しに一瞥した。
その視線があまりに冷たくて背筋がゾクリとする。
正に肉食獣のソレ。
睨まれた山本も「おっと」と笑顔を引き攣らせた。
「帰る」
ふぃっと山本から視線を外し、雲雀さんは少し乱暴に半分開いたままの門を押し開けた。
あたしは慌てて道へ出て、羽織った学ランを揺らし、足早に去る彼の背中に声をかける。
「雲雀さん…!ありがとうございました!」
いつもならちょっと振り返るか手を上げてくれるのに。
雲雀さんはまるであたしの声が聞こえなかったみたいに、そのまま歩いて行ってしまった。
あーぁ…折角心配して来てくれてお祝いの言葉も貰ったのに、結局怒らせちゃった。
ガックリ肩を落していると隣で山本が気まずそうに頭を掻きながら口を開く。
「あー…もしかしてオレ邪魔しちまった?」
「ううん!そんなんじゃない、そんなんじゃないから!」
「…ならいーんだけどよ」
過剰に反応してワタワタと否定するあたしに、山本はちょっと複雑そうな顔を向けた。
2010.5.11
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