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33


あたしはちょっと緊張して放課後の応接室へ向かっていた。
歌を聴いてもらう約束を取り付けたのはいいけれど、路上ライブの話を切り出すのは気が重い。
黙ってやっちゃえばいいのかもしれないけど、何だかそれも後ろめたい。

……雲雀さん、許してくれるといいんだけど。

考えながら歩いていたせいであっという間に応接室に着いてしまった。
ドアの前で深呼吸をして、ちょっと気合を入れ直す。
よし!何とかしてオッケーしてもらおう!
コンコンとドアをノックすると、一瞬遅れて雲雀さんの声が返ってきた。


「…誰」

「音ノ瀬雅です」

「開いてるよ」

「失礼します」


ドアを開けて中に入るが、雲雀さんの姿が見えない。
え…今声したよね?!
恐々辺りを見回す。
すると「ふわぁ」と欠伸が聞こえて、ソファ越しに伸びをする白い腕が見えた。
どうやら雲雀さん、仮眠を取っていたらしい。
そういえば、今朝今日は忙しいって言ってたっけ。
あたし自分の歌を聴いて欲しくて約束取り付けちゃったけど、悪いコトしたかな…。
ソファの上に上体を起こした雲雀さんは二三度目を擦った。


「あの…」

「ん?」

「歌聴いてもらうのはまた今度にします」

「どうして?」

「どうしてって…雲雀さん疲れてるみたいだし…」

「だから?」

「だ、だから、今日はゆっくり休んだ方がいいんじゃないかなぁ〜って」


起きたばかりのせいなのか、あたしの言葉が気に入らなかったのか、彼は目を半眼にしてこちらを見た。
う、ちょっと怖い。


「……その為に君がいるんだろ」

「へ…?」

「並盛の風紀を一手に引き受ける僕の仕事は、何かと疲れが溜まるんだ。
 肉体的疲労が睡眠で解消出来るように、精神的疲労は雅の歌で解消出来るのさ」

「え、えっと、つまりあたしは歌っていいんですか…?」

「ダメだったら呼ばない」


雲雀さんはあたしから視線をプイッと逸らした。
え、えぇ?!もしかして拗ねたりとかしてますか、雲雀さん…!
何と貴重な風紀委員長様のお姿…ッ
…ていうか歌って欲しいなら回りくどい言い方しないで、素直に「歌って」と言えばいいのに。

―――雲雀さんらしいけど。

でも、嬉しい。
あたしの歌で雲雀さんの疲れを取り除くコトが出来るなら、いくらだって歌っちゃう。
あたしは背負っていたギターを前に回して、雲雀さんの向かい側のソファに腰を下ろした。
歌おうと息を深く吸ったところで思い止まる。

そうだ、路上ライブの話をしておかなきゃ。

動きの停止したあたしを彼は不思議そうに見ている。


「歌わないの?」

「あ、歌います!でもその前に、えっと、ちょっとお話が…」

「何」

「じ、実は明日の夜路上ライブをしたいなって思ってまして」

「ひとりで?」

「いえ、この間のメンバーで…」

「……ふぅん」


雲雀さんは綺麗な眉を顰めた。
や、ヤバい。
また機嫌悪くなってない?
ふと屋上で彼が言った言葉を思い出した。

『僕はあの時、山本武と群れてる雅を見ているのが我慢出来なかったんだ』

どういう意味で言ったのか訊きそびれちゃったけど、あれってやっぱり群れてるのが嫌いってコトだよね。
ってコトは今あたし自分から地雷踏んだ?!
…でもあたし、沢山のヒトに自分の歌を聴いてもらいたい。


「やっぱりダメ、ですよね…」


おずおずと彼の返答を仰ぐ。
雲雀さんは短く息を吐くと、さらっと言った。


「好きにしたら?」

「へ?!い、いいんですか?」

「別に僕の許可を取る必要ないでしょ。
 第一僕の顔色を窺うなんて、君らしくない」


そう言う彼の表情は笑ってもいなかったが、怒ってもいなかった。
何だか肩透かし食らった気分。
もっとこう…「風紀乱さないで」とか「あいつらと群れるな」とか言われるコトを覚悟していたのに。
あ、あれ?


自由に歌うコトを許されて、どうしてあたしはガッカリしてるの…?


自分の気持ちに戸惑う。
束縛、されたい…?
別にあたしが一方的に雲雀さんを好きなだけだし、彼氏でもない雲雀さんが「好きにしたら?」と言うのは当たり前じゃないか。
でも今までの行動パターンで考えたら、あっさりしてるっていうか…。
思い惑うあたしを雲雀さんは不思議そうに見て、首を傾げた。


「どうかした?」

「い、いえ。それじゃ歌いますね」


歌っていいって言うんだから、深く考えるのはよそう。

今は雲雀さんの為だけに歌うんだ。

あたしはにっこり笑って深呼吸をし、ギターを掻き鳴らした。



2009.4.28


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