×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

38


翌日の放課後。

あたしは雲雀さんに言われたとおり、応接室に向かっていた。
父さんと母さんにはオーディションの話はまだしないでいる。
だって雲雀さん、何か企んでそうだし…。
報告するのは名刺を返してもらってからでも遅くないもんね。

それにしても昨夜はドキドキして眠れなかったなぁ。
作曲なんて勿論手に付かなくて、五線譜を前にオーディションがどんな感じか想像してみたり。
マイク代わりにシャーペン握ってちょっと歌ってみちゃったりもした。
今思えば恥ずかしいコトこの上ないんだけど。

応接室の前に辿り着いたあたしは欠伸を噛み殺して、ドアをノックした。


「雲雀さんいらっしゃいますか?音ノ瀬雅です」

「開いてるよ」

「失礼します」


ガラガラとドアを開けて中に入ると、雲雀さんは窓際の机で何かの書類にペンを走らせていた。
彼は顔を上げてあたしの姿を確認すると、「ちょっと待ってて」とペンを握ったままソファを指差した。
あたしはこくりと頷いて大人しくソファに近寄り腰を下ろす。

文字を綴るペンの音と書類を捲る紙の音が、静かな応接室に響いた。
寝不足のあたしにこの状況は厳しい。
うぅ、すっごく眠気を誘うんですけど…。
雲雀さんの前で大欠伸をするわけにもいかず、またそれを噛み殺し涙目で窓際の彼を見る。

雲雀さんていつも忙しそう。
見回りだったり書類整理だったり、いつも風紀のお仕事してる。
唯でさえ少ない時間をあたしの歌に割いてくれている。
それは凄く申し訳ないコトで。
でも嬉しくて。


―――――いつまでこの関係は続くだろう。


ふとそう思った。
ずっとこのままなんてコトはありえない。
あたし達はいずれ並中を卒業するんだ。



いつか、大好きな彼に歌を聴いてもらえない日がやってくる。



それは凄く怖いコトのように感じた。
きっとあたしはこれからも歌い続けると思う。
自分の為に始めた歌とギター。
だけど今は……。
心細くなってあたしは膝の上のギターを握り締めた。


「雅?」


雲雀さんに呼ばれてハッとする。
彼の姿を見つめたまま思考の海に片脚を突っ込んでいたようだ。
怪訝そうな顔をしている雲雀さんに誤魔化しの笑顔を向ける。


「す、すみません!ちょっと寝不足で意識飛んでました。あは、あはは!」

「…ふぅん。昨夜は興奮して眠れなかったのかい?」

「はい!だって急に降って湧いてきたチャンスじゃないですか!
 興奮するなという方が無理ってもんですよっ」

「呑気なものだね」

「え…?」

「少しは疑ったら?」


手にしていたペンを置くと、雲雀さんは目を閉じて小さく溜め息を漏らして立ち上がった。
そして向かいのソファに腰を下ろすと胸ポケットから長方形の紙を取り出し、机の上を滑らせてあたしの前にそれを置いた。
昨日彼に渡した並プロのヒトの名刺だ。
嫌な予感。
一気に眠気は吹っ飛んで、緊張から嫌な汗が額に滲む。


「も、もしかして…」


獄寺の睨んでいた通り、詐欺とか…?
ジッと雲雀さんを見つめる。
あたしの視線を受けた彼は面白くなさそうな顔をして、短く息を吐いた。


「昨日あの後ここに記された住所に行ってみたんだけど…」

「けど…?」

「残念なことに本物だったよ」

「…それは残念…て、えぇ?!」

「ククッビックリしたかい?」


雲雀さんは悪戯が成功したと言わんばかりに、意地悪な笑みを浮かべた。
つまりいいようにからかわれたってコト?!
恥ずかしくて顔が茹蛸のように真っ赤になったのが自分でも分かる。


「ひ、ヒドイです!」

「僕が仕事してるのに眠たそうにしてた罰だよ」

「それは…!」

「……事実だろ?」


雲雀さんはスッと切れ長の目を細めてあたしを見た。
その威圧的な視線に言い返そうと喉元まで出掛かっていた言葉を思わず飲み込んでしまった。
彼といるとたまに味わうこの感覚。
人間というよりも動物の本能として、このヒトには勝てない、自分よりも上だと思わされる。
ゴクリと唾を飲み込むと、雲雀さんは表情を和らげた。


「…なんてね」

「お、怒ってないんですか…?」

「別に。怒ってないよ」

「あんまり脅かさないで下さいよ…」


本当にからかっただけなのか…一瞬焦っちゃったじゃないですか。
あー、ホント雲雀さん意地悪い。
ホッとして胸を撫で下ろすと、不意に名前を呼ばれた。


「雅」

「な、何ですか」


またからかわれるのかと身構えるあたしに、彼は柔らかい笑顔を向けた。


「頑張りなよ」

「!!は、はい!」


雲雀さんの優しい笑顔に眩暈がしそう。
ちょっと前まであんなにヒヤリとする視線を向けていたのと同一人物だなんて、ある意味詐欺だよ。
このヒトは本当に色んな表情を持っている。

ギャップにクラクラしながら頷くあたしを見て、雲雀さんは愉しそうにクツクツと笑った。


いつまで聴いてもらえるかなんて分からないけれど。
あたしに今出来るのは精一杯歌うコトだけ。



―――――先ばかり見つめて、彼と過ごす大切な今を疎かにしたくないから。



「今日も歌っていくんだろ?」と目の前で微笑む雲雀さんに、あたしはギターを掻き鳴らして応えた。



2009.11.8


|list|