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あれから何度か並盛トリオと路上ライブをやった。
観にきて欲しいとは雲雀さんに言っていなかったが、彼はこっそり聴きに来てくれているようで。

ライブの時は決して彼は姿を現さなかった。

けれど必ず翌日に一言感想を言ってくれるの。
雲雀さんには毎日のように歌を聴いてもらっている。
それでもわざわざあたしの歌を聴く為に、あの雲雀さんが足を運んでくれているなんて夢みたい!

本当に毎日が夢のように楽しくて。
今夜も路上ライブを終え、その余韻を楽しみながら帰り支度を始めた時だった。


「ちょっといいかな?」


かけられた声に振り返ると、そこには30代半ばくらいのスーツを着た男の人が立っていた。

あ、この人…。

その人の顔には見覚えがあった。
ここ数回の路上ライブを一番前で観ていてくれたから印象に残ってる。
しかもかなり熱心に聴いてくれていた。


「な、何でしょうか…」


まさか声をかけられると思ってなくて、戸惑いながら答えると彼は歯を見せて笑った。


「ははは!そんなに警戒しないで。怪しい者じゃないから」

「は、はぁ…」

「実は僕はこういう者で」


そう言って彼があたしに差し出したのは名刺だった。
受け取ると並盛トリオも近くに寄って来て覗き込んだ。
名刺にはちょっとお洒落な字体でこう書かれていた。


『並盛プロダクション 音楽プロデューサー 倉元 亨』


みんなで一斉に顔を見合わせ、そのままの勢いでつい叫んでしまった。


「「「「お、音楽プロデューサー?!」」」」

「おぉ、見事なハモり」


あたし達の反応に彼は楽しそうに笑った。
並盛プロダクション、略して並プロ。
わりと有名歌手を世に送り出しているプロダクションだ。
しかもプロデューサーって…。


「君達中学生?」

「は、はい」

「コピーではないみたいだけど、自作?」

「そうです」

「作詞作曲はどっちがやってるの?」

「あたしが…」

「2人は組んでるの?」


倉元さんは獄寺とあたしを視線で交互に見た。


「組んでるっていうか…あたしが弾き語りしてて。
 彼はライブの時だけ助っ人で伴奏してくれてるんです」

「ふむふむ、そうかそうか」


彼は口元に手を当てて何やら勝手に納得した。
そしてまた人好きする笑みを浮かべて、「それなら君!」とあたしを指差してとんでもないコトを口にした。


「実は来月うちの事務所主催でオーディションを開くんだけど、良かったら出てみないかい?」

「えええぇぇぇ!!!」


予想外の展開に名刺を持つ手が震える。
その手をぎゅっと握って、倉元さんは熱弁し始めた。


「何回か聴かせてもらったけど、君の歌凄く僕の心に響くんだよね。
 歌詞も勿論いいんだけど、君の声!
 凛と澄んでいて心の奥の方を揺さ振られる感じがするんだよ。
 まだ荒削りな感はあるけど、ちゃんとレッスン受けて色んな技術を吸収すればもっと良くなると思うんだ。
 その為の足掛かりとして、どうだろう?
 もしオーディションに受かればうちの事務所でしっかり君をサポートさせてもらうよ!」


こ、これは夢?
あたしがオーディション?!
話の展開についていけず口をあんぐりと開けて放心していると、獄寺が間に割って入った。


「怪しいな。話が旨すぎるぜ。本当にてめープロダクションの人間か?」


訝しむ彼の言葉にあたしは現実に引き戻された。
そ、そうだよね!
今そういう詐欺も多いって言うし…。


「はは、参ったな。心配だったら後日名刺に書いてある住所調べればいいよ。
 それに今すぐに決めなくていい。親御さんと相談してみてよ」


「また来るから」とにっこり笑って倉元さんは去って行った。
胸に溜まった空気を一気に吐き出して、傍にいたツナの袖を掴む。


「つつつつつ、ツナ!ど、どどどどど、どうしよう…!」

「雅ちゃん、すげーどもってる」

「だ、だだだって…!」

「すげーのな、音ノ瀬!プロから声掛けられるなんてさ」

「し、信じらんないよ…」

「で、どーすんだ?ヤツの話がガセじゃなきゃ、滅多にない大チャンスだぜ?」


獄寺がちょっと眉間に皺を寄せて言う。
彼の言うとおり、これは本当に滅多にない大チャンス。
路上ライブ出来てる現状でも、毎日が充実しているのに。
どうしよう。
ドキドキが止まらない。

上手くいけばもっと多くの人にあたしの歌を聴いてもらえる…!

唐突に目の前に現れた可能性に、あたしの胸は否応なしに高鳴った。


「―――――あたし、受けてみたい…!」



2009.7.18


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